第六話 死は突然に
あれから、翌日である。
俺は、食堂で、昼食――海老カツ丼を食べている。
これが絶品なのである。前世で食べた海老カツ丼より何倍かは美味い。
今日含めると12回連続食べているかな。
でも、そろそろ飽きてきたし、他のも食べてみようかな。
幸い、この食堂は先生達も利用するため、料理の質は総じて高い。
何を食べるかは早めに決めておこう。
「ココいいかしら?」
不意に、肩を軽く叩かれた。
口いっぱいに頬張ったまま振り返る。
ラインだ。
彼女は返事を待つより先に、料理を載せた盆を机に置く。
断られるとは、微塵も思っていないらしい。
――いや、俺は断りたい。
何故ならば、周りの視線が痛いからだ。
ラインとワンツーマンで食事。
彼女のファンにとっては、垂涎ものの光景だろう。
だが、ここで拒めば拒んだで、別の意味で悪目立ちする。
結果は見えていた。
「....いいよ」
と了承する。
「そう」
とラインは席に座った。
ラインのご飯は、海鮮丼だった。
流石は貴族と言うべきか、所作がいちいち上品だ。
モグモグ
しばらく、沈黙が続く。
だが、不思議と居心地は悪くない。
食事に集中できる、穏やかな静けさだった。
俺は、肉を一口サイズへと切り分け、白飯と一緒に口の中に運ぶ。
香ばしい衣の奥から弾ける海老の甘みと熱が舌を包み込んだ。
あ〜美味だッ!!
食好きだった俺は、異世界に来て、美味しいご飯を食べられないのか?と懸念点があったが、要らぬ心配だったようだ。
どの世界でも食の追求は、無限なのだと知った。
俺は、食を堪能していると、ラインが沈黙を破った。
「美味しい?」
と尋ねてきた。
テンプレ会話である。
「美味しいよ」
と一言。
「.....」
「.....」
これは、悪い沈黙である。
俺が悪い。続かない一言で、終わらせてしまったからだ。
なので、俺から話を切る必要がある。
「レイロットとフィオナは?いっつもライン含め、3人で食ってんじゃん」
「二人とも、今日は諸事情で来られないの。だから――」
そう言って、ちらりと俺を見る。
「いつも一人のアレンと、一緒に食べることにしたのよ」
「ふーん」
ま、言い訳ではないが、一人で食べるのは、俺の拘りがあってやっている。
やっぱ、食事って一人で静かに食べたいものだよ。
お喋りが入ると、食べ物に味が無くなるからね。
3大欲求の一つともいわれる食を粗雑に扱ってはダメだよ?
「ね。図書館の件、覚えてる?」
あー、あの図書館の件。
本を元の位置に戻すの大変だったよね....
思い出したくもない、一件である。
「覚えてるよ」
「明日、休日でしょ?だから、街へと買い物に行かない?」
買い物、買い物....
あっ買い物か。
女子に言われるのは、初めてで脳が停止してしまっていた。
まぁ暇だし、約束してしまったしで、断る理由が無い。
「良いよ」
「勿論、アレンの奢りよ?」
「あまり、高い物を買わないでね」
「さぁ?」
ラインは貴族なので、金遣いが荒そうな偏見が、俺にはある。
なので、多めに、お金を持って行くか。
お金が無い俺にとっては、ハードだ。
よくよく考えてみれば、ラインと二人っきりで、買い物は気まずい。
レイロットでも呼ぼうかな?
「レイロットは呼んで....」
「ダメ!」
俺の言葉は、最後まで言い終わる前に、あえなく撃沈でさせられた。
「奢ってもらうんだから、逃げられないように、二人っきりでで行くのよ」
不敵な笑みを浮かべながら言った。
こいつ、高いの買う気満々じゃん!
だが、約束だから....
