野宿(3)
「あいつら馬鹿だろ」
スザクはげっそりとした表情でため息を吐いた。
夕方、アリスが何かをしていたのは知っていたし、あそこまで深く注意していたのだから確認をしに行くつもりもなかった。そもそも、パーティを組んだ時点でそれなりの実力があるのは分かっていたのだから、魔物に襲われた所で逆転勝利なんて余裕のはず。だから、特に心配していなかった。
が、念のためという理由で聞き耳は立てていた。風系の魔法を使い、周囲の音をスザクの方向へ流れるように。
その結果がエロ行為だったため、スザクは呆れてしまった。正直、自分よりも盛っているのは三人の方じゃないか、と思ってしまうほど。
「心配した俺の方が馬鹿だったかな……」
未だに聞き耳を立てているスザクの耳にはフランの嬌声が止むと、
『ほら、アリスも胸を大きくしたいんだろう? 私が手伝ってやる』
とアヤカが、アリスに近寄っていく音と変態的発言が入ってきた。
『え、遠慮するよ!』
抵抗するようにアリスはざぶざぶと離れるが、バランスを崩したらしく大きな水飛沫の音が再び上がる。
次にアリスの悲鳴。
「あー、アリスも捕まったのか」
助けに行ってやってもいいのだが、それでは違う意味で自分が標的になることを悟っているスザクには、その手段を選ぶことが出来なかった。そもそも、このタイミングで助けに行ってはアリスからも攻撃を受けることになる。それでは助けに行った意味がなく、「ごちそうさま」というこちらが感謝してしまう方向になってしまいかねない。
そうやって、悩んでいる最中にも二人の会話はスザクの耳には入ってくる。
『ちょっ、どこ触ってるの!?』
『ん? なぁに、女として感度はどうかなっと……』
『そ、こっは胸じゃないでしょ!!』
『まぁまぁ、細かい事は気にするな』
『細かくないもん!』
「あいつら、俺が聞いてるの分かってるんじゃないか?」
思わず、そう呟いた。
それぐらいどんどんアリスの嬌声が激しくなっていく。というよりもアヤカが暴走しているに近い。
アリス一人では止められそうにないレベルだった。
「ん、これはどうこう言ってる場合じゃないよな。そもそも、あいつらも期待してたし……、脱力全開の状態で戦闘とかマジ勘弁だから……」
スザクは心の中で、「仕方なく行くんだ」と言い聞かせながら立ち上がる。しかし、もちろんスザクにもアヤカの暴走のせいで障害は出ていた。主に下半身的な意味で。かと言って、避けては通れない道もある。
だから、自分の身体の状態をバレないことを祈りつつ、三人の元へと向かう。
「あ、どうやって話しかけよう……」
向かっている最中にそのことを疑問が浮かんだのでスザクは足を止める。素直に「聞き耳を立てていたから」などと言えば、地獄行きは確定したも同然。定番でよくある「変な悲鳴っぽいのが聞こえたから」なんていうのもほとんど言い訳にしか聞こえない。
しばらく考えるも先ほどの嬌声が止むことはなく、むしろ酷くなっていくばかり。近づいているせいもあるけれど、それだけでないのは間違いない事実なのだ。
だからこそ、スザクは諦めた。
話しかける言葉も。
三人のいる場所へ行く理由も。
自分の命さえも……。
全力で走る距離でもなかったが、全力疾走し、三人の元へと辿りつき、
「おい! なんかあっ……たのか?」
スザクは、自分自身で褒めることが出来るほど、ちゃんと演技が出来たと思う。
聞き耳を立てていたとはいえ、急いで来たように見せかけることは出来たはずだった。理由だって悩んだ。思考にしてみたら一瞬だったし、最終的にボコボコにされる覚悟も出来ていた――なのに、現状は違っていた。
「え、あ……えー……」
温泉の中に一人だけ魔人が立っていた。っていうか、殺気立っている。拳を握り締め、黒いオーラ的な何かを身体から立ち上がらせて、肩で息をしている。
その魔人の下には調子に乗りすぎてしまい、温泉に浮かんでいるアヤカの姿。
助けなんていらなかったんだ、とスザクは悟る。
「なんで、スザクがここに来てるのかな?」
その魔人は裸体を隠すことなく、スザクへと満面の笑みを向ける。手を上に掲げ、その先には放電している電撃の球体を出現させた。しかも、先行放電がスザクをロックオンしており、逃がさないようにしている。
「悲鳴が聞こえたから?」
「なるほどねー。でも、『来ないで』って言ったよね?」
「言ったけど、やっぱり襲われ――」
「あっれー? 私たちの信用ってそんなにないんだー?」
「そういうわけじゃないけどさ……、でも、さすがに悲鳴みたいなのが聞こえたら、男としてここに来ないのはどうだろうか、と……」
「それもそうだよねー。うん、ありがとう。んでさ、いつになったら私から視線を外すのかな?」
ハッとスザクは気付く。
今まで意識をしてなかったが視線を逸らす事を忘れていたからだ。もちろん、アリスの裸体を見るためにワザと視線を外さなかったわけではない。どちらかというと恐怖のせいで視線が外せなかったのだ。
それをアリスは誤解していた。
自分の裸を見られている、と。
視線を外す事が出来なかったスザクも悪かったとは思うが、こんな状態で裸体を見る余裕なんてないということを、アリスにも気付いて欲しいと思った。
しかし、アリスにもその余裕がないのだろう。
だからこそ、スザクはとりあえず謝ってみることにした。
「わ、悪い。許してくれない……よな?」
「あ・た・り・ま・え・♪」
アリスは遠慮なく、その電撃の球体をスザクに向かって落とした。
食事中に起きた戦闘のような遠慮というものが全くなく、スザクを完全に敵としている純粋な攻撃。
唯一のスザクの抵抗はそれを障壁で防ぐことのみだった。その電撃の球体に向かって、手を伸ばすと障壁を展開。これで少しでも威力を落ちることを必死に祈った。
が、障壁が一瞬で砕け散る。
「なっ!?」
まだ電撃の球体に接触していない。なのに、砕け散った。
刹那、それを解除した魔人が犯人だと悟る。
「させないよ? 私の身体はそんなに安くないから」
笑顔だった。恐怖という言葉では現せないほどに。
「アリスの馬鹿野郎ー!」
そう叫んだスザクに電撃の球体が着弾。
身体中に電撃が走り周り、痺れと痛みがスザクをなかなか気絶に導いてはくれなかった。ようやく気絶する時に思考が一瞬だけ回復し、スザクは思ったことがある。
だから三次元は嫌なんだ、と。