アヤカとの会話(1)
「というわけで、すまなかったな」
アヤカは寝ているアリスとフランから離れた位置にスザクを連れてくると、全く悪びた様子もなく頭をスザクに下げた。
寝惚けた頭で時間を確認すると夜中の三時。
ちょうど熟睡していたタイミングで起こされたので、軽く頭痛を引き起こしかけつつあったスザクは、
「何が『というわけ』なんだよ。つか、人が気持ちよく寝ている時に起こすなって」
不機嫌を隠さずに言い切る。
アヤカは「ふっふっふ」と悪戯全開の笑みを溢しながら、一枚の紙をスザクへと突きつける。
そこにはアリスの字で「ちゃんとスザクに謝ること!」と書かれてあった。
アヤカが気絶してる最中の会話の中で、アリスとフランがそう言っていたことを思い出したスザクは頭を抱える。
「無理矢理起こしてまで謝ることかよ。最悪な気分だ」
「一応、一時間ぐらいは待ったんだぞ? それに私は眠くないからな」
「そりゃそうだろうよ」
その原因をスザクは知っている――いや、体験していた。
昨日のアリスの攻撃により、気絶の流れでそのまま睡眠に入ってしまったのだ。温泉から上がり、「気絶したままのアヤカに服を着せるのは疲れる」ともアリスが言っていたことを思い出した。
「ったく、あの二人は容赦がないんだから困るな」
「原因を作ったアヤカが言うな」
「まぁまぁ。あれはあれで楽しかったろ?」
「楽しいというか修羅場なだけだったよ。俺はああいう修羅場は二度と味わいたくないんだけどな」
「あんなの入り口にも立っていないぞ。私ぐらいにボロボロにやられなければ」
「いや、遠慮する。つか、寝ていい?」
元気そうに笑うアヤカに対し、スザクは軽く欠伸をしながら寝ていた場所へと戻ろうとすると、アヤカに腕を掴まれ阻止される。
スザクが面倒くさそうに振り返ると、アヤカハ俯き、
「駄目、一緒にいてよ。二人ばっかりスザクと話してずるい……」
少しだけ寂しそうに話しかけられる。
スザクは、アヤカの女の子らしい声と口調に度肝を抜かれてしまった。今まで男勝りな口調しか聞いていなかったせいである。
「いや、おい……」
「ねぇ、駄目?」
ゆっくりと顔を上げるアヤカ。目にはうっすらとだが涙が浮かんでいるような気がした。
「あ……、おう……」
スザクは本能的に頷いてしまう。
今までのアヤカの行動を考えてみると、この行動が演技だと思ってもおかしくないはずなのに、スザクはなんとなく演技に思えなかったのだ。というより、演技でもいいという結論に至ってしまった。
「え、あ……いいのか……?」
そんなスザク以上に驚いた反応を示したのがアヤカだった。
まさか、スザクが本当に止まると思っていなかったらしく、動揺を隠し切れない様子でスザクを見つめる。
「まぁ、別にいいよ。話し相手ぐらいにはなってやる……」
なんとなく気恥ずかしくなり、スザクはアヤカと顔を合わせないようにしてその場に座る。
それはアヤカも同じだったらしく、スザクの隣に座るもさっきまでのようなふざけた感じはなくなり、お互いが黙り込んでしまう。
その無言がしばらく続き、最初に口を開いたのはスザクだった。
「さっきのアヤカ、可愛かったぞ……」
「はっ!? な、何を言ってるんだ!? 馬鹿じゃないのか!!」
「本当のことなんだから仕方ないだろ! つか、普段とは違う女の子らしさを出してくるアヤカが悪いんだぞ! 誰でもドキッってするから、あんな声出されたら……」
「え……あ、なんかすまん」
「謝る事ないけど……っていうか、それが本来の姿だろ。女の子らしい姿って……」
「どうなんだろうな。私はそんな風に育てられてないから、いまいち分からないんだよ」
アヤカは頭を掻きながら、苦笑いを溢す。
女の子としてスザクに見られたことが嬉しいようで、頬をちょっとだけ赤く染めていた。
「別にそこまで剣士として染まる必要もなかったんじゃないのかよ」
「ははっ、染まらされたと言った方が正しいのかもしれないな。本来は剣士として生まれる立場の人間は男が好ましかったらしいんだが、私の家族はなぜか女しか生まれなかったんだ。それで、その中でも唯一剣術の素質が強かった私が選ばれた。その際に『女としての生き方は剣士としての必要ない』とか言われて、私は男として育てられたんだよ。だから、正直今でも女としての振る舞いが分からないんだ」
「なんだよ、アヤカも犠牲者なのか」
「違うな。少なくとも剣士になりたいと思ってたから。ただ、『今さら女としては生きていけないんじゃないか?』って思ってしまうのは……やっぱり後悔してる証拠なのかもしれないが……」
少しだけ寂しそうにアヤカは呟いた。
スザクもその様子を見ているだけで、少しだけ憂鬱な気分になりかけてしまう。
それはスザク自身もそんな感じで幼少期を過ごしてきたからこそ、通じ合えるものがあったと言っても過言ではない。
しかし、だからと言って諦めるのとは別問題なのだ。
「近くにいるだろ。女の子として生きてる二人がさ」
「え?」
「俺は男だから、どんな風な振る舞いが女の子らしいとか、どんな感じの趣味を持ったら女の子らしいのか、なんて分からないけど……アリスやフランに教えてもらえばいいだろ」
「おいおい、目的を――」
「目的を遂行するなんて当たり前だろ。アリスやフランにも言ったけどさ、魔王を倒せるかどうかも分からない人生を俺たちは歩んでるんだぜ? だったら、生きてる内に好きなことをするなんて当たり前。親からの束縛から解放された今こそ、自由にせずに何をするってんだ?」
アヤカはポカーンとした表情を浮かべた後、急に「ふふふ」と笑い始める。いつものように馬鹿にしているような笑いではなく、単純に真面目に語り始めたスザクが面白くなって、つい笑ってしまったような感じだった。
スザクも「真面目に語りすぎた」という気分になってしまい、急に恥ずかしくなってしまい、
「なんだよ!? 人が真面目に話しているのにそんなに笑うなよ!」
と軽く怒ったように言ってしまった。
「いや、すまん。その通りだと思っただけさ。まさかスザクにそんなことを言われると思ってもなかったからな」
「どっちみち失礼だぞ」
「そうでもないぞ。勇者として見直せたからな。そういう心のケアも勇者として良い務めなんじゃないか?」
アヤカは先ほどとは違い、今度こそ「くくく」と馬鹿にした笑いを溢し始める。
「酷い奴だな、本当に」
「そう言うな。お礼と言ってはなんだが、明日はしばらくゲームさせてやるから」
「は? 一番に拒むアヤカが珍しいな」
「さっきのお礼だ。他人からすれば大したことじゃないのかもしれないけど、私からすれば、一応本格的な悩みだったからな。それに……今のスザクはゲームが一番のやりたいことなんだろう?」
「ん、まぁな」
「だったら別に拒むことは出来ないだろう。ただし、あくまで一番重要な『魔王を倒すこと』という目的を忘れなければな」
「心配するなよ、忘れるはずないんだから」
「だな。すまない、こんな時間まで起こしてしまって」
「いや、いい。ここで寝ることにしたから」
スザクはその場に横たわった。
この現状ではどこで寝ようが大して変わらない。というよりも眠気のせいで元の場所で戻るのも面倒だったのだ。何よりも、今はアヤカの傍に居た方がいいかなっ、と思ったためである。