「分かったよ。で、待ち合わせ場所、時間は?」
「校門、朝8時に集合よ」
「時間、早くない?」
「そんなものよ」
「なら良いか」
早めに寝るとしよう。
俺は、ご飯を食べ終わると、ラインを待ち、食堂を出た。
◆
暑い。
ラインとの約束のため、早寝をしたのだが、想像よりも早く起きてしまい、20分前に待ち合わせの場所へと向かっていた。
支柱に垂れぶら下げられた時計を見ると、7時45分である。15分間何をして待とうか。
俺は、周りを見回した。
銅で造築された魔剣騎士団の設立者である――ルディア・ディアンの銅像が勇ましく立っていた。
所々、寂れている部分が見れる。
この学校の歴史は古く、約300年前に遡るらしいのだ。
だが、俺はそんな話、心底どうでも良い。
ので知らない。厳密に言うと、ガタリ先生の説明を耳に入れなかった。
でも、耳に入れとけば、暇潰し程度にはなったのだろうか。
俺は後悔の念に駆られてると、
「あれ、アレンもういるの?」
とラインの声が聞こえた。
ラインは、目を逸らしながら、ストレートな赤い髪をクルクルと手で巻いている。
彼女は、制服を着ており、ベルトには剣が携えられていた。
休みの日ぐらい私服を着たいものだが.....
昔から受け継がれている学校の方針より仕来りとなっている。
理屈としては、『魔剣騎士団の見習いの立場である事を忘れてはいけない!』的な感じらしい。
息苦しいね。
自衛隊とかも堅苦しい感じの雰囲気らしいから、戦い系?の仕事類は全部こうなのだろうか?気を引き締める的な。
どうでもいっか。
「早寝したら、思った以上に早く起きてしまって。でも、ラインこそ」
「うーん?まぁどうでも良いでしょ?早く行こ」
話をあからさまに逸らすと、俺の背中に顔を埋めながら、グイグイと押した。
◇
俺達は、街の大通りに出ると、そこには、店舗が一定間隔で建てられていた。
ユイギア王国も景観を大事にしているのか?って察せるぐらいには、纏まりのある景観である。
土道は無く、石塁がサッと敷き詰められており、至る所に街灯が設置されていた。
そんな街道を人々は行き交い混雑している。
休みの早朝にもここまで賑やかとはと唖然する程であった。
「何買いにいくの?」
「まず、お腹空いたし食べ歩きでもしない?」
「マジ?」
「マジ」
この混雑した中で食べ歩きは度胸あるな。
人とぶつかった時、服を汚してしまいそうで少し怖い....
異世界と言うあまり発展を遂げていない世界では、筋肉質な身体を保持している人が多いからね。
俺らは、出店で肉まんを買った。
そして、立ち食い開始!
とは言っても、ラインは本当にお腹を満たせれば良いと思っていたらしく、淡々と店へと向かい始める。
俺は、人混みを避けながら、必死について行くのがやっとだった。
ラインは、ある所で、止まって何かを見ていたので、やっとの思いで、追いついたと安堵した。
「何を見てるの?」と喋りかけようとしたが、ラインが、出店のネックレス屋を見ていたのが分かり、ゲッっとなる。
ネックレスと言うと、純金で出来たものとか、そっち系しか思い浮かばず、高価なものだと思えてくる。
この世界では、金属などの価値がどこまで跳ね上がってるかによるが。
「ね、綺麗じゃない?」
ラインはキラキラした瞳で同意を求める。
「そだねー」
と適当に相槌を打つ。
どれどれ....
銀色にギラギラ、金色にギラギラしているものが目に付く。
金属同士が編み込まれ、鷲の紋章が刻まれているものもあれば、蛇が刻まれている物もある。
だが、ネックレスのすぐ下にある値段表を見てみれば、どれも高い。
一応、出せる値段ではあるのだが、持ち金の3分の2ぐらいは、削り取られるだろう。中々にグロい。
「選んでよ!」
ラインは、微笑みながら言った。
天使の笑みなのか悪魔の笑みなのかどっちかにしてくれ.....
と言うか、選んで良いのか。
なら安物....
