惹起
ホイッスラーとゲオルグはビアンカに頼んでカップルからの協賛ポイントを稼ぐことにした。
というのもビアンカは学園内にも彼氏が何人がいるうえにコミュニティのハブであるため、カップルの知り合いが多いのだ。そして交際相手を募集する知り合いも期待できる。
「ええ~☆ホイスん遅いよお、決勝は余裕そうだとみていたからポイント票はアレクセイに結構あげちゃったよ」
「アレクセイって、いま3位のやつか!ビアンカちゃん、おれ勝てなくなるって!」
6位のゲオルグが愚痴をこぼす。知り合いの多いビアンカには事前にお願いすべきだったのだ。
「ゲオ、ノリ悪いじゃん、誘ってもサッカーばかりでつまんない」
ビアンカが言い返す。
「こうなると、無理言ってサッカー部を全員彼女持ちにするプロジェクトが難しそうだな、やはりおれがハーレムを形成するしかなさそうだ。」
カーターは職員室の方向からやってきた。
「おうぇ!ホイッスラーくん。初めまして。かっこいいなあ、勃起もんやでこれは」
なるほど、初対面にしてこの反応とは変人らしい。
「ひとつ聞きたいわあ、どうやって女の子口説けばいいん?いや煽っているわけではなく、モテる人にアドバイスもらいたいなと」
「むしろ向こうから口説くことが多いから、わたしに訊くことは適切ではない。現に一度フラれているわけだから」
「それよりも、なぜSICに参加したんだい?カーター君のような秀才はこういうのに参加するタイプではないと思ったのだけど」
「いや、モテたいのよ……!!勉強ばかりする生活は飽きる!結構イケメンだと自負しているわりにがり勉の印象しか持たれていないし……!!」
カーターは熱弁する。
「ふうん。カーター君は勉強が好きではないんだね。たしかに周囲にせがまれて机に向き合うのはつらいよね。目標とかあるの?」
「おれは農業の研究がしたいからそっち方面を学ぼうと考えている。レベルの高い大学にいかなくちゃだめなんだ」
「立派だけど、ここでモテることばかり考えていては大変そうだ。いまはよくても後に響く。だから、いますぐモテて、こんなものだと知らなくてはいけない。カーター君、彼女は?」
「今の会話でいると思うか?」
「作るだけなら余裕だ。SICやっていないでよさそうな子を口説きに行こう。なあに、失敗してもいいさ。おおい、ゲオルグ!」
周囲の女の子に話しかけていたゲオルグを呼び戻す。
「なんだよ、おれは忙しいんだぜ。貴重なオフの時間で口説かなきゃいけねえんだ」
ゲオルグは彼女に旅行を約束したことでSICにおける彼女票を取りに行っているのだ。
「カーターくん、モテたいらしいから、メンズクラブ入りたいって」
「ええ?そこってバカの集まりだよね?」
「はあ?おまえあまりおれのクラブを舐めんじゃねえぞ?」
「まあ、見学だけ行かせてもらうね…………そういえば、一位のベッカムってやついるじゃん。そいつズルしているらしいけど知ってた?」
「ええっ!あの3年のいきっているやつ?なんであいつ一位なんだろうって感じしていたけど何をしているの?」
ゲオルグが尋ねる。
「20位とかの雑魚を集めて、ギャンブルして負けた方は勝った方に票として女か、ポイントを譲与させているらしい」
30位のカーターは戦力外として声がかからなかったのだろうか?
