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第56話 リッヘン村の襲撃

その夜だった。


村の警報鐘が、空気を引き裂くような音で鳴り響いた。


一拍も置かず、第八部隊が動く。

眠りから覚めるのと同時に体が起き上がり、装備が整えられる。

剣、鎧、最低限の荷。

誰一人、声を荒げない。


一分もかからなかった。


宿泊施設の扉が一斉に開き、隊員たちは外へ出る。

夜の冷たい空気の中、すでに村の中央は騒然としていた。


盗賊団は二十名ほど。

温泉で知られる中継地――リッヘン村。

金が集まると踏んでの襲撃だった。


村人で剣を持てる者は八人。

数でも、練度でも、勝ち目はない。


盗賊の頭が前に出ていた。

剣を肩に担ぎ、余裕のある声で言う。


「こっちも傷は負いたくねぇ」

「だから金だけ出せ」

「家を全部調べさせろ。命は取らねぇ」


交渉という名の脅しだった。


その背後。


足音が揃って響く。


盗賊の頭が、わずかに眉をひそめる。


――気配が違う。


宿の影から、隊列を組んだ兵士たちが現れた。

二十名。全員、鎧を整え、剣を抜いている。


王都の精鋭。

第八部隊だった。


一瞬の静寂。


その中央で、セレナが一歩前に出る。


「――襲撃だ」


低く、よく通る声。


「怯むな」

「一気に制圧しろ」


それだけだった。


次の瞬間、部隊が動く。


隊列は崩れない。

正面から、横から、逃げ道を塞ぐように広がる。


盗賊たちは完全に面を食らっていた。

まさか、王都の部隊が宿泊しているとは思っていなかった。


剣を振るう暇もない。


一人が動こうとして、すぐに押さえ込まれる。

別の一人が逃げようとして、足を払われ地面に倒れる。


「動けば殺す」


誰もそう言っていない。

だが、全員がそう感じた。


盗賊の頭が歯噛みする。


「……待て!」


剣を投げ捨て、叫ぶ。


「投降する!」

「全員だ! 武器を捨てろ!」


次々と、剣や短刀が地面に落ちる音がした。


その少し後ろから、レオンが到着する。


「弱体化魔法をかけます」


短く告げて、詠唱に入る。


魔力が広がり、盗賊たちの動きが一斉に鈍る。

膝をつく者、立っていられなくなる者。


完全に、無力化された。


縄が用意され、手早く拘束されていく。

抵抗はない。する意味がなかった。


すべてが終わるまで、時間はほとんどかからなかった。


明朝、警備兵が引き取りに来る手筈も整う。


村には、静けさが戻る。


セレナが振り返り、第八部隊を見る。


「皆、ご苦労だった」


短い言葉。

だが、全員が背筋を伸ばす。


村人たちが、遅れて安堵の息を吐く。

誰一人、怪我はない。


正しく、完璧な制圧だった。


第八部隊は、静かに剣を収める。



 夜は、まだ深かった。


 警報鐘は止まり、村には火の音だけが残っている。

 松明の炎が揺れ、影が長く伸びる。


 第八部隊は、村の広場にまとまっていた。

 剣は収めているが、装備はまだ外していない。

 夜襲の直後だ。完全に気を抜く時間ではなかった。


 そこへ、村人たちが集まってくる。


 寝間着のままの者。

 上着だけ羽織って出てきた者。

 まだ状況を完全に飲み込めていない顔も多い。


 それでも、誰もが同じ方向を見ていた。


「……ありがとうございました」


 最初の声は小さかった。


「本当に、助かりました」

「もう、終わったんですね……」


 次第に言葉が増えていく。


 誰かが、籠を差し出した。

 中には果物が入っている。

 夜目でも分かる、熟した色。


「大したものじゃありませんが……」

「せめて、お礼を」


 第八部隊の隊員たちは、困ったように立ち尽くす。


「い、いえ……」

「任務ですから……」


 そう言いながらも、断りきれない。

 受け取るときの手つきが、どこかぎこちない。


 照れくさそうに視線を逸らす者。

 小さく会釈する者。

 仲間の背中を軽く叩いて誤魔化す者。


 訓練では、こんな場面はない。

 実戦でも、終わった直後に感謝されることは珍しい。


 昨夜の戦いで、

 彼らは「守る側」として立った。


 その実感が、じわじわと染みてきている。


 セレナは、少し離れた場所でその様子を見ていた。

 剣を持たず、腕を組んだまま。


 騒がしくはない。

 だが、空気は温かい。


 その横に、レオンが来る。


 セレナは、視線を前に向けたまま言った。


「レオン」


「はい」


「なぜ、少し遅れた?」


 責める響きはない。

 淡々とした確認だった。


 レオンは一拍置いて答える。


「完全に、何も起きない日常だと思っていました」

「寝起きに、少し時間がかかりました」


 続けて、はっきりと言う。


「戦線では、絶対にこのようなことはありません」

「約束します」


 セレナは、小さくため息をついた。


「……まあいい」


 それ以上は言わない。


 不測の事態だったことも、

 レオンが寝起きに弱いことも、

 短所を責めても変わらないことも、

 全部、分かっている。


 重要なのは、今だ。


 昨夜は、うまく対処できた。

 村は守られ、誰も死んでいない。


 それで十分だった。


 セレナは再び、第八部隊を見る。


 村人に礼を言われ、果物を受け取り、

 どう反応していいか分からずに立っている隊員たち。


 その顔には、

 恐怖でも、慢心でもない、

 静かな自信が宿り始めていた。


 実戦を越えた部隊の顔だ。


 セレナは何も言わない。

 今は、見ているだけでいい。


 夜は、まだ終わらない。


 松明の火が揺れ、

 第八部隊は、確かにここに立っていた。

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