いや、やめとこう。
ラインに似合う物を選ぶとしよう。色々とお世話になっているからね。
どれにしよう。
ラインのイメージに合った物か。
ラインは、どこか女傑な印象があるが、根は女の子だ。ネックレスを見てる時点でね。
俺はザーッと見て行くと、ある物に目が留まった。
白鳥の模様が付けられた銀色のネックレスであった。
値段は、円で直して考えると、約3万円だ。
これス○ッチ買えちゃうじゃん!と的外れな事を考えてしまった事が恥ずかしい。
「ライン、これはどう?」
俺は、白鳥のネックレスを丁重に取り、見せた。
「わぁ」
とラインはネックレスに見惚れていた。
俺は、思った以上の反応をラインがしてくれたので、少し動揺してしまった。
中々、良い物を選べたのか。
なら――
「あの、これ売ってくれ」
「はいよ!」
店員の元気の良い声が聞こえた。
◇
ラインは、ご機嫌に鼻歌を歌いながら、首に掛けたネックレスを見ていた。
「高かったんだから、大事に使えよ?」
「分かってるわよ」
少し、適当な返事ではあったが、大事にはしてくれそうだ。
「思ったよりも、早めに終わっちゃったね。買い物」
ラインは、首を傾げた。
「何を言ってるの?まだ周るわよ?」
「え?」
「え?」
『流れ的に、買い物終わらす作戦』は通じないか....
分かってはいたけど、実際俺の金が削られていく所を目前とすると、泣けてくる。
そのお金で何が買えたかと考えてしまうと尚更。
それにお金の出所、家族からの仕送りもあるが、学校からの支給が主なんだよな。
求人チラシ漁ってみたけど、アルバイト的な気軽に始めれる仕事も無い。
そもそも、働けないからね。学校のルール上。
途中、巡回治安隊の詰所があったので、オススメなお店を聞いてみた。
巡回治安隊の役割は、軽い事件や揉め事などに対応する事である。
だが、ここユイギア王国では、巡回治安隊は、日本の交番に近く、民に寄り添ってくれるのだ。
困った事があれば、事件性の事ではなくても、暇なら動いてくれる。
だから、慕われている。
魔剣騎士団よりもね。
「おすすめな店か?お菓子的なの買ってくれば良いだろう」
そう巡回治安隊のおっちゃんが応えると地図を渡された。
その地図には、ばつ印が記されている。
ここがお菓子屋?があるのだろう。
「ここのお菓子、結構高級品ばっかりだから楽しめるぞぉ!」
おっちゃんは変に陽気である。
「ありがとうございます」
ラインが丁寧に、感謝の意を示した。
「ったく良いってもんよ!」
おっちゃんは床に置いてあった瓶を取り、ガブっと飲む。
ブッハァアアと服で口を拭った。
おっちゃんは酒臭かったので酒を飲んでんのだろう。
待てよ。飲んでも良いのか?勤務中だぞ!?
異世界は、そう言うところ、甘いのかなぁ。
「恋人を見てると、気分も上がるってもんよ」
ニヒっと笑いながら言った。
「ち....違います!そう言う関係ではありません!」
ラインが顔を赤らめ必死に否定する。
「そうですよ!勘違いしてもらったら困ります!」
俺は、ラインに便乗した。
おっちゃんは、ギャハハハハと大声で笑った。
「わけぇな。今を大切にしろよ」
また、酒をグビっと飲み続ける。
「じゃないと、後悔してしまうかもだからな。困った時はオッチャンに言えよ。頼りないかもしれねぇが、いつでも助けてやっからよ」
「はい!ありがとうございます!今を楽しく全力で楽しんでますよ!」
ラインは、誇らしげだった。
そんなラインを見ておっちゃんは、又、大声で笑った。
◆
「美味そうなの買えたわね」
