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水と珈琲

今年も矢が過ぎるように終わるのでしょうが、濃い一年を紡ぎたいですね。

 当日、放課後。


 授業が終わり、そのまま約束の地へ向かう。放課後というアバウトな時間とはいえ、遅れるのは申し訳ない。そして、授業中に抜け出して、全身を整えたジョアンナに隙はなかった。広大なセークエンスの目抜き通りを早歩きで駆け抜けると高級住宅街が広がる。北門側はあまり来ないが、目星を付けていた彼女は難なく、目的を見つける。エメラルドグリーンに塗られた円錐型の屋根がファンシーで、どこか古風なカフェである。じつは初めて来るのだが、内装は落ち着いていて、高級な印象だ。


 中に入るとシロップの香りと積まれた珈琲豆から漂う匂いが鼻腔を満たした。目を引いたのは店内の至るところに飾られているぬいぐるみである。不思議な世界観だ。

「す、すごい……」

 勝手がわからず、カウンターで右往左往していると、学生らしき店員さんが声をかける。

「ジョアンナさんですか?」

 急に名前を言われて、あわてて頭を上下する。

「こちらでお待ちください」


 座席を横切った先にある扉を開けると広い部屋があった。カウンターの向こう側にもホールがあるとは面白い。カーペットやテーブル、ソファも少し豪華なようだ。お偉いさんも来ているのだろう。

 時計の針が3周するころ、店の裏側で車の音がした。まもなく、裏口からホイッスラーが現れた。少し、髪が乱れている。


「やあ、さっきぶりだね。待たせてごめん」

 彼は軽く両手を合わせた。謝罪する姿でさえ、様になっている。

「いや、そんなころないです」

 事前に水を飲まなかったことを後悔しつつ、カップに口を付ける。

「今日は来てくれてうれしいよ、ありがとう」

 なんだこれは。ここが神の世界か?

「何か頼もうか、おススメあるよ。それでいい?……すみません注文良いですか。いつものふたつで、食事はいいかな?うん、以上でお願いします」

メニュー表の呪文を解く余裕がないため、おススメに倣う。間違いはないはず。

「ホイッスラーくん、コーヒー好きなの?」

 視線を手前の角砂糖、隅のミルク、手元のお手拭きと白の三角でパス回しする。目を合わせると死ぬのは違いない。それでも輝かしい顔面をいかに摂取するか周辺視野を努めてはたらかせた。

「好きだ」

 その余りにも真剣な顔でキッパリというものだから、ジョアンナはすっかり参ってしまった。

「…………」


 珈琲が運ばれてくる。香り高く、熱々であることが窺える。

髪を整えるふりをして顔を隠す彼女を他所に珈琲を愉しむホイッスラー。

「普段はあまり飲まないんだけど、こういう場に来るとやっぱり良いなあって。ジョアンナさんは珈琲どう?」

「おいいしです」

煽るように飲むも、予想以上に珈琲を含んでしまったため、舌を火傷してしまう。

「オーイシ?ああ、美味しいね」

 ホイッスラーはジョアンナのコップに水を注ぎに行った。

「はい」

「ありがとうございます!」

 コップで頬を冷やす彼女を見て、彼は笑う。

「今年暑いよねえ、もう夏かな」

 アイスコーヒーもいいよね、と話す彼を硝子越しにみる。これでもイケメンを解析できてしまう。もはや恐ろしい。

「少し離れてもいい?」

水を飲みすぎて、後のむくみが怖い。

「全然いいよ、いってきて」

ひらひらと手を振る彼。ここから仕切り直しだ。


 通路に戻ると従業員用扉から先ほどの若い店員と会う。暗柴色の髪に隠れた目元から、灰色と青色のオッドアイがこちらを覗いている。

「あの、なにか?」思わず尋ねる。

「あのホイッスラーがアーロン以外の奴を連れてくるなんて珍しくて。彼女さん?」

「いええっ!そんな」

「そうか、でも彼がそのつもりならどうするんだ?」

 なんて質問。なんて想像。

「とりあえず、戻るんで!」


 部屋に戻るとゆったりしていた彼が目を開けた。

「おかえり。あはは、騒ぎがここまで聞こえたよ。ノワールのやつがごめんねえ」

 どうやらあのぶっきらぼうな少年はノワールというらしい。

 立ち上がるホイッスラー。

「そろそろ開こうか、私ばかりがここを独占していても申し訳ないからね。今日は来てくれてありがとう。少し送っていくよ」

 もう会えないような心地がした。幸運の時間は終わった。しかし、日常の落ち着きも恋しい。

 エスコートされて裏口へ回る。人気のない路地に黒い高級車が停まっていた。運転手らしき人の頭が見える。

「あ、そういえば。お金……」

「払っておいたよ、いこうか」

慌てて、財布を開けようとするも阻まれた。いつの間に払ったのだろう。


薄暗い空に綿雲は影へと溶ける。涼しい風が吹く。日中の喧噪もすっかり落ち着いていた。

「あの、学校で自習があるから」

名残惜しいがサボるわけにはいかない。

「すごい、努力家だ。学校まで近いから、歩こうか」

 歩幅を狭め、ゆっくり歩く。近くで歩く幸運を噛みしめ、普段の行いは重要だと痛感する。白湯を飲むような人生にも甘露は訪れるものだ。

 暗くなった校内を歩く。

「そういえば、なんで誘ってくれたの?」

 ようやく緊張が解けた彼女はひとつ尋ねた。


 ホイッスラーは立ち止まる。すべてを見透かすような瞳に逡巡の色が見えた気がした。

 振り向いた顔は堅かったものの、一息つくと朗らかなものになった。

 そして、目を伏せがちに告げた。


「きみが好きだからだ。ぜひ、私と付き合ってほしい」


 まばらになった下校者、遠くで響くスポーツの音、まだ灯りが点在する教室。飛び去る頬白の小鳥。

 周囲が深まる闇へと消し去られる。

 ただひとつ、目の前にいる蝋細工のように美しい顔が月光で照らされていた。

おいおい。いつするんだ?最強になれねえじゃねえかよ!



ちゃんとなります。


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