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第29話 参謀幕僚用のテントの様子

 戦況図が広げられたまま、参謀幕僚用のテントには低い緊張が流れていた。


 地図の中央に引かれた太線――ヴァルド西戦線中央。

 その周囲に、赤い印がいくつも重なっている。


「第五部隊、か……」


 年嵩の参謀が、地図から目を離さずに言った。


「英雄セレナと、英雄最高医レオン。叙勲も受けた最強の組み合わせだという噂はあるが」


 言葉を選ぶように、一拍置く。


「この戦線を、どう変えてくれるだろうな」


 別の参謀が応じる。


「正直に言えば……期待はしています。

 中央が少しでも安定すれば、周囲の部隊が息をつける。

 最悪でも、近隣の街の安全が確保できるはずです」


 だが、その先が続かなかった。


 地図に視線を落としたまま、言葉が詰まる。


「……ですが、今の戦況だと」


 誰も続きを促さない。

 分かりきっていた。


 持ちこたえるだけでも、厳しい。


 そのときだった。


 テントの入口が開き、通信兵が駆け込んでくる。


「報告です!」


 声が上ずっている。


「第五部隊、中央戦線と衝突――」


 参謀の一人が手で制する。


「待て。落ち着いて言え」


「は、はい……

 第五部隊が衝突した中央戦線――」


 通信兵は一度息を吸い、


「完全制圧しました」


 沈黙が落ちた。


 誰も、すぐに反応しない。


「……今、なんと言った」


 参謀の一人が、低く問い返す。


 通信兵は迷ったように、言い直す。


「中央戦線が、完全制圧……」


 その瞬間、別の参謀が口を挟んだ。


「待て。

 それは、我々が“された”のか?」


 全員が同じ疑問に辿り着いていた。


 誤報。

 あるいは、最悪の報告。


「通信をつなげ。魔法通信機で確認だ」


 通信兵が急いで魔法通信機に向かう。


「確認する。

 完全制圧されたのは――

 我々か、敵か。

 どちらだ。はっきり言え」


 一瞬の間。


 魔法通信機の向こうから、雑音混じりの声が返る。


『……繰り返します。

 第五部隊が敵を制圧。

 中央戦線を、我々が完全に制圧しました』


 誰かが、息を呑んだ音がした。


「……中央、を?」


「この速度で……?」


 地図を見る。

 時間を確認する。


 あり得ない。


 その理解に追いつく前に、再び通信兵が声を上げる。


「追加入電!」


「今度は何だ」


「第五部隊、南側へ移動。

 南戦線――」


 一拍。


「戦線を、次々と完全制圧しています」


 意味が分からなかった。


 南側は、この夜で最も損耗が激しい戦線だ。

 崩壊寸前だった場所だ。


 参謀の一人が、独り言のように呟く。


「……どういうことだ」


 誰も答えない。


 答えられない。


 報告が続く。


「南側敵部隊、統制崩壊。

 後退を開始――いえ、撤退です。完全撤退に近い動きです」


 地図の赤印が、急速に消えていく。


 その様子を、誰もが無言で見ていた。


 さらに、最後の通信が入る。


「北側より入電。

 敵主力、北方へ撤退開始。

 組織的撤退です」


 テントの中は、完全な沈黙に包まれた。


 最重要戦線である中央が、制圧された。

 南が持ち直したどころか、敵が消えた。

 そして北が、退いた。


 一夜で。


 この速度で。


「……理解が、追いつかん」


 誰かが、ぽつりと言った。


 それが全員の総意だった。


 参謀は、ゆっくりと地図から視線を上げる。


「第五部隊に……連絡を」


 通信兵が頷く。


 その魔法通信は、ほどなく第五部隊にも届く。


 北側敵戦線、撤退確認。


 完全撤退。


 だが、その頃。


 第五部隊は、もう動いていなかった。


 セレナの号令で、戦線は止まり、

 制圧された地に、静かに留まっていた。


 後方では、誰もが言葉を失い。

 前線では、英雄たちが淡々と立っている。


 世界のほうが、異常さに遅れて気づき始めていた。


 それだけの夜だった。

※あとがき

ここまで読んでくださってありがとうございます。

もし何か残るものがあれば、★★★★★で執筆の励みになります。

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