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第53話 出立前夜

 そんな訓練と日常の繰り返しは、気づけばあっという間に過ぎていった。


 二人の家の居間は、少しだけ散らかっている。

 椅子の背に外套が掛けられ、床には装備袋が並んでいた。

 窓は閉めてあるが、昼の名残の明るさがまだ残っている。


 セレナは床に膝をつき、装備をひとつずつ確認していた。

 留め具を触り、紐を引き、軽く引っ張って確かめる。

 手つきは慣れていて、迷いがない。


「もう、明日出立ね」


 装備から目を離さず、セレナが言う。


「そうですね」


 僕はテーブルの横に腰を下ろし、答えた。


「あっという間でした」


「ほんと。半月なんて、短すぎるくらい」


「それでも、第八部隊のみなさん、よくついてきてました」


 セレナは顔を上げる。


「それはそうよ」


「そう、ですか」


「ええ。無理なことはさせてないもの」


 装備を並べ直しながら続ける。


「半月で全部できるようにするなんて無理でしょ。だから、できないことは諦めてもらって、できることだけ伸ばしたの」


「配置も、最初から考えてましたね」


「向いてない場所に置くのが一番よくない」


 言い切りだった。


「理不尽な指導が一番嫌いなの。気合とか根性でどうにかなるなら、最初から誰も困らないわ」


「後衛の衛生兵も……」


「あれなら、回る」


「安心しました」


「みんな緊張はしてたけどね」


「してましたね」


 僕は頷く。


「この部隊で、初めて送られる前線ですから」


「そりゃするわよ。わたしだって最初はした」


「意外です」


「失礼ね」


 セレナは小さく笑う。


「確認、終わった?」


「終わりました」


 立ち上がる。


「終わってから、セレナの準備を見てました」


「珍しい」


 装備をまとめながら、こちらを見る。


「わたしの準備、ちゃんと見たことなかったでしょ」


「ええ。初めてです」


「どうだった?」


「早いです」


「それだけ?」


「無駄がない」


「それは慣れよ」


「慣れ、ですか」


「考えなくていいところは、もう考えないだけ」


「なるほど」


「褒めてる?」


「事実を言ってます」


「それでいいわ」


 装備袋を閉じ、壁際に寄せる。

 居間が少し広くなった。


「でもさ」


 セレナが伸びをする。


「馬車で2週間よ。北西ノルデンまで」


「長いですね」


「長いわよ。絶対、お尻痛くなる」


「途中で休憩はあります」


「それでも痛くなる」


「……そうかもしれません」


「でしょ」


 少し間が空く。


「ノルデン、久しぶり」


「僕らの出身地ですからね」


 自然と笑ってしまう。


「兵士になってから、一度も行ってなかった」


「忙しかったですから」


「うん」


 セレナは少し考えてから言う。


「孤児院に、挨拶に行けたらよかったんだけど」


「場所的に、厳しいですね」


「わかってる」


 すぐに返ってくる。


「できたら、の話よ」


「……そうですね」


「そのくらい、わたしだって分かるわよ」


「失礼しました」


「よろしい」


 セレナは立ち上がり、肩を回す。


「ねよっか」


 唐突だった。


「明日、ちゃんと起きなきゃ」


「そうですね」


「レオン、起きるの苦手だし」


「否定できません」


「でしょ」


 小さく笑う。


「レオンの部屋で寝たい」


「分かりました」


「即答ね」


「断る理由がありません」


「そう?」


「ええ」


 灯りを落とし、寝室に入る。

 外の音はほとんどしない。


 並んで横になると、天井が静かだった。


「……静か」


 セレナが言う。


「落ち着きますね」


「うん。こういう時間、嫌いじゃない」


「僕もです」


「明日さ」


「はい」


「ちゃんと起こして」


「もちろん」


「寝坊したら許さない」


「努力します」


「信用しない」


 そう言って、寝返りを打つ音がする。

 しばらくして、呼吸が整った。


 僕も目を閉じる。

 二人とも眠りに落ちていった。

※あとがき

ここまで読んでくださってありがとうございます。

もし何か残るものがあれば、★★★★★で執筆の励みになります。

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