ラインは、購買した高級菓子を両手で包み込み、豪快なステップで気持ちを刻んでいた。
疲れた。
本当に殆ど高級菓子を選ぶのに時間を要したと思う。
ラインは、変に拘りがあると言うか。
「これどう?」
と高級菓子を見せてきたので、
「良いんじゃない?」
と応えると
「でもやっぱな」
と棚に戻す。
この工程を何回も繰り返す事によって、俺は、良いんじゃないbotへと成り変わった。
お店の人も少し困惑していたのを覚えている。
おかげさまで、足ガックガクだ。
まぁこれで文字通り、一文無しとなった。
これで、遠慮無く、魔法・剣術を教えて貰えるってわけだ。
「高級菓子分けて下さいよ?」
「えーどうしよっかな?」
ふふっと笑った。
「ちょっとぐらい良いだろ?」
「冗談よ。帰ったら分けるわよ」
冗談で言ってた割には、少しばかり、不機嫌そうではあった。
しばらく、歩いてると、
「おおおっと」
ラインがいきなり、俺の手をグイッと引っ張てきた。
不意の引っ張りに、俺は、よろける。
「どうしたんだよライン?」
「ほら、あそこに占い店があるでしょ?ちょっと占ってこうよ!」
ラインは、物知りたさで俺を誘った。
「でもお金が....」
「私が奢るわよ。貴族の娘だし」
あー、そうだった。ラインって貴族の娘だったか。散々奢らせられたから、貴族らしくなく、忘れかけていた。
なら入ろう〜。
俺らは、怪しげな、店へと入ると、そこには、おばちゃんが居た。
「はい、そこ座って」
と落ち着いた口調で、高級そうな椅子に、座るように促された。
俺達は遠慮なく座る。
うほ!椅子に敷かれたクッションのお陰で座り心地が良いね。
魔剣騎士団学校では、当然ながら、椅子にクッションなど敷かれていないし、寮だってそうだ。
従って、俺は異世界に転生し、初めて座れたわけだ。最高だね。
俺らと机を挟み、向かい合わせに座っているおばちゃんは、机に置かれた水晶玉に手をかざした。
凄いよね。雰囲気の作り方が。
部屋は薄暗く、所々に淡い光が部屋を照らしている。
おばあちゃんは、口元を隠すスポーツマスク?みたいな形状の宝石が装飾されたマスクを装着している。
「私が見る物は一つ。君達の近い未来だよ」
穏やかな口調であったが、芯のある声だった。
俺達は、そんな不気味な雰囲気に、唾をゴクリ。
「それでは、まず男の人から見るわね」
どうやら俺から見るようだ。
さぁどんな結果なんだろうか?
ご都合展開とやらで、俺に恵みを!
おばちゃんは、水晶玉に魔力を注いでいく。
やっぱり、異世界。本格的である。
少しは期待出来そうだ。
俺は、どんな結果かワクワクして待っていると、おばちゃんが椅子から立ち上がり、足を乗っけた。
「ホチャ!」
変に高い声と共に、おばちゃんは水晶玉を一気に叩き割った。
「ホゲー!?」
俺とラインは同時に変な声を上げ、顔をしかめた。
多分、おばちゃんに負けない変な声出てたと思う。
「あの....!大丈夫なんですか?水晶玉壊して」
ラインが疑問をぶつける。
「大丈夫よ。こんな水晶玉、1つや2つぐらい」
そう言うと、タバコを取り出し、火を付けた。
おばちゃんの口から、煙がブハっと吐き出した。
不気味であったはずの空間は、今や見る影もない。
「ほら見てみろ」
おばちゃんが、タバコで水晶玉を指した。
割れた水晶玉から、絵の具みたいな黄色の液体が、机に溢れた。
「私の占いは、色で見るのさ。青、緑、黄、赤。この4段階に分かれ、赤色が危険信号さ」
と言うことは、俺は黄色だったので....
