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第21話 同じ勲章

 家に戻るころには、王都の空は夕方の色に沈み始めていた。


 第五部隊は、このあと全員で飲みに行くらしい。

 管理局の者ではなく、部隊の誰かが声をかけてきた。


「団長もどうですか」


 セレナは軽く手を振って断った。

 レオンも隣で同じように頭を下げる。


 理由はうまく言えなかった。

 ただ、外に出て騒ぐよりも、今日の余韻を家の中で確かめたかった。


 去っていく背中の中には、涙を拭っている者もいた。

 小さな勲章を胸に、何度も指で触れている者もいる。


 あれだけ拍手を浴びたのだ。

 自分の働きが、初めて「報われた」と感じた者だっているだろう。


 最高の式典だった。


 家に入ると、二人は黙って正装を脱いだ。

 白を基調にした、祝われる側の服。形も意味も決まっていて、着るだけで役割が身体に貼り付く。


 セレナは自分の部屋で着替える。

 普段着に袖を通した瞬間、呼吸が少し楽になった。


 レオンも同じように着替えて、少し遅れてリビングに戻ってくる。


 いつもの光景。

 二人がけのソファ。


 セレナは寝転ぶように身体を伸ばし、レオンはその端に腰を下ろした。

 背もたれに体重を預けたまま、しばらく何も言わない。


 セレナは正面を見たまま、横目だけでレオンを見ていた。


 レオンの指先が、わずかに動いている。


 小さな増強魔法と治癒魔法。

 ほとんど癖のように、並列で起動される基礎訓練だった。


 光は出ない。音もない。

 けれど、魔力が静かに循環しているのが分かる。


 戦場でも、こうだった。

 何もない時間ができると、レオンはいつも同じことをしていた。


 書類仕事ばかりしているように見えても、毎日魔法を整えている。

 戻る日のことを考えていた。

 セレナはそれを、もう知っている。


 二人はなにをするでもなく、今日の余韻を噛みしめていた。

 起きたことが、あっという間に感じるほど、賛辞の言葉を浴びた。


 レオンが、ぽつりと口を開く。


「……まさか、《双耀王冠勲章》を叙勲されるとは驚きですね」


 独り言のようにも聞こえる声音だった。


「今になって、少し実感が湧いてきました」


 セレナは天井を見たまま返す。


「そんなにすごいんだ。きれいだったわね」


 二人で同じ勲章をつけたこと。

 本当は、そこが一番うれしい。

 それだけで、胸の奥が少し落ち着く。


「すごい、という言葉では足りません」


 レオンは静かに言った。


「王国史にも名を遺す勲章です。爵位を授かるより名誉とされることもあります。正直、他の勲章がかすんでしまうほどで……僕は、これ一つで十分かもしれません」


「ふうん」


 セレナは気のない返事をする。


 その様子を見て、レオンは続けた。


「セレナは、二つともつけてください」


「え?」


「銀翼勲章も、今回の勲章も、どちらも本当にすごいものです。どちらか一つにする理由はありません」


「そんな大げさな」


 セレナはそう言いながらも、少しだけ視線を逸らした。


「じゃあさ」


 すぐに、いつもの調子に戻る。


「レオンがそれ一つしかつけないなら、私も同じにする」


「……それは、揃える理由になっていませんよ」


「なるの」


 即答だった。


「あれって、二人分の戦果として認められた時じゃなきゃ並ばない勲章でしょ?」


 まるでアクセサリーの話をしているみたいな口ぶりだった。


「そうですね」


 レオンは小さく笑う。


「一番の価値は、“王冠”の名が付く勲章であることですが……」


「細かいことはいいの」


 セレナはそう言って、少しだけ身体を丸める。


「みんな、幸せそうだったね」


「ええ」


 レオンは頷く。


「……団長として、飲み会に参加しなくてよかったんですか?」


「うん」


 即答だった。


「レオンが行かないなら、行かない」


「僕は、お酒が飲めませんからね」


「でしょ」


 セレナはくすっと笑う。


「だから、今日はここでいい」


「そうですね」


 レオンも、同じように笑った。


―――「ねえ」


 セレナが、ふと思い出したように言った。


「レオンのほうの勲章、もう一回見せてよ」


「え? でも、セレナのと一緒ですよ」


「いいから」


 言い切って、セレナは身体を起こす。

 机の上に置かれていた勲章に手を伸ばし、ためらいなく掴んだ。


 二つの勲章を、並べて置く。


 細工も、意匠も、刻まれた紋章も。

 細かいところまで、すべて同じだった。


「……すごく、きれい」


 しばらく、じっと見つめる。


 次の瞬間。


「見て!」


 突然、声を上げる。


 レオンが視線を向けた、その瞬間だった。


 セレナは、手の中で二つの勲章をぐしゃっと混ぜ始めた。


「――あっ!」


 レオンが思わず声を上げる。


「ちょ、ちょっと待ってください! それ、どっちがどっちの勲章かわからなくなります!」


 セレナは、混ぜるのをやめない。


「もう、わかりませんよ! 本当に!」


「でしょ?」


 にやっと笑う。


「どっちも同じ勲章なの。どっちも同じ」


 手の中で、二つを転がしながら続ける。


「それがいいの。それが一番うれしいの」


 ちらりと、レオンを見る。


「レオンには、わからないだろうけどねー」


「……いや」


 レオンは少し困ったように笑った。


「なんとなく、わかりますよ」


 セレナは満足そうに頷き、勲章の一つをレオンに差し出す。


 受け取る、その前に。


「ねえ」


 唐突に、問いが飛んだ。


「私たちってさ。親友なのかな? 相棒なのかな?」


 レオンは、少しだけ考える。


 すぐには答えず、視線を落としてから、言った。


「……どっちも、じゃないですか」


「どっちも?」


「はい」


 セレナは一瞬きょとんとしたあと、ぱっと顔を明るくした。


「いいね、それ」


 拳を握って、前に出す。


「どっちも! 私たちはどっちも!」


「相棒でもあり、親友でもある!」


「やったぜ」

 

 拳をセレナが差し出す。

 軽い声だった。


 レオンも、少し遅れて拳を合わせる。


「……やりましたね」


 二人で、なんとなく笑う。


 しばらくして、セレナがぽつりと言った。


「私、幸せ」


 間を置いて、続ける。


「ちゃんと幸せ。……よかった」


 視線を逸らさずに、言う。


「レオン、ほんとありがとう」


「な、なんですか、急に」


 レオンは慌てたように視線を泳がせる。


「そういうの、恥ずかしいですよ」


 でも、すぐに気づく。


 冗談じゃない。


 真面目な顔だった。


「……」


 一度、息を整えてから。


「僕も、幸せです」


 まっすぐに、言う。


「ありがとうございます」


 それ以上、言葉はいらなかった。


 勲章は、それぞれの手に戻り、

 リビングには、静かな時間だけが残った。


※あとがき

ここまで読んでくださってありがとうございます。

もし何か残るものがあれば、★★★★★で執筆の励みになります。

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