朝の体操、魔王邂逅
昔、薔薇族っていう雑誌がありましてね。
ホイッスラーはあまりにモテるため、多くの課外活動を制限されていた。しかし、籠って絵を描く気分にもなれず早い時間に登校して人の少ない庭を散歩していた。上半身でストレッチをしながら歩くと血流も良いし、思考がクリアになる気がしていた。
いつも通るグラウンド沿いの道。サッカーや野球の喧噪。手に入らない熱の渦。輝かしい組織。美しい切磋琢磨の姿。好ましいものだ。足をほぐしつつ座ると、いつも人一倍動くスタイルのいい男が目に留まった。どうやらこちらを見ているようだ。やつは手でTの字のハンドサインを仲間に見せると芝生をドリブルするように駆け込んできた。赤と白のユニフォームからシルバーのネックレスが見え隠れしている。ハイタッチしてきたので、手を合わせる。
「よお!兄弟」
いや、誰だよ。
「なになにホイッスラーくん早いね今日は」
汗っだくの男がくすぐってくる。敏感なホイッスラーは笑いながら身をねじる。なれなれしく声をかけてくるやつは偶にいるがよくわからないのが来た。
「まって、おれが誰だかご存意でない?」
表情豊かな眉が主張する。柑橘とわずかな汗と土の臭いが広がる。
「思い出せない」一応知っていたふりをする。知ったふりをするのは得意ではない。
「ゲオルグだ。しっかりメンタルに刻んどけな」
そういうと彼はビシッと人差し指をこちらの胸に向ける。ナルシズムを感じる。
片付けサボってんじゃねえぞ、と先輩らしき男からの声が聞こえる。
「やっべ、呼ばれてるわモテるエースはつらいぜ」
ゲオルグはグラウンドへ駆け抜けていった。彼は集団の中でなにか話していると思えば、こちらへ向けてサッカーボールがスローインされた。ボールは綺麗な放物線を描いて、こちらの胸で弾んだ。
「ナイスッ!よーし、PKでバトルだ」ニカッと笑っているが、素人と戦う意図が不明である。
「負けたら昼奢りな」ゲオルグはゴール側に立った。わたしの足元には磨かれたサッカーボールが元気よく転がっていた。覚悟を決めて上着を折りたたむ。ここで勝てば次の告白は成功だと鼓舞した。
結果からいえば1-3で負けた。1回だけ止められたものの、手のひらは痺れるわ、薬指が痛いわで大変である。まさか全力じゃないだろうな?
「うしえぃッ!イェア!おれが最強~~~だ!!!」
手元のボールを場外へ蹴り飛ばし、走り回るゲオルグ。彼を讃える部員達。素人に勝っていきって情けなくないのか?と喉元まで言葉が出かけるも小切れの息が漏れるだけであった。目を横に向けると通りがかりの観衆にもみられている。学園の窓からもチラホラ見物人がいた。公開処刑なのか?
「奢りって定食でも奢ればいいのか?」ゲオルグに声をかけると紅白ユニフォームの連中が騒ぎだした。まて、ひとり分だよな?財布の呼吸を確認する。おれもいけるぜとかいうな。
「本当はシュラスコがいいんだけど、昼いくなら焼肉だよな?」魔王の宣言が下る。たしかに、学校じゃ食えたもんじゃないけど、それはアリなのか?食べ放題だよな?お財布を涸らす気なのか?
「今回だけな」懸念は残るも承諾する。どうぜ自分には殆ど使わない金だ。学園連中への浪費ならば叔父さんも浪費とはいうまい。
「さすが!大イケメンは違うねえ。おい、おまえらッ!昼は親愛なるホイッスラーくんと焼肉いくぞお!」ゲオルグとその他大勢が抱き着いてくる。汗と土の監獄。男の肉布団。固くも弾む筋肉のぶつかり合い。朝飲んだスムージーとバナナが饐えた匂いとともに咽喉を焼いた。背は高いほうなのに、無駄にスタイルのいい集団では顔を上げて新鮮な空気を吸い込むので精一杯だ。朝礼の予鈴がなり、彼らは走り去る。ゲオルグは電話番号だけ控えを残し、挙句の果てにキスをしてこようとしたので押しのける。
「とりあえず、4限終わったらそっちいくわ!」走りながら去る集団。
結局、昼飯に焼肉を奢ることが確定した。玄人との勝負の代償としてはふざけた話だが、乗った以上は降りられない。
「急いでるな。5分も猶予はあるのに」早歩きで戻るホイッスラー。
「今日あれだ!テストあるんだったっ!」思わず大きなひとりごとが飛び出すーーよりも先に駆け足で教室へ向かう。
あわてて着席すると同時にゲオルグからメッセージが届く。添付された住所は割と近場の大衆焼肉店だった。それはいいのだが、後のメッセージに目を奪われた。
ゲオルグ:20人で予約取れたぞ!休憩入ってダッシュでいくぞ!向こうで集まるのもいるから、おれと合流してすぐな!」
行動が早い。何秒で戻って、電話しているんだ。しかも、テスト前に焼肉屋の予約?そして、サッカー部の連中やメンズクラブの連中、果てにはやつの弟までくるらしい。いつ連絡した。どれだけだよ。半端じゃないって!
ブイズから一匹ペットにするなら?一択です。




