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えらいごっつりとした偽りなき性衝動

哲学者諸君は本質を追った先の絶望に耐性をもつことが望ましい。

 夕方、学園内でのカレーパンが売り切れた頃。背の高い男が髪をたなびかせて歩いていた。彼は一室の通信室を開けて、前列奥の角の席へ向かった。長い白髪を纏め上げた男が席に座り通話を立ち上げたとき、既に他のメンバーは通話にログインしていた。


「ロドリックです、遅れたかな!セーフだよね?アウト?…………誠に、誠にごです」


「座長が遅刻してどうする。おれの方がリーダー適性あるんじゃねえか?ああ??」

 画面越しにゴールドを弄ぶグスタフ。その声色は金より貴重な時間を奪われて苛立つ感情が含まれていた。

「まあまあ!とりあえず水でも用意して本題に入りましょう」

 ジャンがなだめる。

「水はともかく、それもそうだ。ベッカムの扱いだな」

 ハンスが赤髪を手で梳きながら話す。

「そうだね!彼の行動の是々非々を諸君から意見してほしい」

 ロドリックが差し込む。なんだかんだでまとめ役だ。

「自由な校風らしくていいと思うけど。あれも学内政治みたいなものよね」

 リリアンヌが賛成する。部屋の中で相変わらずつばの長い帽子をしている。

「おれも賛成だ。金で動かすということは人を幸せにするいい例だろう?」

 グスタフが金箔チョコをつまみにお茶のようなものを飲みこんだ。顔が赤い気がするが気のせいだろう。

「感情論で申し訳ないのですが、厭ですね。彼のような粗食を繰り返す人生を送るやり方を評価するというのは、喉が苦い…………第一、彼はそんなにかっこよくないでしょう?」

 続いて口を開いたハンスが苦言する。その言葉の鋭さに面々が苦笑した。

「ふふっ、手厳しいですねハンス先輩。ここに彼の級友がいるんですよ。でも、見境ないところは心が濁っているようでいやです。同じく反対です」

「なんだよ、おめえも反対なんかい。意外に人望ねえのか?あいつ」

 ジャンの清廉な意見にグスタフが笑う。


「ふうむ、いまので2対2か。双子ちゃんたちはどう思う?」

 沈黙を貫く姉妹へロドリックが問いかける。

「消極的反対。票なんていくらでも結託して操作できるから無差別。目立つなら罰すればいい。以上」

 銀髪の小柄な女性が冷たく言い放つ。

「へえ、お姉ちゃん反対なんだね。賛成かな。本物が上がれないならそこまでの存在。4名も定員があるわけだし、結局は実力がものをいうよ」

 姉にそっくりな顔立ちで黒髪の少女がいう。眠そうに目を細めている。

「割れたな」

「そうね」

「どうみてもいけないでしょう」

「ロドリック先輩はどう思うんですか」

 問われたロドリックが少し沈黙する。その緑の瞳からなにかを読み取ることは難しい。


「反対だ。成果報酬とはいえ、賄賂は当人の純粋な人柄による影響力を測るうえで邪魔にしかならない。金持ちコンテストをしたいわけではない。しかし、やり直すには納得も得られないだろう。ベッカムおよびその投票者に吾輩からお詫びしたうえで、票数計算方法の調整を同意してもらう」

 ロドリックの発言を受けて各々が沈黙した。

「多数決は本質的ではない。別の対処方法があるなら教えてほしい」

 ロドリックが促す。

「金で踊る衆愚をみれないのは退屈だが、いいよ。ロドリックが決めたなら違いない」

「とくにないわ」

「うす」

「ゾス」

「…………」

「いいんじゃない」


「ありがとう。この方針で対応する。その他報告だ。SIC順位予想賭博は教師陣と純白の騎士団が対応することになった。つぎに、グスタフが提出した予算補正案が財務課に通ったので、機材借り入れが増える想定でリリアンヌとハンス、ジャンで各学級の追加発注分の集計をまとめてほしい。級長がいるから手間はかからない。不明点があればいつでも連絡してくれ。以上だ」

 此処でスタンプが送られたのをみて、ロドリックが続ける。

「じつはこの後、ベッカム君と面談を入れてある。マルっさんも同席する。結果は今夜送るよ。次回の会合は集計のタイミングになる。それではお疲れサマーバケーション。解散!」

 ロドリックが通話から抜ける。続いて他も通話を抜けた。


 一方でホイッスラーは用事で部活を抜けたアーロンとともに自室でニュースを観ていた。


「これ、きみに。連絡先伝えるよって言っても聞かなくて」

 アーロンから手紙が渡される。


 ハゲトール首相?あのくじで国会議員を決めたアホスバカンス国の首相がなんのニュースで映っているのだろう?

