第33話 オムライス
昼の王都は、やわらかな音で満ちていた。
石畳を踏む足音。
店先から聞こえる呼び声。
通りを行き交う人々の、何気ない会話。
セレナとレオンは、特に急ぐこともなく並んで歩いていた。
「で、何食べたい?」
セレナが聞く。
「んー……」
レオンは少し考える。
「お腹は空いてますけど、
特別これ、っていうのはないですね」
「じゃあさ」
セレナが、楽しそうに言う。
「メニュー見て決めたい!」
それで決まりだった。
向かったのは、王都の中でも少し落ち着いた通りにあるレストラン。
家族連れが多く、昼時はいつも賑わっている場所だ。
店内に入った瞬間、セレナの表情が変わる。
「……レオン」
小声。
「ちょっと、偵察してくる」
そう言って、店内をぐるっと歩き始めた。
しばらくして戻ってくる。
「異常なし」
短く、一言。
(いや、異常なんていつもありませんよ)
レオンは心の中でつっこむ。
セレナが確認していたのは、第五部隊の団員の姿だった。
もし見つかれば、団長としてそれなりにきちんとした態度で食事をしなければならない。
異常なし、ということは。
(今日は、だらだら食べていい日)
窓際の席に案内される。
外には、平和そのものの王都の風景。
人々が笑い、子どもが走り回っている。
セレナはメニューをじっと眺め、しばらく悩んだ末に言った。
「オムライスと……パフェ!」
即決だった。
「よく食べますね」
「今日はね」
レオンは、スープとステーキのセットを頼む。
セレナは見た目に反して、意外とよく食べる。
華奢な体のどこに入っていくのか、不思議になることもある。
オムライスが運ばれてくると、
セレナは目を輝かせて、すぐに食べ始めた。
「……おいしい」
心底、幸せそうだった。
少し遅れて、レオンのステーキが運ばれてくる。
その瞬間から、視線を感じる。
じーっと。
完全に、訴えかけている目。
「……食べてもいいですよ」
レオンが笑いながら言う。
「いいの!?」
遠慮は一切ない。
一切れ取って、口に運ぶ。
「おいしいー!」
満足そうに、笑う。
そこで、ふと思い出したようにセレナが言った。
「そういえばさ」
「式典って、叙勲される側じゃないから
白い服は禁止よね?」
「そうですね」
レオンは頷く。
「白は、基本的に授与される側ですから」
「あー……」
少し考えてから、
「赤いドレス、一枚持ってたの思い出したんだけど」
「赤は全然大丈夫ですよ」
レオンはさらっと言う。
「僕は普通に、
コート付きのダブレットと、
替えのサーコートも何着かありますし」
「へー」
そこで、セレナが急に声を上げた。
「あっ!」
「どうしました?」
「引っ越すときに、そのドレス捨てたかも」
悪びれない。
「もう着る場面ないと思って」
一瞬、沈黙。
そうして、明日の予定が自然に決まった。
――セレナのドレス選び。
それはもう、疑いようのない流れだった。
ただし。
二人の中で、その「前提」は、微妙にずれていた。
レオンは、最初からそう思っていた。
(ドレス、当然プレゼントするものですよね)
式典用の装い。
選ぶ役目を任された時点で、そういう話だと思っていた。
一方でセレナは、まったく違うことを考えていた。
(自分で買うに決まってるじゃない)
そのうえで、
「レオンに選んでもらう」というイベントを楽しむつもりだった。
「好きなもの、買ってくださいね」
レオンが、いつもの調子で言う。
「……?」
セレナは、少し不思議そうな顔をした。
「そりゃ、選んでくれたもの買うわよ?」
あっさり。
レオンが、一瞬だけ言葉に詰まる。
「あ、いえ……」
慎重に続ける。
「値段とかは、気にしないでくださいね」
「少しは気にするわよ」
即答だった。
「ドレスって、高いの知ってる?」
「ええ、まあ」
そこで、レオンは自然な流れで言った。
「ですから、
僕からのプレゼントは、
最高のものを選びたいと思っていて」
一瞬。
セレナが、完全に止まった。
「……え?」
数拍置いてから、聞き返す。
「レオンが、買ってくれるの?」
「……?」
今度は、レオンの方が首を傾げる。
「違うんですか?」
本気で困惑した顔だった。
「てっきり、
プレゼントしてほしい、という意味だと思っていました」
「選んでほしい、って言われたので」
「いやいや」
セレナは、思わず手を振る。
「それは申し訳ないわよ」
「そのくらいのお金、普通にあるわよ?」
レオンは、少しだけ困ったように笑った。
「お金の問題じゃないんです」
穏やかに、でもはっきりと言う。
「プレゼントする、ということに意味があるんですよ」
セレナは、しばらく黙ったまま、
レオンの顔を見ていた。
「……そういう考え方、するのね」
ぽつりと。
「しますよ」
レオンは、当然のように言う。
「大事な場ですから」
それ以上は、押さなかった。
二人は結局、結論を出さないまま店を出た。
どちらが折れるかも決めない。
ただ、
(明日、ドレスを見に行く)
それだけは、はっきり決まっていた。
王都の通りを歩きながら、
セレナはふと空を見上げる。
(……なんか、変な話になったわね)
でも、悪い気はしなかった。
家に戻る道すがら、
昼の光は相変わらず穏やかで、
時間はのんびりと流れていた。
今日も、
何も決め切らないまま終わる。
それが、今の二人にはちょうどよかった。
※あとがき
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