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第19話 家具選び

昼前、王都の通りは人が増え始めていた。


日差しは明るく、石畳に反射して、少し眩しい。

その一角に、ひときわ整った外観の家具屋があった。

大きな窓越しに、磨き上げられた木の天板や、張りのある布張りの椅子が並んでいる。


「……きらきらしてるね」


セレナは、立ち止まって店を見上げた。


戦場に立つときの装備とは、あまりにも違う場所だった。

剣も防具もない。

代わりにあるのは、静かな光と、落ち着いた色合い。


セレナは自分の服に目を落とす。

動きやすさを優先した、いつもの普段着。

楽で、慣れていて、何も考えなくていい格好。


「ねえ」


「はい」


「こんな服で、入っていいの?」


レオンは一度、セレナを見てから店に視線を戻す。


「むしろ」


少し考えて、続けた。


「どういう場所でも、そういう服装で気にしないのが、セレナらしいと思いますけど」


一瞬、間が空いた。


「……失礼ね」


セレナは眉をひそめる。


「私だって、服装に気を遣うわよ」


「ウソです」


「今、絶対本音混じってたでしょ」


「知っていますよ」


レオンは軽く言い直す。


「ちゃんと考えているのも、似合っているのも」


「最初からそう言いなさいよ」


セレナは一度だけレオンを睨んでから、店の扉を見る。


「……入るよ」


「ええ」


レオンは小さく笑った。


「行きましょうか」


二人で扉を押す。


外の喧騒が、すっと遠のいた。

代わりに、木の匂いと、静かな空気が流れ込んでくる。


扉を閉めると、外の音はほとんど聞こえなくなった。


「いらっしゃいませ」


奥から、落ち着いた声がかかる。

年配の店主が、穏やかな笑顔で頭を下げた。

動きに無駄がなく、長くこの店に立っている人だと分かる。


「どうぞ、ごゆっくりご覧ください」


店内には、整然と家具が並んでいた。

木目の美しい机、背もたれの曲線が柔らかな椅子、布の張り具合まで丁寧に整えられたベッド。

どれも新品特有のきらつきはあるが、派手さはなく、長く使うことを前提にした佇まいだった。


「……すごいね」


セレナは声を落として言う。

戦場では見たことのない種類の整い方だった。


店主は二人の様子を一度見てから、静かに近づいてくる。


「本日は、どのようなものをお探しでしょうか」


レオンは一歩前に出て答えた。


「部屋に置くベッドと、机。それから必要な家具一式を」


「承知しました」


店主は頷きながら、自然な流れで言葉を添える。


「では……ご新婚さまでしょうか」


丁寧で、失礼のない声色だった。


セレナは一瞬だけ目を瞬かせてから、軽く笑った。


「そう見えるんですね」


「ええ。お二人でお選びになるご様子でしたので」


「一緒に家にいるだけですよ」


セレナは肩をすくめる。


「不便がないように、買いに来ただけです」


それを聞いた店主は、ほんの一瞬だけ言葉を失った。


夫婦ではない。

けれど、同居している。

それでいて、距離は近いが、どこか線もある。


店主は頭の中で関係性を組み立て直そうとする。

親族か、仕事仲間か、それとも――。


「……なるほど」


とりあえず、そう返す。


だが、次にどの棚へ案内するべきか、足が一瞬止まった。

一人用か、二人用か。

実用性重視か、生活感を揃えるべきか。


「ええと……」


店主は視線を二人の間に往復させる。


セレナはその様子を見て、くすっと笑った。


「そんなに難しく考えなくていいですよ」


「そうですね」


レオンも自然に続ける。


「普通に使えるものを、お願いします」


店主は少しだけ苦笑して、気持ちを切り替えた。


「かしこまりました」


関係性は分からない。

だが、二人とも本気で家具を選びに来ていることだけは、よく分かった。


「では、まずベッドからご案内いたしましょう」


そう言って、店主は奥へと歩き出す。


セレナとレオンは顔を見合わせてから、その後を並んでついていった。


ベッドが並ぶ一角に足を踏み入れたとき、セレナは思わず歩みを緩めた。


どれも綺麗だった。

布の張りも、木枠の磨きも、自分の知っている寝具とは別物に見える。


「……これ、座っていいのかな」


無意識に声が小さくなる。

腰かけるだけで何かを台無しにしてしまいそうで、手を伸ばしかけて止めた。


それを見ていた店主が、間を置かずに言う。


「どうぞ、ご自由に」

「腰かけてみたり、触っていただいて構いませんよ」


許可をもらってから、セレナは少しだけ躊躇して、端に腰を下ろした。


――柔らかい。


沈みすぎず、でも跳ね返されることもない。

家で使っているベッドとは、まるで感触が違った。


「……すご」


思わず漏れた声に、自分で笑ってしまう。

こんな高そうなベッドに腰かけたのは、たぶん初めてだ。


同時に、現実的なことが頭をよぎる。


(これ、いくらするんだろ)