「まあ、決勝通ればいいから、わたしはどちらでもいいかなと思っているだろ?あのな?自力でなんとか4位以内に食い込むに当たって、ベッカムの野郎が失格になれば最高に楽なんよ。だから絶対に潰そうな♪」
ゲオルグが舌を出しながら踊っている。
「うーん。デートの誘いがきたから、それには協力できないかも」
ホイッスラーがいう。彼の目線は手元の端末に向いている。
「流石にモテるんだねえ、学内の子?」
カーターが問う。
「うん。ブラックちゃんに誘われた」
ゲオルグが噴き出す。ホイッスラーに写真を見せられたカーターは感嘆の声を漏らす。
「おお、かわいいね中性的な感じがして」
「ロドリックにベッカム先輩の件を伝えておくよ。ルール外のことをやっていいのか大羊の徒サイドに訊かなきゃね」
ホイッスラーはゲオルグらを背に去っていった。
「…………くそっ、デートしたいっ!そうしたい!」
「じゃあメンズクラブいこうな!いまから召集してやるから」
カーターはゲオルグに引っ張られて消えていった。
ホイッスラーはとあるお洒落なカフェにきていた。店前はカップルばかりだ。その女性らの目を惹くものだから、男衆に睨まれてしまう。
「おい、あのイケメン、超イケメンだな…………」
「どこかで見たことある気がする」
「いやいや、芸能人でもあのレベルはなかなかいないよ。写真撮ってもいいかな?」
「…………」
ホイッスラーは待ち人を探す。ゴシック調でもないから見分けがつかない、黒髪、黒髪…………女性にしては背が高い…………いた!ナンパされているから目立たなかったのか!あの趣味の悪いバンダナを首に巻き付けている灰白色の長髪…………いやな予感がしてきた。
「うへえ。ブラックちゃん。甘いもの好きなんだねえ。お兄さん意外と儲かっているから奢っちゃうぜ~」はあはあと息が漏れている。この変態に対して、無視を決め込むブラック。
「やあ、ロドリック。空が綺麗だね」
「ホイッスラーくんじゃないか!ブラックちゃんといい奇遇だね!」
「彼女はわたしを待っていたんだ。そうそう、ベッカムの件だけどまた、意見を聞かせてくれほしい。ではまた会おう」
ブラックの手を引いて店の方へ振り向く一行。
「おおん?おおう。また」
流麗な動きに固まるロドリック。ブラックを連れて店に入る。
「たまたまロドリックに絡まれていたのか!あはは」
「マジふざけやがって。」
冷静に考えると女装でカップル限定スイーツを食べにくる彼も“ふざけている”のだろう。
「さて、わたしは温かい珈琲にするけど、なに飲む?」
「ぼくはオーツミルクで」
「いいね、じゃあ頼むね」
注文を終え席に着く。店員さんがブラックをみて思案に耽っていたようなので、微笑みかけて注意を逸らしてあげた。
「なあノワール」
「…………」
「ブラック」
「なんだ」
「これデカくないか?食べきるには甘すぎる気がする」
ホイッスラーは大皿にそびえたつパンケーキタワー、カップル限定スイーツの貫禄に引いている。
「ロドリックに写真だけ依頼すればよかったぜ。あいつの使いどころだ。ホイッスラー、そんな体たらくでは女子からのスイーツをどう捌いているんだ?」
「きみは貰ったチョコに異物や薬剤が入っていたことがあるか?」
「悪かった。このケーキは安全だから一緒に食べような?」
ノワールがパンケーキを取り分けてくれた。甘いものは好きであったが、最近食べていないものだから、多くを平らげる気はしなかった。
「それにしても回りくどいよな。ビアンカとか女子誘った方が早いだろう」
ホイッスラーは疑問を投げる。
「きみは人生の愉しみ方というものをわかっていない。ぼくは風紀委員会主席として秩序を重んじてきた、いまでもその考えは根付いている。女装もその裏返しだろうな。周囲に知られずに禁忌を犯しているようでなかなか気分がよい。そういうのはないのか?ぼくばかり不公平だろ」
パンケーキを頬張りながら語るノワール。
「オナニーをしている」
さらりと告げられた言葉にノワールはオーツミルクを噴き出しそうになった。
「おい、もし今の言葉が盗聴されていたら路地裏で犯されるぞ。言葉に気を付けろよ」
ノワールは声を潜めた。
「セークエンス最高の美男子から出てきた言葉とは思えないな。セックス至上主義の世間に一石投げたといえる…………オナニーはどのような頻度でやっているの?」
「一日三回が基本だね。学習時間の確保も考えるとこの程度に落ち着かせる必要がある」
「多くないか?ぼくは女装的に考えると男性ホルモンを出しすぎるのはきついんだよね」
「ハイレベルな会話になってきたね」
