第54話 北西ノルデン戦線への出立
朝、二人ともほとんど同じ時間に目が覚めた。
先に目を開けたのは僕だった。
何かある日は、ちゃんと起きられる。昔からそうだ。
今日は、新設の第八部隊が初めて前線へ向かう日。
馬車でおよそ2週間。長い移動になる。
寝台の隣で、セレナも身体を起こす。
「……おはよう」
「おはようございます」
「早いわね」
「今日はありますから」
「そうだった」
あくびをひとつ噛み殺して、セレナは立ち上がる。
洗面、水、外套。
二人とも無駄な動きはしない。
いつもより静かだが、手はよく動く。
「前線の戦況、悪くないのよね」
セレナが言う。
「ええ。新設部隊の訓練を兼ねた前線です」
「……全員、生きて帰る」
確認するような言い方だった。
「それが、今回は一番大事です」
「うん」
短く頷く。
食事は簡単に済ませる。
味は分かるが、ゆっくり味わう余裕はない。
「緊張してる?」
セレナが聞く。
「少し」
「正直ね」
「セレナは?」
「わたしは……」
一瞬だけ考える。
「楽しんでる、って言うと怒られるかしら」
「理由次第です」
「第八部隊は、間違いなく強いわ」
はっきり言う。
「ちゃんと整えた。無理はさせてない。だから、今回は違う」
「そうですね」
家を出る。
朝の空気は冷たく、目が覚める。
馬車の集合場所までは、二人で歩く。
「静かね」
「まだ早いですから」
「戦場に行く朝って、もっと黙るものだけど」
「今日は、少し話してますね」
「分かる?」
「ええ」
セレナは小さく息を吐く。
「今まで送られてきた戦線、ひどいところばっかりだったもの」
「……」
「圧倒的に不利で、どう考えても消耗戦」
「今回は、違います」
「そう。今回は……」
言葉を選ぶ。
「演習みたいな気分」
「油断はできませんが」
「分かってる」
歩調を合わせる。
「でもね、レオン」
「はい」
「こういう前線も、ちゃんと経験させなきゃ」
「第八部隊に、ですか」
「そう。勝てる戦いを知るのも、大事」
「……同感です」
集合場所が見えてくる。
馬車が並び、人の気配が増えてきた。
「行きましょう」
セレナが言う。
「はい」
二人で歩き出す。
朝の空気は、まだ冷たい。
けれど、足取りは重くなかった。
集合地点へ着いた。
団員はすでに全員集まっていて。二人の姿を見ると整列を始める。
団長としてセレナが前に立つと、自然と空気が変わる。
その横に、レオンが並ぶ。
副団長として。
もう、それが当たり前になっていた。
第八部隊の隊員たちは、誰も喋らない。
視線だけが、まっすぐこちらを向いている。
セレナは一歩前に出た。
「これから、北西ノルデン戦線へ向かう」
声は落ち着いていた。
意識して、余計な感情は入れない。
「戦況は悪くない。無理な配置でもない」
一人ひとりを見る。
「でも、油断はしない。これは演習じゃない。実戦だ。」
短く息を吸う。
「半月、訓練してきた。できないことはさせてない。できることだけを伸ばしてきた」
誰かが、わずかに姿勢を正すのが分かった。
「今回の目標は一つ」
はっきり言う。
「全員、生きて帰る」
それ以上はいらなかった。
隣で、レオンが一歩前に出る。
「各自、自分の役割を忘れないでください」
いつも通りの、落ち着いた声。
「前に出る者は前に。後ろを守る者は後ろに」
言葉は少ない。
「判断に迷ったら、無理をしないでください。生きて戻るための行動を、最優先に」
それだけで、十分だった。
号令がかかると、第八部隊の空気が一段引き締まる。
緊張している。
でも、怯えてはいない。
それぞれが、自分の馬車へと向かっていく。
セレナとレオンは、いつも通り一番前の馬車へ乗り込む。
狭いけれど、落ち着く場所だ。
「2週間ね」
思ったまま言う。
「長いですね」
レオンは、いつも通りだった。
「中継地点は、村や街が8カ所」
「馬車で眠る夜もあります」
「見張りも必要ね」
「交代でやりましょう」
「当然」
扉が閉まる。
外の音が、少し遠くなる。
馬車が動き出した。
揺れはゆっくりで、確かだ。
窓の外を見ながら、セレナは言う。
「とうとうね」
「ええ」
レオンが答える。
「……北西ノルデン」
口にすると、少しだけ胸がざわつく。
「僕らの故郷ですね」
「そう」
兵士になってから、一度も戻っていなかった。
「不思議な気分だわ」
「何がですか」
「戻るのに、こんなに時間がかかるなんて」
「馬車ですから」
「それもそうね」
馬車は街道へ出る。
揺れが一定になり、進んでいるのが分かる。
前線へ向かっている。
それでも今回は、足取りが重すぎない。
全員で、生きて帰る。
そのために、セレナは前に立ち、レオンは後ろで支える。
※あとがき
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