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造花

無限から掴み取れる可能性は夢幻に消える。

有限のなかにこそ、実りはあるものだ。

 塩素ガスの名残としての潮風が鉄の城を腐食させる。古びた看板リースはネオンライトの亡霊を帯びていた。悪徳に正比例して繁華を遂げた街が煌びやかに胎動する。闇の臭いが足音を立てるなか、ひとりの青年が道を進んでいた。汚い路地に浮くほどの麗しい若い男だ。


 パスタ屋さんの行列を抜けて、裏路地に出ると一見清廉なようでいかがわしい色調の看板があった。赤レンガ調の壁はみるものに伝統的な印象を与えるだろう。酸味のある臭いですぼませていた鼻を緩め、一息つく。ここで違いない。前に見かけた看板の店だ。


「えっ、ここ女装?」

 思わず心の声が出た。初風俗に向かう初心者よろしく、店前で立ち止まるホイッスラー。

「営業時間内…………」


 葛藤する精神、皮が大事なのか、内面の本質をみるのか。あきらめて帰るなど退屈極まる。いかない後悔はしたくない。欲望を放棄するという選択はない。支払い方法も不明なので、わざわざ用意した財布を指で確認する。料金形態もわからず。まさしく、情報を避けて飛び込む蛮行。得られるのは感動か絶望か。これもフットサルでさえ参加を認めてくれない学園の体制への反骨心であった。わたしに余計に時間を与えるとこうなるぞと。いかに高名な組織だろうと、セークエンス運営の統率力なんてその程度なのだ。2度、学生寮と倉庫で犯されかけたくらいで課外活動謹慎など慎重になりすぎだ。これをいえば、アーロンに『おまえの唯一の欠落は異常な経験から培われた感性の逸脱だ』と褒め殺しされるところである。アーロンもバスケットボールに加えて、よくわからないクラブに入っているため、余儀なく同行拒否された。孤独の放浪。体験を分かち合える友人が欲しい。暇であればなお良い。


 うだうだ考えていると背後に烏が舞い降りた。一歩扉に近づくと手にドアノブが触れた。

「最悪、間違えて入ったふりすればいい」 

 思ったよりも軽い扉を開ける。店内がざわつく。ジャンルで怯んだが、思いのほか盛況なようだ。ニッチの王者の立ち位置かもしれない。それならば、内容に期待はできそうだ。もっとも、女装カフェにくるつもりではなかったのだが。背の低い店員さんがやってくる。未成年にみえるが、ここはどういう業態なんだろう。


「ホ!?……いらっしゃいませ、ご予約はされていますか?」

 かわいい声だ。才能というものは色んな形だあるものだと実感する。しかし、どこか聞き覚えのある語尾の音階だ。中世的な声が落ち着いた感じがしてよい。見た目は金髪に赤い目をしている。カラーコンタクトだろうか。背はホイッスラーより頭一つ低いくらいであった。名札にはブラックという文字が書かれてあった。

「していません。予約制ですか?」

「なしでも大丈夫ですよ」

 微笑む彼女。所作や雰囲気がすごい洗練されている。男なのか一見わからない。事前情報がなければ気が付かない人も少なくないはずだ。この人は広く通用するだろう。他にも兼業があるのだろう。

「年齢確認ができるものはありますか」

 有している個人カードを渡す。受け取ったものを端末に押し付ける店員さん。

「申し訳ございません。未成年の方は入店を…………」

 未成年は禁止らしく、じろじろ見られたことに合点がいく。

「あれ??認証ができてる…………オーナー!」

 眼鏡を掛けたお兄さんが出てくる。彼は女装していない。

「ブラックたんどうしたの…………なになに。なんと、失礼いたしました。どうぞこちらへ」

 再びざわつく店内。意外と女性客がいて、おっさん多いな?


「1名様でよろしいでしょうか」

 やはり、アーロンを連れてくるべきだった。なんか心が淋しい。しかし、年齢の問題で来られないのだろうか。兄はこないだろうし、初めから詰んでいたのだと割り切る。

「はい」


 なぜかVIP席に案内される。先ほどのブラックちゃんが来る。おしぼりをもらうときに珈琲豆の臭いがした。壁を見た限り、どうやら人気の子らしい。自分のようなイケメンを前にしても公平に応対するあたり……いや男だからそれは平静で当然か。