今日はレオンにプレゼントしてもらうつもりで来ている。

そのつもりで、気楽な顔もしている。

でも、値札はどこにも見当たらなかった。


セレナはすぐに立ち上がった。


「これ……高いんじゃない?」


「そうですね」


レオンはあっさり言う。


「でも、普段使い道のないお金ですから」

「自由に、好きなものを選んでください」


それを聞いて、セレナは少し考え込む。

それから、ふっと表情を変えた。


「……じゃあ」


レオンを見る。


「レオンが選んで」


「僕が、ですか?」


「そう」


「僕が使うものじゃないですよ」


「プレゼントって、そういうものでしょ」


セレナは当然のように言った。


「選んでよ、レオン」


一拍置いてから、レオンは小さく頷く。


「……わかりました」


そして、迷う様子もなく奥へ向かった。


一段と彫刻が凝っていて、布地も落ち着いた色合いのベッド。

一目で「高そう」だと分かる。


レオンはそこに腰かけ、軽く手で布を押して確かめる。

それから立ち上がり、セレナを見る。


「これくらいじゃないと、似合いませんね」


店主に向かって、静かに言った。


「ベッドは、これにします」


セレナは一瞬、言葉を失った。


自分は、がさつで、雑で。

こんな綺麗なものが似合うとは思っていない。


だからこそ、選んでもらえたのが嬉しかった。


それからは早かった。

ベッドに合わせて、机も、タンスも、棚も。

レオンが淡々と選び、店主が手際よく揃えていく。


会計の段になって、レオンが小切手を差し出す。

その文字をちらりと見て、セレナは内心で息を呑んだ。


(……ゼロ、ひとつ多くない?)


高くても、これくらいだろう。

そう思っていた額より、明らかに上だった。


でも、レオンは何でもない顔で言う。


「いつ頃、運び込まれますか」


「本日中に手配可能です」

「夕方には」


「助かります」


そのやり取りを聞きながら、セレナは心を落ち着かせる。


(……まあ、待たされたし)

(これくらいのプレゼント、もらってもいいよね)


家具は本当にすぐに運び込まれた。

夕方には、業者が来て、部屋の掃除まで済ませていく。


それも当たり前のように含まれていることに、セレナは感心していた。


出来上がった部屋は、少し躊躇してしまうほど整っていた。

自分が使っていいのか、迷うくらいに。


「……ほんとに、ありがとう」

「いいの?」


レオンは首を傾げる。


「何がですか」


「こんなに、いい家具」


「セレナへの感謝は、数え切れませんから」


静かに、はっきり言う。


「この程度のプレゼントで、委縮しないでください」


セレナは少し黙ってから、もう一度言った。


「……ありがとう」


そうして、さっそくベッドに横になる。

新品の布の匂いと、木材の香り。


でも、不意に思い出す。

昨日、一緒に寝たときの、あの妙な楽しさ。


(……別々の部屋で寝るんだ)


そう思った途端、少しだけ胸が寂しくなる。


セレナは、勢いで言った。


「ねえ」


「はい」


「昨日はレオンの部屋だったでしょ」

「じゃあ今日は、この部屋で二人で寝よう」


「え」


レオンは少し驚く。


「自分の部屋が欲しくて、買ったんじゃないんですか」


「そっちのほうが、私は楽しいよ」


当たり前みたいに言う。


「だって、戦場のテントなんて、毎日一緒に寝てるし」


「その話、昨日も聞きましたけどね」


レオンは小さく笑った。


「……じゃあ、そうしましょうか」


部屋に、静かな時間が流れる。


何も起こらない。

ただ、落ち着いた日常が、そこにあった。


それから、式典の日まで。


大きな出来事は、何もなかった。

朝が来て、食事をして、用事を済ませて、夜になる。

その繰り返しの中で、時間は静かに流れていった。


結局、二人が別々の部屋で寝ることはなかった。

※あとがき

ここまで読んでくださってありがとうございます。

もし何か残るものがあれば、★★★★★で執筆の励みになります。

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