混浴
「良い湯ですねぇ……」
フランは温泉の縁に両手を置き、そこに顔を置くようにしてくつろいでいた。まるで制裁の疲れを癒すように。
「やっぱり疲れた身体には温泉だな……」
アヤカもフランと同じように縁に身体をもたれさせながら、空を見上げている。
「本当だよね。こうやってると心の中も浄化されるみたい」
アリスも、フランと同じ体勢で空を見上げている。完全に怒りの感情はなく、温泉と空に浮かぶ星を眺めて、乙女モードになっているようだった。
しかし、この状況をスザクだけが楽しめないでいた。楽しもうと思えば楽しめたはずなのだが、変なことを無作為に起こしてしまう可能性があるため、その場で大人しくしていることしか出来なかったのである。
というより、スザクが混浴するという提案が温泉を造る時より後だったせいでお湯の色が透明。そのせいで、全員の腰より下が普通に透けて見える。特にフランは自覚なしでスザクへとお尻を突き出す形になっているため、タオルがギリギリお尻を隠している状態がなんともエロいのだ。
スザクにとって、完全に試練と化していた。
「ふふっ、いやー、なんとも美しい月だな。そう思わないか、スザク」
アヤカは肘でスザクを小突きながら、満面のいやらしい笑みを浮かべ、視線を向ける。
スザクには、アヤカが指す月が空で浮かんでいるものではないと瞬時に悟ることが出来た。いや、分からないほうがおかしいのかもしれない。
だからこそ返事は、
「……そうだな。その通りだと思う……」
と投げやり的なものになってしまう。
そうしなければならないのだから。
「本当だよねー。お月様綺麗。今日が満月になる日だったんだー」
アリスはのん気そうに乗っかってきた。
一応、アリスはスザクが一緒に入ることを考慮した結果、胸と腰をタオル二枚で隠すほど厳重にしているので見えることがない。完全に『もしも』の可能性を考えているらしく、自分から「魔法で結び目をロックしてある」ともスザクに報告していた。
「昨日は見えなかったからな。うん、酒が飲みたいな」
「未成年でしょ」
「私の住んでいた所では十八歳からが成年なんだぞ」
「嘘っぽい。だから駄目」
「バレたか。言ってみたかっただけさ。というより、そんなものは金の無駄だから買う予定もないんだけどな」
「だねー。まさか、アヤカがこんなにも他人をからかうのが好きだなんて思ってみなかったけど……」
アリスは昨日の件の事を指して苦笑い。
「からかう隙を見せなかった。それだけのことだろう? このメンバーではっちゃけるタイプがいなかったから、私がそれを演じただけで三人の内の誰かがやってくれるのなら、私は大人しくしてるぞ」
「俺を見るな」
「いや、この中でそういう素質があるのはスザク、お前だけだと思うがな」
「やらねぇよ。やるわけがない。そういうのはいい、ゲームの中でするから」
「寂しいことを言うな。私たちは現実世界で生きているんだ。所詮、ゲームはゲームじゃないか。そのことを忘れちゃいけない」
「もっともらしい事を言うなよ。そして、俺をそっちの道に走らせようとするな」
「……相手の問題か? まぁ、確かにこの中で色気が一番あるのは私だというのは分かっているが、さすがにそれは二人に失礼だろう」
アヤカがスザクに向かって胸を突き出して、女としてのアピールをし始める。
と同時にアリスとフランが勢い良く立ち上がった。
「へ、へー、スザクってそんなこと思ってたんだ。知らなかったー」
「そうなんですかぁ。スザクさんのこと信頼してたのに酷いですぅ」
そして、標的がスザクへと向けられる。
理不尽すぎるせいで言い訳すら思いつかないほどだった。
「やっぱり、こうでなくちゃな」
「何がだよ!?」
「旅は道連れ、って言うだろう? 一緒に魔王を倒すために集まったんだから、これぐらいの――ぶっ!」
「って、スザクに標的が行くと思ってるの!」
アリスの空中一回転からのかかと落としが、アヤカの頭にクリーンヒットし、お湯の中に顔を埋めることになった。
そのせいでお湯が盛大に飛び散る。
「本当に懲りないんですからぁ!」
さすがにフランは追撃しなかったものの、怒ったように元居た位置に座る。
アリスも制裁をしたというのにまだ苛立ちを納まらないらしく、怒りながら元の位置に座った。
「俺じゃなくて良かった」
「するわけないですよぉ」
「今のところは人畜無害だからね。というか、私たちを襲ったら、ああなるってことを忘れないように」
気絶してるのか、プカッと浮かんでいるアヤカを指差しながら、アリスは黒い笑顔をスザクへと向ける。
スザクは首を縦に思いっきり振った。
この様子を見ているだけで、馬鹿なことはゲームの中だけで十分だと実感が嫌というほど湧いてしまったからである。
「スザクさんならしないと思いますけどぉ、念のためですねぇ」
「そうだね。でも、もうちょっとそういう部分はあってもいいと思うんだけど」
「そぉですねぇ。夜這いぐらいは仕掛けて来てもいいと思いますぅ。ワタシはずっと待ってるんですけど、全然そういう感じがないんですよねぇ」
「あー、だね。ねぇねぇ、スザク」
「なんだよ?」
嫌な予感しかしなかったが、仕方なく返事をするスザク。
「もしさ、夜這いしてきてもいいよって言ったらどうする?」
「……身の保障は?」
「あー、私に関しては保障できない」
「ワタシは大丈夫ですよぉ。いつでもばっちこいですぅ!」
胸元に両手でガッツポーズを作り、自慢する形でフランは鼻息を少しだけ荒くしている。
「だそうなんだ――」
「ねぇよ。絶対にしないからな! つか、なんだよ、この女子トークは!」
「何が?」
「女同士の会話って、もうちょっとおしとやかな感じじゃないのかよ!」
「それって偏見だよ?」
「え?」
その発言にスザクは息が止まる思いだった。
スザクには兄弟も姉妹もいなかったが、町で会話している女性たちはもう少し落ち着いたものがあった気がする。それどころか、男の前でこんな阿呆な会話をしていなかった。
なのに、目の前の二人はそれを隠すつもりがない。
その状態が信じられなかったのだ。
「スザクさんは知らないと思いますけど、女の子同士の会話はもっとエグいんですよぉ? ですよねぇ、アリスさん」
「うんうん。そういう希望はさっさと捨て去った方がいいと思うよ? 少なくともアヤカみたいにフルスロットルするつもりは一切ないけど」
「あれはやりすぎですよねぇ」
「だね。あとでアヤカにはちゃんと謝罪に行かせるから安心して。さすがにスザクに失礼だし」
「絶対にそういう問題じゃないと思う」
スザクはブクブクと顔半分までお湯に浸ける。
『この中で自分が一番まともじゃない』と少しだけ自覚があったスザクにとって、『意外と自分がまともだったか』と確信を得たのはこのタイミングだった。