 ブラックちゃんがメニュー表を持ってくる。指先から珈琲豆の香りがした。

「当店はチャージ代込みのワンドリンクサービスとなっておりましてメニューからお選びください」

「珈琲とカレーください」

 フードメニューには普段食べないパンケーキやらオムライスが載っている。イカ墨のカレーライスを注文する。ブラックという子をモチーフにしたメニューらしい。

「すべての光を包む珈琲と薔薇が舞う漆黒の烏賊カレーでよろしいでしょうか」

 完全詠唱で復唱されるも、逆に内容があっているのかよくわからない。

「うん。ところで、これブラックちゃんが考案したんだね。イカ墨にチョコと珈琲の隠し味なんて相当凝っている。まるで本格料理を出してくれる喫茶店だ」

「うん、そりゃあ……」

 ブラックは余計な事をいってしまったと言わんばかりに口を閉ざす。

「それではお待ちください」

 メモを書き留めたブラックちゃんが大股で奥に行く。見た目は完全に美少女なのに、声は低めというのが奇妙で面白い。カラーコンタクトで瞳孔がわからないが、なぜか表情筋が堅い。しかし、整形しているようでもない。そもそも、どこかでみたような顔立ちをしている。見た目は美少女だが、わりと男らしさもある。細い鼻と眉はやや暗い印象を出している。ううん。思い出せない。


「お待たせしました。こちらすべての光を包む珈琲と薔薇が舞う漆黒の烏賊カレーです」

 珈琲がやけに見覚えのある置き方で出される。いきつけの店が思い出され、カレーの臭いがわからなくなる。

「ノワールだよね。未成年が働いていていいの?」

 元風紀委員がここまで変化するだなんて驚きだ。しかも女装趣味とは、人の裏側はわからない。

「チッうるせえな。この時間はバーじゃないし、アルコール提供していないからいいんだよ。おまえこそ未成年のくせに来てんじゃねえ」

 お互いに規律違反だからこそ、告げ口はできない。そのことに安心したのかノワールのくだけた口調が出る。安くないドリンクとカレー代を払ってこの応対とは、水も塩辛く感じるものだ。

「あのカフェと掛け持ちしているのか、大した労働意欲だね」


「どちらも趣味だ。でも、こちらは知られたくはなかった。あっちで話題に出すなよ」


「化粧でよくわからなったけど、珈琲豆の香りと…………なにより手仕事でわかるものだね」


「割と金になったんだがな。仕方ない。向こう一本で稼ぐとしよう。とりあえず、カレー美味いから食え」

 湯気が立った皿を勧められる。熱々で香ばしい。サルシッチャみたいな大きめのひき肉も美味しい。

「旨い。よく煮込んでいる味がする。少なくとも値段相応には美味しい」

 値段が張る分、選んだ甲斐はあったようだ。

 

「ところで化粧は自力で?……すごいな。向こうでもやったら?」

 強く睨まれる。かわいい。


「もう気分じゃないな。上がることにする」

 勝手に支度を始めたノワール。辛うじて爪の先ほど残っていた奉仕精神も消え失せたのだろう。

「長居しても良くないしわたしも帰ろう。美味しかったあ。また来ようかな」

スプーンについたルーまでいただくホイッスラー。

「今度は昼にしろよ。もうすぐバーとしての利用時間になるからな」


「ホイッスラー様、今回はありがとうございます」

 入口に向かうとオーナー男性が立っていた。


「ブラックちゃんの彼氏さんですか?」

 別のスタッフが顔を出す。かわいい。

「おまえ指の骨割るぞ?」

 どうやら、眠れる虎が目覚めてしまったようだ。

「彼氏いませんよ」

 まさか、女装カフェに来たから、趣味がそうだと思われている?

「じゃあ彼女で立候補しようかな~」

 性別を自由に使い分けている??

「あいにくだが、こいつには別の相手がいるからな。そうでなくても釣り合わねえよ」

 ノワールが容赦なく切り捨てる。

「ガーン、ブラックちゃん辛辣~」

 スタッフは席に戻っていった。

「ぜひ、また来てください。ホイッスラー様」

 オーナーがこんなガキにも丁寧にしてくれていることに感心するホイッスラー。

「すみません。お騒がせしました」

 意外と安かった。カレーも旨く、いい店だがブラックちゃんの教育が課題だ。


「なんで帰りが一緒なんだよ」

 愚痴るブラックちゃん。かわいい。

「そちらこそ衣装戻しておきなよ」

 彼女、ノワールなんだよなあ。

「だまれ。ぼくの在り方は自分で決める」

 細い割に力のある手でこちらの腕をつねる。


 表通りに出るとジョアンナがいた。隣のノワールはジョアンナの硬直した様子をみて、笑いをこらえている。おい、ラッキーだなとか言っている場合か?