「来月よりアホスバカンス国で完全自由恋愛を禁ずる。今後は政府主導のもとにマッチングされた男女がお見合いをして数回のうち希望のあったペアに生殖による税免除を付与するものとする。これは出生数確保のために必要と断ずる。対象はアホスバカンス国籍を有し、当国に居住するものすべてである」

 噓だろ…………希代の名君と評されるハゲトールがそんな強硬策に出るだなんて。恋愛国家のエルフィアでは考えられない。


 ニュースキャスターの音声が流れる。

「これに対してエルフィア国のスティーブン首相は“前例にない実験的な政策であり、結果は大いに参考になるだろう。しかし、婚姻を強制する姿勢はパートナー同士におけるミスマッチを生みかねない。成功には国民へのケアが欠かせない”とコメントしています」


「ポリフォニーが流行った上世代は阿鼻叫喚だろうな。あそこは」

 アーロンが丁寧に金髪を乾かしながらいった。

「ビアンカとかは辛そうだね」

 ホイッスラーはチーズに生ハムを丁寧に巻きながら答えた。


「お見合いでこの中から決めろといわれたとき、きみならどうする?」

 アーロンはドライヤーを片手にタオルを洗濯機に放り込んだ。

「さあ?あまり気にならないかもしれないね。向こうでもモテるのは変わらないだろうけど、モテ殺しになってしまうだろう」

 ホイッスラーはカーテンを閉めた。アーロンはモテ殺すとは何かを考え耽っていた。


「SICのやつ一位なっていたよ。おめでとう!ゲオルグ も5位に上がっている」

 アーロンは手元の端末をみていた。当人としては順位に拘りはなかったので何も思っていなさそうであった。ホイッスラーは余裕そうに振舞う理由を説明した。

「ジョアンナとのデートが確定した。そこで決まれば降りてゲオルグに譲ろうと思う。参加する理由がないからな」

 ホイッスラーは試験を口実にジョアンナとの勉強会を設けていた。それをデートというのは見栄か無知ゆえか。

「はあ?降りるって辞めるのか。それで勝つなんて、あの競争バカのプライドが許すのか?」

 アーロンはスポーツ大会でも目立っていた黒髪を思い出していた。

「学費を工面する金が要るらしい。なりふり構っていられると思うかい?」

 ホイッスラーは知人から貰った天然水のボトルを開けてコップに注いだ。

「どうだろうな。チャンスボールは自分で奪いに行くタイプに見えるが」

 アーロンはドライヤーを止めて、コップの水を飲んだ。やたらすっきりと澄んでいて飲みやすい!


「おや?」

 ホイッスラーは目を留めた。

「なぜかロドリックが一緒にご飯しようと」

 それを聞いたアーロンはこちらに顔を向けた。

「最近仲いいな。写真部にでも入るのか?」

「それもいいが、そのつもりはないよ。カメラは苦手なんだ」

 アーロンは何かを悟ったように黙り込んだ。

「ついてくるか?」

「いいよ、家戻ってバスケ観る。また明日な」

 アーロンは上着を軽く羽織って部屋を出ていった。


「こんばんは、ロドリック先輩。おや、リリアンヌさんもいるようですね」

「こんばんは、ホイッスラーくん」

「おお、我が愛しき被写体や、元気かね?こちらにどうぞ」

 ホイッスラーはロドリックたちの向かいのソファに腰掛けた。

「そういえばベッカムはどうなったのですか」

「失格でもなければ、無効化でもない。無論、退学もない。ただ、とある筋にお願いして賭博行為を厳しく取り締まったのだ。彼と交際関係を偽装するものも目に見えて減った。ベッカムを見張っておけばいい話だからな」

「それでも二位ですからね。大したものだと思いますわ」

「組織票というのは恐ろしい。我ながら見くびっていました」

 謎のファンクラブでブーストを受けたホイッスラーは組織の力を痛感していた。数は力なり。

「ところでな麗しきホイッスラーくんよ。依頼がある。SIC中だが、学園祭初日にOBの議員が来るのは恒例だろう。時世の話で議論を交わすことも。そこで凛々しいホイッスラーくん、キミに出てほしい」

