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第32話 やさしい時間

 帰宅すると、二人はそれぞれ自分の部屋へ向かった。


 装備を外す。

 留め具を外し、革を外し、金属を床に置く。


 そのたびに、体が一段ずつ軽くなっていく。


(……明日か、明後日だな)


 鍛冶屋に出して、点検に回す。

 そう考えたところで、廊下の向こうから声がした。


「先にお風呂、入りますから」


「どうぞ」


 とりあえず、まずはそれだ。


 レオンが上がったあとに、セレナも風呂へ入る。


 湯に身を沈めると、

 張りついていた疲れが、じわりと溶けていく。


 肩が落ちる。

 背中が緩む。


「……はぁ」


 思わず、息が漏れた。


 風呂から上がると、

 セレナはいつもの大きなソファにごろんと横になる。


 片足をソファの外に投げ出して、

 ぶらぶらと揺らす。


 完全に、いつもの姿だった。


 少し遅れて、レオンが部屋に戻ってくる。


 空いている場所に、いつもどおり腰を下ろす。


 そのまま、天井を見上げる二人。


 セレナは、だらりと腕を伸ばし、

 空中をつかむような動きをした。


 何度か、ゆっくり。


「……何してるんですか」


 レオンが、少し笑いながら聞く。


「んー?」


 間の抜けた声。


「レオンが魔法使うときのまねー」


 だらだらした口調だった。


「こんな感じでしょ?」


 指先を、ふわっと動かす。


「そんなですか、僕」


 レオンがくすっと笑う。


 少し考えてから、セレナが言った。


「魔法って、難しいの?」


「んー……どうでしょう」


 レオンは天井を見たまま答える。


「使える人が、非常に少ないので」

「難しいのかもしれません」


「へー」


 セレナは、目を閉じたまま言う。


「すごいのね、レオンって、やっぱり」


 眠そうな声だった。


 レオンは何も言わず、

 ただ、そのまま静かに座っている。


 外はすっかり静まり返っている。


 戦場の音は、もうどこにもない。


 ここにあるのは、

 戻ってきた日常と、

 ゆっくりとほどけていく時間だけだった。




「ねえ、明日ってレオン、何か用事あるの?」


 ソファに横になったまま、セレナが聞く。


「いえ、特にありませんけど」


「そっかー」


 少し間を置いてから、また声が飛ぶ。


「じゃあさ、どこか行きたいところとかある?」


「……んー」


 レオンは少し考える。


「全然寝てないので、まずはゆっくり寝てから」

「朝ごはん、王都のお店でゆっくり食べたりします?」


「わかったー」


 即答だった。

 考えているというより、最初から答えは決まっていたような返事。


 次の瞬間、セレナがぐるん、と体を回転させる。


 そのまま、レオンの膝に頭を預けた。


「これが、ひざまくらだよ。レオンくん」


 少し得意げに言う。


「……そうですね。知ってますよ」


 レオンは苦笑する。


「あー……ひざまくらって、なんか安心するわー」


 目を閉じて、力を抜く。


「眠くなってきた」


「そろそろ、寝ます?」


「もう少し、このままー」


 そう言いながら、セレナはレオンの顔を見上げている。


 レオンが首を傾げる。


「どうしました?」


「夢、話したじゃん」


 セレナが、唐突に言い出す。


「田舎に行ってさ!」

「診療所、やろうよ!」


 勢いがつく。


「私、看護師兼雑用係兼用心棒する!」

「忙しくなったら、畑もやる!」


 楽しそうに続ける。


「そういう、ゆっくりした日常になればいいなーって」

「王都から離れてさ!」


 レオンは、その顔を見下ろしながら笑った。


「セレナの提案は、いつも魅力的ですね」


「でしょ?」


「……分かりました」


 自然に、そう言う。


「そうしましょう」


 セレナは、満足そうに目を閉じた。


「うん……それでいい」


 部屋は静かだった。


 戦場も、期待も、名誉も、ここにはない。


 あるのは、

 ゆっくりと過ぎていく夜と、

 明日の朝の約束だけ。


 二人はそのまま、

 眠りに落ちていった。


 目を開けると、視界が少し低かった。


 柔らかい感触が、後頭部にある。


「……あ」


 そこで気づく。


 セレナは、レオンの膝を枕にして寝ていた。


 レオンはというと、ソファにもたれかかるような姿勢のまま、深く眠っている。

 首が少し傾いていて、完全に力が抜けていた。


(ああ……)


 そういえば、昨日。


(私が膝枕してもらってたんだっけ)