「その子知り合い?」

「や、やあ。こんばんはジョアンナ。この人はそこらで偶々あった人で……そういえば、前送ったメッセージだけど検討してくれたかな?休みのアレ」

 恐る恐る伺う。デート中などと思われてはならない。

「ちょっとどうしたの?後ろがつっかえているわよ?」

 なんとミューズ先生が出てきた。ホイッスラーはなんともいえない気まずさでノワールへ目を向けた。バレるとまずいのか顔を背けながら、立ち去るノワール。背後からは金髪の女の子にしかみえない。

「で、あの子は彼女?」

「んんっ、あれはたまたま道を聞かれて教えながら歩いていね」

 誤魔化すところを見透かすように見つめるジョアンナ。

「ふうん。モテ男の言い分は信用ならないなあ」

 実はあいつは同じ学園の男で女装している、などいえば彼の名誉が死んでしまうだろう。ついでにわたしの風評も。

「デートじゃないのは信じてくれないか。そもそもあなた以外興味はないから」

「……」

 空気を察し、一歩引くミューズ先生。彼女も気まずそうじゃないか!


「おーーっ、ミューズ先生じゃないですか!」

 高めのポニーテールをした金髪の女子が駆け寄ってくる。体当たりするほどの勢いで風が生まれた。

「ビアンカさん」

 ミューズ先生が挨拶をする。ビアンカってあの!?面識はないが、人間誑しで女版ホイッスラーと言われている!?全然みえないが。そもそも、わたしが女性なら世の中が壊れているだろうから。

「わお、ホイッスラーくんにジョアンナさんもこんばんは!」

 ハイタッチの勢いが下手な男より強い。痺れた指を振って治す。

「さっき女装したノワールくんが駆けていったんだけど、本当笑っちゃうよねえ」

 言っちゃった。それにしても、よく気が付いたな!

「女装していたの?ノワールって喫茶店にいたのと同じ人?」

 頷くと驚いた顔のままフリーズするジョアン。ミューズ先生はまるで理解していない。

「そういう趣味?」

「いや、びっくりだね!」

「そういえば、ビアンカさんはどうしたの?」

 ジョアンナが尋ねる。

「もう、彼氏が約束に遅刻したものだから、別のと行こうと思ったんだけど、体調悪いらしくて、仕方なくカラオケいこうとしていたら、女装したノワールくんとすれ違うなんて、人生は塞翁が馬だね」

 ほう。複数持ちですか………只者じゃあないな。


「とりあえず、お腹空いたしパスタでも食べよう!」

 ビアンカが提案する。

「悪いけど、わたしは家に残り物があるから」

 さすがに食費は抑えていかないといけない。叔父さんから貰いっぱなしは忍びない。

「じゃあウチも帰ろうかな!」

 パスタ屋のシェフもビアンカほど気まぐれにはなれないだろう。

「送ってあげればいいじゃない。男の子でしょ」

「私たちは備品の買い出しがあるから、またね」

「そうか……残念。また会おう」

「気を付けてね」

「おやすみなさい」

 歩道の向こう側へ進む二人。

 しかし、これは推定恋愛マスターにご教授願うチャンスではないだろうか?


「よし、カラオケはなしだ。直帰で寮まで戻ろう問題児で有名なビアンカさん」

「あ、私学生寮じゃないよ」

 手に負えない人に限って、寮外に住んでいるものだ。しかし、最寄り駅まで見送ればいい。

「こっちはセークエンス駅方面なんだけど、ビアンカさんは?」

「同じ方向だね☆行こう!」

 なぜか手を引かれる。ライチジュースの缶を片手に滝のように話す彼女。満腹で横になりたい男には馬耳東風である。


「え?恋愛なんて流れで良いよ。小難しいことなんていらない、いらない。ジュースといっしょだよ」

「はあ、勉強になります」


 駅から西側の住宅マンション群が見えてきた。

「えっと、わたしはこちらの道だから」

「え!かなり近所かもね!」

 先を往く彼女。やがて居住するマンションに到着した。

「わたしはここで……」

「え?同じマンションなの!?」

 一度も会わないということは相当生活がずれているのだろう。

「普段は相当早出して早帰りしているから」

 エレベーターに乗る二人。

「23!?高くない?」

「ありがたいことに、叔父さんがほとんど出している」

「いいなあウチなんて3階だよ、景色も普通だし、虫は出るし」

「景色はいいけど、ときおり耳が痛むから、いいものでもないよ」

 ビアンカはキラキラした目でこちらを見る。

「彼氏持ちを部屋にあげるのは気が引けるんだけど」

「細かいことは気にせずいこう!」

 彼女は3のボタンを二回タッチした。


 ホイッスラーは自室の片付けが済んでいないことを思い出した。


「わかったとも、だけど片付ける時間だけもらってもいい?」


 まずい。ティッシュペーパーからキノコが生えているころかもしれない。


 テンションの上がった彼女にバシバシ背中を叩かれる。これは嵐の予感がする。

不確定要素歓迎。

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