「坊や、気をつけーな。あんた、最悪死んでまうかもだからね」
真摯な眼差しであった。
ラインがクスクスと笑った。
悪気を自覚しているのか、必死に口に手を当て、笑いを堪える。
「おい!笑い事じゃないんだぞ?」
ちょっと苛立った感じで返す。
「ごめん。怯えている表情が笑えてきて!でも大丈夫。私がそんな危険から守ってあげるよ」
任せてと言わんばかりであった。
まぁ確かに。ラインが居れば、なんとかなりそう感はある。
それを昨日実感したばっかりだ。
「それじゃ、次はお嬢ちゃん」
そう言うと、机の下から、水晶玉を取り出し、汚れた机の上にお構いなしに、乗っけた。
「それじゃ見るよ」
水晶玉に魔力を注ぎ込んで行く。
そしたら、又もや、
「ワチャ!」
と拳骨で割った。
そうすると、割れた隙間から、赤い液体がピシャっと溢れた。
その場は騒然とする。
「おい、おばちゃん!」
俺は、確かめるように震えた声で言った。
おばちゃんは目を点としていたが、我へと返ったのか、目を逸らした。
「50パーぐらいの確率で死んでしまうかもね」
タバコを1吸い。
「所詮は占いだよ!そこまで間に受けなくても!」
ハハっとラインは笑ってみせたが、顔がこわばっているのは、一目瞭然であった。
「何か確率を下げる方法はあるんですよね?」
俺は身を乗り出し、尋ねてみる。
ラインの言う通り、所詮は占いだ。
でも、分かっていたとしてもアニメを見ていた俺には、どうしてもそう言う系には、敏感になってしまう。
「まぁ、出来ることは誰かに守って貰うぐらいなんじゃないかな?」
おばちゃんは横目に、俺らの服装を一目見る。
「あんたら、魔剣士の見習いやってんのかい?なら、仕方ないさ。魔剣士と言うのは、死と隣り合わせの仕事柄だからね」
とおばちゃんは、慰めにもなっていない言葉を掛ける。
ラインは、心が揺れ動いている。
身の毛が弥立つような、悪寒に襲われ、やりようのない感情がラインを苦しめる。
ラインは、ピュアすぎるのだ。
なんとかフォローをしようと画策しようとしたが、流石ポンコツ頭脳。何も思い浮かばない。
おばちゃんはそんなラインを見て、ため息を吐くと話始めた。
「私が言うのも何だけど、真に受ける必要はないんやで。ただの占い師の戯言だよ。それに、自分の未来は自分で決めるものさ。人に自分の未来を予言されるなんて、不服とは思わないかい?」
それをラインは聞くや否や、
「ですよねー!!」
とケロッとした顔になった。
「切り替えはっや!?」
その変わりように、おばちゃんと俺は顔を又、しかめる。
俺も思った。おばちゃんも思った。情緒どうなってんのかと。
ラインは、
「それじゃありがとうございましたー!!」
とお金を払い店へと出ていく。
おばちゃんは、俺に哀れみの目を向け、
「色々と大変じゃろ?」
同情された。
ああ、大変だよ。俺の周りには、変な奴多いからね。
まぁ俺も側から見ると変な奴なのだけど。類は友を呼ぶってか?
俺は涙ながらに応えた。
◇
太陽が、南と西の間ら辺に昇っている。
もう少し経ったら、夕方に差し掛かるのだろう。
街の民は、買い物の帰りで、溢れていた。
だが、一つの悲鳴を皮切りに、事態が一変した。
皆、何か恐怖な存在から逃げるように、散っていく。
『押さないで....!!」
『ヤバいだろあれ』
『殺人だ』
と騒然とした雰囲気である。
その怒号の中には、子供の泣き声などが耳に入る。
「お前ら早く逃げろ!!」
誰かが必死な声で、逃げるように促す。
呼吸も荒くなっているのも分かった。
何が起きて....?
俺は呆然とした。
殺人とか言ってたよな?
まさか、占いの死亡フラグが回収されるのか?
これは逃げるのが正しい。1番危ないのはライン!
そう考えると、ラインの手を握り「逃げようと」呼びかけた。
だが、ラインは、瞳を一点に見つめさせていた。
聞く耳を持っていない。
お菓子をコトッと地面へと落とした。手に力が入ってないようだった。
ラインは、俺の手を振り解き、原因があろう現場へと走った。
「ちょ....ライン!?」
俺は唖然とする。
幾ら、魔剣士の見習いだからと言っても出る幕では無いだろう。
ここは逃げた方が良いのに。
そう思っていると、人混みが徐々に無くなっていき、視界が開けてきた。
俺の目に映ったのは、巡回治安隊のあのおっちゃんが、一人の少女を覆い被さるように包み込み、抱え込んでいる事だ。
あの少女、おそらく人混みで、親と逸れたのだろう。
おっちゃんの足から血が滴り落ちているのが分かった。
「おっちゃ....」
俺が呼びかける前に、おっちゃんを痛め付けたであろう男の存在感が増した。
「はぁーダメじゃないか。本能から外れるように、少女を自分の身を挺して守るなんて....」
髪が長く、顔の所々に彫られている模様が印象的な男の声は、妙に軽かった。
緊張感の欠片もなく、まるで退屈な世間話でもするかのように言葉を紡ぐ。
それが当たり前かのように。
「だから死ぬんだよ」
男はおっちゃんに近づき囁いた。
指で銃の形を作った。
「バン!」
と幼い口調で、指先から魔力を飛ばした。
その魔力は容赦無く、おっちゃんの頭を貫く。
おっちゃんは静かに死んだ。
少女は恐怖で泣きじゃくった。
「え......?」
声が、勝手に漏れた。
何が起こったか分からなく、動けなかった。
鎖で縛られてるかのようだった。
先程まで、明るく酒を飲みながら、仕事をしていた人が死んだ。
快活に動いていた姿が、もう一生見れない。
そう思うと脳がその事実を拒否する。
人の死は呆気なさすぎる。
それ故に受け入れられない。
立ち尽くしていたラインは、
「ああああああぁぁぁああああ」
と激昂した。
ラインは、剣を抜き、地面を蹴り砕く勢いで踏み込み男へと近づいた。
魔力を剣と共に男へとぶつけようとした。
だが、それの剣撃は阻まれた。
影を落とすように深く被っている男に。
な!?違う男が又!
