第60話 北西ノルデン戦線②
中央は、完全に突破されていた。
敵の隊列は、もはや線ではない。
踏み潰された跡が、ただ広がっているだけだった。
その中で、レオンの声が飛ぶ。
「後衛を潰しに行きます」
走りながら、必要な情報だけを続ける。
「補給天蓋と治癒天蓋を落とせば、敵はもう立て直せません」
一瞬の間。
セレナが即断する。
「了解」
「中央は放置。後ろを断つ」
第八部隊は、そのまま流れるように進路を変えた。
中央を食い破った“塊”が、
形を変えずに後衛へ滑り込んでいく。
敵から見れば、悪夢だった。
突破されたはずの中央から、
まだ終わっていない“何か”が、
異常な速さで迫ってくる。
最初に見えたのは、戦略天蓋。
中では、まだ地図が広げられていた。
命令が飛び、声が交錯している。
――遅い。
「弱体、展開」
レオンの魔法が落ちる。
声が、途切れる。
膝が折れ、地図の上に身体が崩れ落ちる。
剣を抜こうとした腕が、途中で止まる。
「制圧しろ!」
セレナの号令で、隊員が踏み込む。
剣は振るわれるが、致命まではいかない。
だが、逃げる余地はない。
床に叩き伏せられ、
抵抗しようとした者の腕が踏み折られる。
戦略天蓋は、数十秒で沈黙した。
「次、補給」
天蓋を出た瞬間、敵兵が慌てて物資を運び出そうとする。
「遅いわね」
セレナが冷たく言う。
増強された脚で、一気に距離を詰める。
剣が振られる前に、
弱体が重なる。
兵士が荷箱にぶつかり、倒れる。
そのまま、踏み越えられる。
荷箱が割れ、
中身が地面に散る。
「使えるものだけ確保」
「それ以外は、踏み潰していい」
判断は容赦がない。
補給天蓋は、
物資と一緒に戦意を失った。
「最後、治癒天蓋」
レオンの声が、さらに低くなる。
「ここを落とせば、もう回復は来ません」
治癒天蓋の前では、敵兵が必死だった。
治癒魔法を回そうとする者。
前線へ走ろうとする者。
だが、間に合わない。
「弱体、最大出力」
魔力が叩き込まれる。
治癒魔法は発動しかけたところで崩れ、
術者が喉を押さえて倒れる。
回復を失った敵兵が、
その場で立てなくなる。
「一気に制圧しろ!」
剣が振り下ろされる。
即死ではない。
だが、もう戦えない。
呻き声が、天蓋の中に残る。
第八部隊は、すぐに引き返す。
役目は終わった。
戦線へ戻る途中、状況はすでに決していた。
中央は、完全制圧。
敵は、撤退している。
だが、秩序はない。
逃げ遅れた者が、
後ろから押され、
倒れ、
踏まれている。
「抵抗してくる敵だけ、止める」
セレナが告げる。
「追撃は不要」
弱体が飛ぶ。
武器が落ち、
脚が崩れ、
地面に伏せる。
それ以上は、手を出さない。
逃げる者を、追わない。
だが、
立ち向かう者だけは、確実に削り落とす。
戦場は、完全に静まりつつあった。
中央突破。
後衛壊滅。
補給と治癒の断絶。
敵は、
戦う理由そのものを失った。
レオンが、淡々と言う。
「……もう、戻れませんね」
「ええ」
セレナは剣を収める。
「敵の判断が遅れた」
「それだけよ」
第八部隊は、その場に立つ。
血の匂いはある。
だが、無駄な惨さはない。
ただ、
勝った側の静けさだけが残っていた。
完全制圧だった。




