回想 (フラン視点)
ゆさゆさ、とフランは身体を揺さぶられる感覚で目を覚ました。
ただ、フラン自身も自覚があるぐらい寝起きはあまり良くないため、目を覚ましたといっても再び寝てしまうことが多い。アリスみたいに声をかけてくれたら、絶対に起きないといけないという意思が少しだけ働くので簡単に起きれるのだが、今回はそんな雰囲気ではないみたいだった。
というよりも起こし方がアヤカだと分かったので、
「まだ、ねむ……いで……すぅ……」
そう言って、もう一回意識をまどろみへ落とそうとする。
アリスならもうちょっと優しく揺らしてくれるので、誰が起こしてくれるかはなんとなく判別が付いてしまうのだ。
「はぁ……あまり言いたくないのだが仕方ないか。アリスがスザクとイチャついてるぞ」
フランは最初、アヤカが何を言っているのか意味が分からなかった。
スザクはフランが好きな事を知っている。それはアリスもだ。いや、アヤカも知っているのだから全員だ。「下手すれば町の人も知っているのではないか?」と思ってしまうほど、その好意は全開にしてきた。拒否されてるけれど……。なのに、「アリスとイチャついてる?」などと意識の端で考えるだけで、フランの頭の中は一気に混乱した。
そのため、『情報を処理するには寝ている場合ではない』と思考が一気に覚醒してしまい、今までにない速さで身体を起こす。
その速さにアヤカも少しだけ驚いた表情をしていた。
「どう――」
「どういうことですかぁ!?」と言い切る前にフランの口はアヤカによって塞がれる。
アヤカは反対の手で口元に人差し指を立てていた。
「大声を出すな、気付かれる。フランだって証拠現場は見たいだろう?」
ニヤリと笑みを浮かべるアヤカに対し、フランは少しだけ不信感を持ってしまった。何か変なことを考えている、ということはなんとなく分かったが、寝る前まで居た場所に二人の姿がない。これだけで二人は違う場所にいると分かるには十分な情報だった。
だからこそ、その居場所まで案内してもらうことが今の唯一出来ることだと判断したフランは、その問いに首を縦に振る。
「ほら、こっちだ」
「はいですぅ」
アヤカを先頭に移動した場所の先には温泉が見えた。
もっとも温泉からは結構離れた位置にいるため、二人が何を話してるかまでは分からない。分かる事は二人が並んで縁に座って、足湯をしていることだけ。
「こんな深夜に二人っきりってのは十分な理由だろう?」
「そうですかぁ? 単純にアリスさんの話に付き合ってるだけじゃあ……」
「おいおい、こんな時間だぞ? 足湯なんて一人で十分じゃないのか?」
「そうかもしれないですけどぉ……。でもスザクさんはゲーム一筋ですしぃ……」
「それが二人の仲を隠すフェイクだとしたら?」
フランはその言葉にショックを受けた。
スザクに限ってそんなことはしないと思っていたからだ。しかし、この現状とアヤカの言葉のせいで、さっき以上に猜疑心が生まれる。それは、さっきのアヤカに対して抱いた以上のものが。
そう考えるだけでフランの心には少しだけ怒りが芽生えてしまう。
あれほど好意を伝えてきたのに。
あれだけ言葉にしたのに。
アリスも分かっているはずなのに。
それ以上に面白くない。
「落ち着け。イチャついているとは言ってみたものの確信はあまりないんだ。気持ちは分からなくはないけどな」
アヤカは慌てたようにそう言った。
フランから漏れる不穏な空気を敏感に感じ取ったためである。
「無理ですぅ! 二人の邪魔をしてきていいですかぁ!?」
「止めとけ。今は依頼中だぞ? チームワークが大事なタイミングでそんなことをしてどうする。もしするなら、依頼が終わってからにするのが得策だ」
「ですけどぉ!」
「だいたいフランはスザクのことを絶対に手に入れたいと思ってるのか?」
「え?」
それを言われると、フランも少しだけ困ってしまった。
確かに好きなのは間違いない。子供の時に助けてもらった記憶があり、それで好きになった。だからこそ、僧侶だけでなくネクロマンサーとしての能力も学び、自分の全てをかけて力になろうと考えたのだ。
しかし、選ぶ権利はスザクにあることはちゃんと分かっている。それに、現状では付き合うとか考えてはいけない事も。
だからこそ、アヤカのその言葉に対する答えが見つからなかった。
「いったい、何を話してるんだろうな」
アヤカはフランの回答を待たずして、寝転がって空を見上げる二人を見守っていた。
フランもそんな二人を遠くから見ることしか出来ず、胸を押さえた。心臓辺りが痛くなってきたから。
「あ、ヤバイ。こっちに戻ってきそうだ。早く来い」
「え、あっ!?」
アヤカはスザクの行動を先読みし、フランの腕を掴むと寝ていた場所へと引き戻す。
そして、先ほど寝ていたようにアヤカは枝に登る。
フランも先ほどと同じ場所に寝転がった。
しばらくすると、スザクも戻ってきてカバンをゴソゴソと何かを探した後、再び温泉へと戻っていく。
何かを取りに来たのは分かったが、何を取りに戻ってきたのかは分からなかったので、フランは身体を起こして軽く中身を見てみる。
「タオル?」
「タオルか……、足を拭くんだろうな」
アヤカも気になっていたようで、フランの呟きに答えた。
「みたいですねぇ」
「っていうか、アリス寝てるみたいだな」
「寝てるぅ?」
「『鷹の目』で二人を確認してみると、スザクがアリスの靴とかを履かせてるからな」
「そう……ですかぁ……」
「ま、寝たふりをしとけ。この調子じゃ、すぐに戻ってくるぞ」
「はい」
フランはアヤカに言われた通り、寝る事にした。
しかし、やっぱり面白くないという気持ちは拭えない。嫉妬しているというのは分かっている。二人がイチャついていたという確証もないのに……。
そんなことをフランが考えているとスザクがアリスを背負い帰って来たのか、「んっ、しょ」という声と共にゆっくり地面に下ろされる。
その時、スザクがアリスを下ろしたせいか、振動みたいなものが身体に響いた気がした。同時に毛布がフランの身体からずれ落ちる。
「あ、すまん」
小声だったが、スザクの声がはっきりとフランには聞こえた。そして、身体に毛布が再びかけられる。
「よしっ、と。俺ももう少し寝るか」
スザクの寝転がる音がフランには届く。
毛布がかけ直されたことが少しだけ嬉しかったが、面白くないという気持ちはフランの中でずっとくすぶり続けていた。
そして、今に至る。