気が付けばパンケーキは残りわずかになっていた。恐るべし女子力だ。
「パンケーキもういいのかよ、こんなに美味いのに。もったいないぜ」
パンケーキをみているのに気が付いたのかノワールが声をかけた。
「あの連絡先交換しませんか?」
ゆるふわなもこもこの白い服を着たボブカットの女性が声をかけてきた。
「ああん?ぼくの彼氏にナンパかよ??」
ノワールが悪ノリをみせる。まったく女装人生を愉しみすぎである。
「なによあんた男のくせに女装なんかして、歳上への話し方もなっていないし」
ノワールは涼し気に冷笑している。
「まあまあ、お姉さま。彼女はこうなるんですよ。多めに見てあげてください」
ホイッスラーは女性の手を取って懇願する。上目遣いに心を洗われた女性は両手を合わせながら立ち去って行った。
「なんか上手くあしらえたね。性格を犠牲にしたような可愛さはあったけど」
ノワールは手鏡をみながらメイク直しをしている。
「人前でナンパをされても集中できないし、気が乗らないんだよね」
ホイッスラーは珈琲を飲みこんだ。
「SICだけど彼女は増やさない方向で行くの?」
「別に首位通過に拘ってはいないんだよね。ファンクラブが勝手に頑張ってくれているのもあって、やることがあまりないんだ」
「あのキモいクラブか。ホイッスラー指数とか序列とか頭おかしいよ」
ノワールの言葉にホイッスラーは苦笑する。たしかに常軌を逸していると思っていたが、そういった感性も麻痺しきっていたため、ズバズバものをいうノワールを気持ちよく感じた。
「ふふ、美人や自慰行為、女装。背徳行為。なにかに依存することは必然なのに、表象に出ると嫌悪を抱かれるのは厳しいと思うけど」
「一緒だといいたいのか?ぼくは誰かをストーミングしないし、迫害しないぞ」
「本当に?」
「ああ、ぼくは正しくあろうと常に思っている」
ノワールは照明を見上げては目を細めた。
「正しさとは誰のものなんだ?」
ホイッスラーはやけに熱のある瞳でノワールを見据えた。彼もこんな反応がくるとは思っていなかったのか、意外そうな顔をしたのちに熟考に沈んだ。そして、重い口を開いた。
「……………………きみは疲れないのか?短慮にも過ちを繰り返す民衆に。利己主義の犠牲となるのは利他的な人間だ。善良な文化は閉じているうちは暗黙の了解に守られる。しかし、変化によって必ず性悪に滅されるものだ。なぜ、そんなにも蒙昧な存在にも優しくできる?」
問われたホイッスラーは幾何かの沈黙を挟んで告げた。
「自分では優しいなんて思っていないさ。ノワール。内向的で内省の強いあなたは周囲をみるがあまりに些事に囚われている風にみえる。人の賢さなんて大した差を持たないと考えている。最大の差は美しさにあると考えている。よって、美しいわたしに依存に行動する人間がいるなんてことは当然なんだ。それを嘆いたり憂うことはないんだ。ただ、彼らが少しでも幸福に生きられるなら素晴らしいと思うよ」
「崖の上の花に心を奪われて時間を費やすことが幸福か?ぼくは幸福とは欲望の成就にあると思うぜ。つまり、成果がなければいけない。女装もそうだ。こうありたい自分を実現する。最高の人生だよな。好きだからと相手の気持ちを無視してストーカーだの盗撮だの幼稚なんだ。そういった連中はどこかで痛い目をみて学ばせる必要がある。なぜなら、公共に属する以上はマナーに則るのが筋だからだ。きみには他の男のような虚栄心や顕示欲は見当たらない。それはいいが、影響力に反して周囲への興味もなさすぎる」
ホイッスラーはノワールの言論をただ耳を傾けていた。
「ノワール。少し思い違いをしていたようだ。なかなか興味深い思想だ。純白の騎士団はそういうカラーなのかな?つまり、あなたがわたしに求めているのは他人への啓蒙と支配かい?」
「きみには学園を支配するだけの力がある。それを良い方向に用いることができりゃ、この混沌な風潮も改善できると確信しているんだぜ」
ノワールの白い指がホイッスラーを指す。
「いつから」
「いつからそんなに他人に失望するようになってしまったのかい?」
ホイッスラーの言葉にノワールの長い睫毛が開かれた。
「お互い様かもしれねえな。ぼくが払っておく。今日は付き合ってくれてありがとう」
ノワールはホイッスラーを置いて会計しにいった。
「先払いだったのに」
ホイッスラーがつぶやくとノワールは気まずそうに振り返って笑った。
「ごちそうさま。また、食いにいこう」
「ああ、つぎは肉が良い」
外に出ると夜の空気がした。
人に失望している?あんなに期待しているのに?
ホイッスラーはひとり、空を見上げた。
月が隠れた暗い空だった。




