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第52話 訓練の日常

 午前中から、訓練場は忙しかった。


 前線の兵士たちは、セレナの号令に合わせて動いている。

 剣を振る音、足並みのそろう音、短い返事。

 無駄が減ってきているのが、遠目にも分かった。


「そこ、遅れるな」

「前、詰めすぎ」


 セレナの声はよく通る。

 叱責というほど強くはないが、曖昧さがない。

 兵士たちは反射的に動きを修正していった。


 昼前には、一区切りついた。

 前線の訓練はここまでだ、と告げられ、

 兵士たちはそれぞれ武器を収め、帰路につく。


 訓練場の一角では、まだ別の輪が残っていた。


 衛生兵の訓練だった。


 前線で負傷者を運ぶ役と、

 後方の治癒天蓋を支える役。

 その動きと判断を、レオンが見ている。


「今の判断だと、三秒遅れます」

「担架は、その角度のまま来ないでください」

「ここで止まると、後ろが詰まります」


 声は落ち着いている。

 一人ひとりの動きを、確かめるように見ていた。


 今回の衛生兵の中には、

 治癒魔法を使える者が二人いた。


 普通なら一人いれば十分だ。

 それだけでも、前線では貴重だった。


 そこに、レオンがいる。

 三人。


 連携が噛み合えば、できることは一気に増える。


 訓練は続いた。

 前線の兵士たちがいなくなり、

 訓練場の音が少しずつ静かになっても。


 最後に、レオンは治癒魔法を使える二人を呼び止めた。


「少し、基礎をやります」


 いつものことのように言う。


 魔力の立ち上げ。

 維持。

 同時処理。


 レオンが無意識にやっている動きだった。


 展開が速い。

 無駄がない。

 魔法が、きれいだった。


 二人は、目を離せずに見ている。


「これを、空いた時間に」

「毎日でなくて構いません」

「ただ、続けてください」


 真剣な顔で、頷きが返る。


 その様子を、少し離れたところから、

 セレナは体育座りのまま見ていた。


 剣は置いている。

 腕を膝に乗せ、顎を少し引いて。


 時間が過ぎるのを、待っている。


 やがて、訓練が終わった。


 レオンは一息ついてから、

 小走りでセレナのところへ来る。


「終わりました」

「遅くなって、すみません」


 セレナは立ち上がる。


「ううん」

「立派だったわ」


 短く、そう言った。


 レオンは、少しだけ肩の力を抜く。


「……ありがとうございます」


 訓練場を見回す。

 もう、人影はまばらだった。


「今日は」

 セレナが言う。

「外で食べて帰ろうか」


 レオンは、少し考えてから頷いた。


「ええ」

「そうしましょう」


 二人は並んで、訓練場を後にした。


 今日の訓練は、もう終わっている。




 よく来る店だった。


 一度家に戻り、着替えてから来ている。

 昼と夜の境目の時間で、客はまだ少ない。


 窓際の席。

 いつもの場所。


 水を置かれて、セレナは椅子に深く腰掛けた。


「さすがよね」


 何気ない調子で言う。


「精鋭部隊を立ち上げたいって言ってただけあって、みんな優秀」


 レオンはメニューを閉じる。


「治癒魔法を使える衛生兵が二人いるのは、心強いです」


「でしょ」


 セレナは頷く。


「どのくらいの熟練度なの?」


「……普通ですね」


「普通?」


「はい。ただ」


 少し考えてから続ける。


「普通でも、いるのといないのとでは全然違います」


「まあ、そうよね」


 料理が運ばれてくる。

 皿が置かれる音が、会話の間に入る。


「前線の兵士たちもさ」


 セレナはフォークを持ちながら言う。


「増強魔法にだいぶ慣れてきたわよね」


「ええ」


「最初から、かなり強めに回しても」

「もう、問題なさそう」


 レオンは少し首を傾ける。


「無理をしなければ、ですが」


「そうそう」


 セレナは笑う。


「いきなり体が軽くなる感覚って」

「空まで飛べそうになるでしょ」


「……なりますね」


「でも、あれ」

「無理しすぎるとき、あるのよ」


 フォークを置いて、少しだけ真面目な顔になる。


「体の負荷、ちゃんと考えて動かないと」

「怪我する」


「その通りです」


 レオンは素直に頷いた。


「だからこそ」

「判断が必要になります」


 セレナは、ふっと息を吐く。


「増強魔法をちゃんと扱えるのって」

「レオンくらいしか知らないんだけど」


「第一部隊の衛生兵も使えますよ」


「え、そうなの?」


「はい」

「ただ、普段は治癒天蓋にいるので」


「ああ……」


「前線で使う機会は、あまりありません」


「もったいないわね」


「そうですね」


 少し間が空く。


 セレナはレオンを見て、目を細めた。


「ほんと」


 軽い調子で。


「さすが、最年少の英雄最高医様ねぇ」


 感心したように、でもからかうように言う。


 レオンは、わずかに困った顔をした。


「……その呼び方は、やめてください」


「やーだ」


 即答だった。


「事実でしょ?」


「事実でも、落ち着きません」


 セレナは楽しそうに笑う。


「はいはい」

「じゃあ、いつものレオン先生」


「それも、少し違います」


 二人分の皿から、湯気が立ち上る。


 外は、もう夕方だった。


 特別なことはない。

 でも、今日は悪くない日だった。

※あとがき

ここまで読んでくださってありがとうございます。

もし何か残るものがあれば、★★★★★で執筆の励みになります。

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