 思い出して、少しだけ口元が緩む。


(そのまま、二人とも寝落ちたのね)


 視線を動かして、窓を見る。

 差し込む光はもう高く、時刻は昼近くだと分かった。


(全然、寝てなかったもんなー)


 戦場続きで、移動続きで、

 それでも昨日は気が抜けてしまった。


 セレナは、そっと身じろぎする。


 レオンは起きない。


 その寝顔を一瞬だけ見てから、決める。


(……もうちょっと、寝かせてあげよ)


 慎重に頭を持ち上げ、

 音を立てないようにソファから降りる。


 レオンの膝にかかっていた重さが抜けても、

 彼は微動だにしなかった。


 セレナはそのまま、静かに立ち上がる。


 足音を殺して、洗面所へ向かう。


 家の中は、しんと静まり返っている。


 戦場はもう遠い。


 ここには、

 何も急ぐもののない時間だけが流れていた。





 一通り起きて、顔を洗って歯を磨えると、頭の中がようやく目を覚ました。


 鏡の前で軽く髪を整えながら、セレナは考える。


(……起きるまで、待つか)


 リビングに戻り、いつものソファへ。


 ひざ掛けをくるっと丸めて枕代わりにし、

 ごろん、と横になる。


 片足をソファの外に投げ出して、ぶらぶら。


 いつもの格好だ。


 しばらく、天井を眺める。


 静かだ。


 そして――


「……」


 おなかが鳴った。


(おなかすいた)


 自然に起きるのを待つ、と決めたはずなのに、

 足先が勝手に動く。


 ちょん。


 ちょんちょん。


 レオンの脇を、つついてみる。


 反応なし。


(全然起きない)


 戦場でも、まともに寝ていなかった。

 魔力も、かなり使っていたはずだ。


(まあ……そりゃ寝るか)


 そう思いながらも、口が勝手に動く。


「……寝すぎー」


 小さく、不満を漏らす。


 王都でゆっくり食事、って言ってたのに。

 楽しみにしてたのに。


 もう一度、今度は腕をちょんちょん。


「……んー」


 それでも、起きない。


(朝が弱いの、完全に戻ってきてる)


 それが妙に嬉しい。


(ああ……戻ってきたんだな)


 平和な日常に。


 でも――


 おなかは減る。


「……作戦変更!」


 小さく宣言する。


 レオンの膝に、もう一度頭を預ける。


 自然に、膝枕の状態。


 そのまま、ほほをつつく。


「起きないなー……」


 もう一回。


 つついた、そのときだった。


「……あ」


 レオンの目が、ゆっくり開く。


 まだ焦点が合っていない。


「……この状態で、寝てたんですね」


 数秒かけて、状況を理解したようだった。


「昼すぎですよー」


 セレナが言う。


「おなか、すきましたー」


「え……」


 レオンが天井を見る。


「あ……寝すぎました」


 少し申し訳なさそうに続ける。


「起こしてくれれば、よかったのに」


「いや」


 セレナは笑う。


「昨日まで戦場にいた人を、すぐ起こすのはどうかなって思って」


 一拍。


「……まあ、結局起こしたけど」


「ありがとうございます」


 レオンはそう言って、ゆっくり起き上がる。


「顔、洗ってきますね」


 そのまま洗面所へ。


 セレナは自分の部屋へ向かい、着替えを始めた。


 選ぶのは、いつもどおり。

 動きやすくて、楽な服。


(かわいい服とか、私には似合わないし)


 それでいい。


 リビングに戻ると、


 着替え終えたセレナを見て、レオンが一瞬だけ立ち止まった。


「……外食、するんでしたよね?」


「うんー」


 短く返す。


「じゃあ、着替えてきます」


 そう言って、レオンも部屋へ。


 戻ってきたときには、

 少しだけきちんとした、いつもの普段着だった。


「外でも、もっと楽な格好すればいいのに」


 セレナが言うと、


「書類整理に追われてた時代の、名残です」


 レオンは苦笑した。


「とりあえず、外に出てから決めましょうか」


「そうしよ」


 扉を開ける。





 外には、平和な王都の日常が広がっていた。


 笑い声。

 並んで歩く夫婦。

 走り回る子どもたち。


 その光景を見て、

 ようやく実感が湧く。


(……帰ってきた)


 戦場は、もう遠い。


 今日は、ただの一日だ。


 おなかがすいて、

 何を食べるか迷うだけの、

 そんな一日が、また始まった。


※あとがき

ここまで読んでくださってありがとうございます。

もし何か残るものがあれば、★★★★★で執筆の励みになります。

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