いつそこに居た?
その男は、左手の親指と人差し指でナイフを掴み、ラインの攻撃を受け止めていた。
ラインとハット男の魔力がぶつかり合い、周辺が黒紅に染まった。
ハット男は、ナイフでラインの剣を流した。
ラインの体制が崩れると、ハット男は、ラインの腹を蹴り上げた。
「ゔ」
と唸り声を出し、後方へと飛ばされ蹲る。
少女は絶望のあまり声が出なかった。
髪の長い男は、優しく少女に微笑み
「ごめんね。怖い思いさせちゃったね。すぐ辛い思いから解放させるよ」
としゃがみながら、手であの形を作った。
ヤバい。あのままじゃ少女が。
俺の足よ!動け。
おじちゃんの死を無駄にするな....動け!
俺は人々を助けるって決めたのだろ?
逃げるな。
そう俺を奮い立たせると、足に魔力を集中させ、少女へと体を向かわせた。
――次の瞬間、前に影が割り込む。
俺は、咄嗟に剣を抜いた。
咄嗟に構えた剣が、光を反射するナイフと激突する。
火花が散った。
手首に痺れるような衝撃が走る。
ハット男の紫色の瞳がチラリと見える。
地面に手を付きながらも体制を即座に直し、少女の元へと。
二人の間に身を投じた。
◇
「バン」
と子供のような無邪気な声で発せられた。
だが、髪の長い男はニンマリと口角を上げた。
「マジかよ。そこは諦めろよ」
アレンは、魔力の銃弾を体で受け止めていたのだ。
本来ならば、致命傷になり得る被弾を、懐に入れていた"本"で弾道を逸らした。
時間が無く、1ページも読めていない『世界伝記』であった。
アレンは、見せびらかすように本を取り出し、スッと血反吐と共に地面へと落とす。
「良いね。やっぱり、俺にはよく分かんないよ。君達、人間にとっては、それが本能なのかな?」
長い髪が男の顔を隠し、問いた。
銃の形の手を握り拳に変え、アレンの顔の側面にぶつけた。
アレンは飛ばされると同時に、少女の服をギュッと掴んだ。
そのまま、街灯に目掛けて飛ばされた。
アレンは心得ていた。
コイツらには、勝てないと。
ラインでさえ、掠りもしなかったからだ。
魔力の量はそこまでと言った感じだったが。
だから、アレンは少女の救出と魔剣士が到着するまで時間を稼ぐ事にした。
アレンは、少女が無事かと心配し、抱え込んでいた少女を見たが、瞳が潤んでいるだけで体に別状は無かった。
俺は、深くため息を吐いた。
アレンが安堵をしているのも束の間、髪の長い男が手を形を変え、触手のように伸ばした。
先を刃物のように尖らせ、アレンらを襲う。
片手で、剣を振り、弾くと距離を取る。
だが、それを男は、許さない。
両手を触手に変え、鞭のように振り回す。
触手により、家々、石塁、街頭あらゆるものが、呆気なく破壊されていく。
纏まりのあった景観は、見るも無惨な姿に変貌していた。
アレンはなんとか剣で受けるが、これ以上受け続けるのも危ういぐらいには、手が震えていた。
砂埃が目の前を覆うぐらいに舞う。
男は、非常に楽しんでいた。
高らかと笑い声をあげながら。
アレンは感じ取った。
空気が揺らめく瞬間を。
後から来る魔力の波長を。
アレンは振り向く。
ハットの男であった。
アレンの頭によぎった――挟み撃ち!?
