第57話 見張り
馬車は、相変わらずよく揺れていた。
車輪が石を踏むたびに、身体が少し浮いて、落ちる。
慣れたはずの感覚なのに、完全には馴染まない。
「……やっと1週間ね」
セレナが、天井を見上げたまま言う。
「体感では、もう1か月くらい経ってます」
向かいで揺られながら、レオンが返す。
「それは言いすぎ」
「でもまあ、長いわよね」
「はい。特に――」
言いかけて、馬車が大きく跳ねる。
「……今みたいな揺れが」
「そう、それ!」
「これが地味に来るのよ」
セレナは腰をずらして、座り直す。
「ねえ、レオン」
「はい」
「お尻に治癒魔法かけて」
「……またですか」
「“また”って言わないで」
「今のは完全に大ダメージだったわ」
レオンは小さく息を吐いて、指先に魔力を集める。
「はいはい」
軽い調子で詠唱する。
「……どうですか」
「あ、楽」
「ほんと、すぐ効くわね」
「軽度の打撲なので」
「それでも助かるのよ」
セレナは満足そうに息を吐く。
「馬車って、ほんとお尻痛くなるわ」
「これ、拷問として使えると思う」
「王都では却下されると思います」
「でしょうね」
一拍置いて、セレナが言う。
「レオンいなかったら、地獄だったわ」
「……大げさでは」
「大げさじゃないわよ」
「他の団員たちなんて、治癒魔法ないんだから」
ちらっと、馬車の外を見る。
「きっと今ごろ、全員、心の中で泣いてるわ」
「……想像できますね」
「でしょ?」
二人で、小さく笑う。
馬車は北西地域に入っていた。
景色が変わる。
風の匂いが、少し冷たい。
「あと3日で、北西ノルデンね」
「はい」
「ほんと、久しぶり」
「……懐かしい、って言うのも変だけど」
「僕らの出身地ですからね」
「そうなのよね」
そのまま、少し沈黙が流れる。
次の中継地点までは、あと2日。
今日は、野宿だった。
日が落ちる前に、天蓋が張られる。
手際はいい。
もう何度もやってきた動きだ。
防具は外さない。
野宿の間は、それが決まりだった。
いつ敵襲があるか分からない。
セレナは、いつも通りレオンの近くに腰を下ろす。
それが当たり前になっていた。
団長と副団長が近くにいる。
団員たちには、そう説明している。
誰も疑問に思わない。
今さらだ。
そして、この夜。
二人が見張りの順だった。
焚き火は小さく、音を立てない。
第八部隊は、すでに寝静まっている。
風の音と、遠くの虫の声だけ。
セレナが、ぽつりと言った。
「ねえ」
「はい」
「今回の戦果もさ」
一拍。
「みんなに譲ったら、喜んでくれるかな」
レオンは、すぐには答えなかった。
焚き火を見る。
火は、安定している。
「……喜ぶと思います」
静かな声。
「戦況も良いですし」
「戦果を譲っても、問題はありません」
「感謝も、されるかな」
「されると思います」
レオンは、確信を持って言う。
「そうよね」
セレナは、自分に言い聞かせるように呟く。
前回。
第五部隊のことが、頭をよぎる。
戦果を譲った。
勲章を得た。
皆、泣いて喜んでいた。
そして、戦地へ向かっていった。
自分の意志で。
――結果は、知っている。
消えない重さが、しばらく残った。
でも。
「今回は、違う」
セレナは、ゆっくり言う。
「戦況がいい」
「部隊も整ってる」
「はい」
「それに……」
一度、息を吐く。
「まだ、時間がある」
「あと3日で北西ノルデン」
「あと7日で、戦線ですね」
「そう」
セレナの声は、落ち着いていた。
不安は、滲んでいない。
自信か。
覚悟か。
どちらでもいい。
レオンは、隣で静かに立っている。
「……眠くなったら言ってください」
「言わないわよ」
「でしょうね」
小さく、笑う。
夜は、深い。
でも、重すぎない。
第八部隊は、静かに眠っている。
見張りの二人は、ただそこに座っていた。




