第25話 第五部隊と団長
朝は、いつも通りやってきた。
目を開けると、見慣れた天井があった。
レオンの部屋だ、と理解するのに少し時間がかかる。
身体を起こしかけて、気づく。
もう、レオンは起きていた。
それも、珍しいくらい早く。
寝台の横に置かれた椅子には、すでに整えられた上着がかかっている。
洗面所のほうから、水の音が聞こえた。
身支度をしている。
それは、いつもの朝とは違う風景だった。
普段なら、起こされる側で、
朝は弱い、なんてぼやきながら、ゆっくり動き出す人間だ。
セレナは、その背中をしばらく見てから、静かに息を吐いた。
昨日の夜の暗さは、ない。
泣いた形跡も、迷った様子もない。
ただ、決まった人間の朝だった。
二人で家を出た。
提出するのは、参加意思を表明する文書。
管理局に届けるだけの、簡単な手続きだ。
歩きながら、王都の街並みを眺める。
店は開き、子どもが走り、誰かが笑っている。
昨日と変わらない。
何も知らないまま、日常が続いている。
会話は少なかった。
言葉を選んでいるわけでも、避けているわけでもない。
ただ、自然と口調が固くなっていることに、二人とも気づいていた。
途中で、第五部隊の団員とすれ違った。
一瞬、足を止める。
その表情を見て、もう分かった。
覚悟は、共有されている。
「……次も、頑張ります」
それだけだった。
余計な言葉はなかった。
「よろしく頼む」
セレナが、短く返す。
団員は軽く頭を下げ、また歩き出した。
それで十分だった。
文書を提出し、家に戻る。
そこから先、セレナは団長だった。
声の調子も、動きも、切り替えはしない。
そのままの姿で、装備の点検を始める。
剣、防具、魔法通信具。
的確で、迷いがない。
レオンも、隣で準備を進めていた。
ひと通り確認したあと、セレナが口を開く。
「……レオン」
「はい」
「今回は、後衛の治癒部隊の天蓋に配置する」
言葉は、淡々としていた。
正直に言えば、私情がなかったとは言えない。
でも、その感情が何なのか、自分でも分からなかった。
口にしたあと、少しだけ間が空く。
レオンは、即座に首を振った。
「できるわけないじゃないですか」
いつもの、落ち着いた声だった。
「最前線の後衛で支えるのが、僕の役目です」
それ以上、言葉を足さなかった。
セレナは、何も言えなくなる。
分かっている。
それが、最適だ。
レオンの増強魔法がなければ、
戦える局面かどうかすら、危うい戦線だ。
危うい戦線に送り出される理由も、分かっている。
期待されている。
結果を出してきたからこそ、回ってくる。
適切な配置だ。
正しい判断だ。
――なら。
戦果を、もう一段階上げなければ。
そんな考えが、ふと浮かぶ。
セレナは、すぐに自分を叱る。
何を考えている。
それは、団長の思考じゃない。
律しなければならない。
分かっているのに、
その「律する」という行為そのものが、ひどく辛かった。
部屋には、準備の音だけが残っていた。
昨日の夜とは違う。
迷いはない。
装備の点検が一段落したところで、レオンが言った。
「あの、セレナ」
呼ばれた声は、いつもと変わらない。
だからこそ、次の言葉が静かに落ちた。
「管理局に……お互い同士、遺言を託していきませんか」
一拍。
「別に、死ぬとは思っていません」
「死ぬ気も、ありません」
少しだけ間を置いて、
「……もしものときのためです」
セレナは、すぐには答えなかった。
驚いたわけではない。
拒否したいわけでもない。
ただ、その言葉が、あまりにも自然に出てきたことが、少しだけ胸に引っかかった。
「そうだな」
短く、息を吐く。
「そうしようか」
それだけだった。
二人は、それぞれ自室に戻った。
机に向かい、紙を広げる。
ペンを取る。
書く内容は、誰にも見せない。
互いにも、見せない。
何を書いたのかは、書いた本人しか知らない。
それでよかった。
出発の時間が近づく。
馬車が並び、第五部隊の面々が集まる。
ひとりずつ、顔を確認する。
全員、いた。
誰も欠けていない。
誰も逃げていない。
覚悟を決めて、ここに立っている。
セレナが一歩前に出る。
「前回同様……いや、たぶんそれ以上に、辛い戦場になる」
声はよく通っていた。
「これは、確認だ」
一人ひとりを見渡す。
「生きて帰れる保証はない」
「間違いなく、辛いの戦場に飛び込むことになる」
少し間を置く。
「今なら、帰っていい」
「帰ったとしても、誰も責めない」
言い切る。
「決めてくれ」
静かな時間が流れた。
十秒ほど。
誰ひとり、背を向けなかった。
視線を逸らす者もいない。
それで、十分だった。
「――では」
セレナは、声を整える。
「ヴァルド西戦線へ向かう」
「戦況は、大きく崩れている」
「立て直し、できれば逆転まで持っていくことを、我々は期待されている」
その期待が、何を意味するか。
誰もが理解していた。
「それは」
セレナは、少しだけ間を置いてから言った。
「あのとき、我々全員が叙勲されたときに……背負わされたものと、まったく同じだ」
誰も否定しなかった。
「――それでは」
セレナは、剣を握る。
「行くぞ!」
その声に応えるように、第五部隊全員が声を上げる。
揃ってはいない。
綺麗でもない。
けれど、もう決めた人間たちの、
大きな、確かな叫びだった。
馬車が動き出す。
王都の平和を背にして、
第五部隊は、ヴァルド西戦線へと向かった。
※あとがき
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