 ロドリックが頼み事をするときは大体褒め殺しにくるものだ。ホイッスラーは断ろうと思っていたが、リリアンヌが追撃をかける。

「学園の人の豊かさをアピールするうえであなたが欠かせないの。化粧は私が施すから、光栄に思いなさい?」

 ロドリックも続ける。

「本来であれば、大羊の徒が弁論部、哲学愛好会などを中心に選出するのだが、先方がキミに興味を持っていてね。吾輩としても断る理由もない。なあに、率直に考えていることを述べればいい。向こうも国会のような姿勢ではこないだろう」

 ロドリックは手元のステーキを切り分けては口に運ぶ。彼の薄い唇から牛の脂が流れる。手元のナプキンで強引に拭うとリリアンヌは僅かに眉を顰めた。アイシャドウでわかりずらいが、目尻の動きをホイッスラーは見逃さなかった。

「まあ、美味しい。ハンスさんが来ても満足でしょうね」

 リリアンヌは丁寧な所作でフォークを使い、粘り気のあるマッシュポテトをヌッと掬っては口に運んだ。

「ステーキとは素敵だねえ!ホイッスラーくん食べないの?最近のモテ男は小食なのか?ううむ、おいひいねええ」

 ロドリックは咀嚼しながら、ホイッスラーの皿を眺める。ホイッスラーはリリアンヌのペースに合わせていただけなのだが、そのレンズは人の心理において機能しないようだった。リリアンヌは同席したことを後悔していた。此の男といては自身の気品まで疑われてしまう。

 ロドリックはほうれん草を咥えたまま、突如立ち上がった。

「あっ、明日朝はオムツのモデル撮影だあ!よおし、吾輩は代金払って、帰るね!機材の準備しなきゃ!ホイッスラーくん、さっきの件、頼むよ!…………うへへ、天使ちゃんだ。ばぶう」

 奇人の振る舞いに絶句したリリアンヌ。ホイッスラーは何事もなかったようにステーキを愉しんでいる。ロドリックは赤ちゃん言葉をつぶやきながら、元気に身振り手振りをしながら出ていった。

「申し訳ございません。普段はまだまともなのですが、感情が高まるとああなるのです」

 リリアンヌは本心から謝った。

「知っていますよ…………それより後輩に敬語なんて付けなくていいですよ」

「私にはわかります。あなたの美への努力に敬意を示しているのです」

「そんな女性に比べるとなにも」

「化粧品は何を使われていますの?シャンプーは?食事、睡眠時間、生活スタイルは?気になって仕方ないですわ」

 ノワールなら得意な話だろう。ある方面で経験豊富なホイッスラーは彼女から新たな執着の気配を読み取った。

「いやあ、健康にやっているだけですよ。化粧品だって、あなたが持っているような高級なものでは」ホイッスラーは早々に引き上げるつもりだった。しかし、それを読み取ったリリアンヌが彼の隣に移ることでそれが阻まれた。

「あなたご存じかしら。美しいものには責務があることを」

 リリアンヌの声色が一段低くなる。

「そう、すべての原石を磨くべく、美を体現するのよ。醜いものは世界に要らない。そう思わない?」

 彼女の人差し指がホイッスラーに向けられる。赤のマニキュアに金の指輪。美を演じる力が指先から伝わる。

「わたしには退屈な画一化を企てているように思いますが」

 切って捨てたホイッスラー。彼の脳裏にはかつて美に拘泥するあまりに身を滅ぼした身内が浮かんでいた。

「壮大な進化計画と言ってほしいわ。世界が美人だけなら良いと思ったことはありませんか?アホスバカンス国も不細工ばかりだから、ああなるのですわ。彼らは早めに淘汰されるでしょうね」

 リリアンヌは見下すような笑顔で吐き捨てた。

「美しさなんて流行は移ろうものです。今の美人も時代に恵まれたのではないかと」

「謙虚であることと現実を矮小にみることを履き違えていますわ。失望しました。今年のSICも小粒ばかり、あなたはまだ見どころがあると感じていましたが、凡夫に用はありませんね」

 リリアンヌは不機嫌を隠さず、早歩きで退出した。まるで世界の女王のような自信と歩き方だ。

「デザートが残っているじゃないか!」

 残されたホイッスラーは重たい胃袋を抱えて帰ることになる。


「明日デートだ!いやっふう!」

 ホイッスラーは学園祭の公開ディスカッションへの参加も忘れて、ジョアンナとの自習に備えて早寝するのであった。

彼らが正気を保つには性的救済ーー例えば、自慰行為に耽ることやおっぱいを吸う必要があるーーを繰り返すしかない。

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