アレンにとっては、どうにも対処出来ない状態であった。
片手に少女、もう片方には細剣。
1人で対峙するならば、受ける事で凌ぐ事が出来た。
だが、2人同時には捌き切れない。
少女は、自分の手元へと置かないと、殺生されるだろう。
万事休すかと思われたが、炎が後方へ立ち上る。
ラインだった。
烈火の炎がハット男の道を塞でいる。
この機会を逃すわけにはいかない。
アレンは、髪長の男に突進した。
口で剣を咥え、右手の触手を差し込み抑え、素手で触手を握る。
歯が軋み、手が血で滲む。
「君、すまなかった。今、ラインお姉ちゃんに受け継がせてもらうから」
怖がらせないように落ち着いた口調で少女に告げた。
少女は目を瞑りアレンの服をギュッと握っていた。
「せーの」
とアレンが掛け声をすると、少女を投げた。
ラインはその期待を受け応えるように、少女をキャッチする。
そして、この場からラインは逃げていった。
そんなラインの唇には、歯で出来た傷から血が滴っていた。
フェアンは、アレンの行動を見て興味をそそられた。
2対1に持ち込んだのだ。
死をも顧みない事に。
「もっと君を知りたい。俺の名前はフェアン。君の名前は?」
髪の長い男は、穏やかな口調で訊いた。
その知的好奇心は、自分の理解出来ない存在を理解したいと思い溢れ出た感情であった。
だが、それはアレンの口から聞き出そうする意図は無かった。
触手から枝分かれするように、手が伸び、アレンの頭をソッと触る。
「そっか、アレンと言うのだね」
アレンは、驚きのあまり、目を見張った。
足で手を蹴り上げ、離れさせる。
アレンには、何が起きたのか分からなかった。
脳とは、前世の先端技術を使ってしても、未解明な事が多かった。
圧倒的な複雑さなどが例に挙げられる。
魔法は、非現実な事ではあるが、ある程度の理論の上で成り立っているものである。
その理論を解き明かしていく事で、一般人にも教授する事で魔法が使える事を可能にした。
つまり、非現実の出来事でさえも理論が一定に存し、解明しなければ、利用できない。
だが、脳は理論で、解き明かす事は難解すぎるのだ。
それをフェアンは、記憶を覗き見る事を平然とやってのけた。
アレンは酷く困惑した。
何が起きて....と、疑問と共に、嫌悪感が押し寄せてくる。
「そんなに拒絶されると哀しくなるよ」
フェアンは眉毛を下げた。
「驚いたな。こんなにも気色の悪い奴だとは」
アレンは苦言を呈す。
「それは、理解出来ない者同士、一緒じゃないかな?」
フェアンは、アレンの下腹部を蹴り上げた。
アレンは、後ずさった。
ハット男は、アレンの隙を突こうとしたが、
「エル、ダメだよ。アレンは、俺が殺すんだ。邪魔しないで」
穏やかな口調で命令され、従った。
フェアンは続ける。
「やっぱり、聞き分けの良い子で知る事にするよ。だから、ごめんね。今からアレン、お前を殺す」
フェアンからは、アレンが見た事のない程の魔力が溢れ出した。
制限をしていたのだ。
空気の流れが変わった。
まるで空気が、フェアンに集まっていくようだった。
揺らめき、空間が歪んで見える。
アレンは、震える手を必死に抑えた。
だが、次の瞬間、恐怖は一瞬にして、虚無となった。
爆発的な魔力による空気の揺らめきが、嘘のように消え去ったのだ。
フェアンらは、引きつった顔をしていた。
「やぁ!! 今、どう言う状況?」
片手を上げ会釈をした1人の魔剣士が居た。
どこか軽々しい声だった。
そこで、フェアンらの魔力の放出が無くなった事が分かった。
その魔剣士に、押さえ込まれるように。




