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第14話 帰宅

部屋に戻ると、静かだった。


セレナは扉を閉め、鎧を外して机の前に座る。

疲れているはずなのに、すぐに横になる気にはならなかった。


机の上に、勲章が置いてある。


裏返しだった。


そうしていた理由は、覚えている。

正面から見る気になれなかったからだ。


セレナは勲章を手に取り、向きを直した。

金属が光を反射する。


「……こんな形だったんだ」


思っていたより、小さい。

重さも、記憶より軽かった。


あのときのことを思い出す。


勲章を受け取ったあと、

後から渡された記録を読んだ。


戦果。

配置。

参加者の名前。


全部、事実だけが並んでいた。


でも、内容はほとんど覚えていない。


あの頃の自分は、

それどころじゃなかったからだ。


レオンがいなかった。


そのことだけで、頭がいっぱいだった。


勲章が何を意味するのか。

誰のものなのか。

考える余裕はなかった。


セレナは、少し笑った。


「必死だったな」


今なら分かる。

あの勲章は、一人で取ったものじゃない。


机の上に戻し、今度は裏返さない。


「……二人で取った勲章だよね」


そう思うと、

胸の奥が少しだけ温かくなった。


勲章を見つめて、セレナは首を傾げた。


受け取ったときのことを思い出す。


壇上で渡された。

名前を呼ばれて、前に出て、

形式通りに頭を下げて、手に乗せられた。


そのときは、

ただの金属だと思った。


冷たくて、重くて、

正直、きれいだとも思わなかった。


周りは拍手していたけれど、

何を祝われているのか、よく分からなかった。


必死だったからだ。

レオンがいなくて、

前に立つことだけで精一杯だった。


でも今は違う。


同じ勲章なのに、

なぜか、きれいに見える。


「……不思議だな」


セレナは小さく呟いた。


磨いたわけでもない。

光が変わったわけでもない。


それでも、

さっきよりずっと、嫌じゃない。


セレナは勲章を手に取り、

軽く指先で転がす。


「あとで、見せよう」


考えなくても、相手は決まっている。


レオンの顔が浮かんで、

それだけで少し笑ってしまう。


「自慢してやろ」


そう言って、勲章をポケットに入れた。


金属が、布に当たって小さな音を立てた。


中身は、遺書だった。


書いたときのことを、はっきり思い出す。


あの戦地へ向かうとき、

セレナは、生きて帰れないと思っていた。


戻れないかもしれない、ではない。

戻れない、と。


確実に死ぬ場所だと信じていた。


だから書いた。

念のためでも、保険でもなく、

必要だと思ったから書いた。


ひとりで死ぬ戦地。

誰にも看取られず、

何も残らない場所。


そう思い込んでいた。


今、読み返すと、

文章は硬くて、覚悟ばかりが並んでいる。


「……必死すぎでしょ」


思わず、声が漏れた。


死にに行く覚悟は本物だった。

でも、全部ひとりで背負うつもりだったのが、

今となっては可笑しい。


紙を畳み直す。


「もしものときには、役に立つし」


そう考えて、

また同じ棚に戻した。


棚を閉めると、

机の前に、静けさが戻った。


「……まあ、とりあえず」


セレナは立ち上がる。


「レオンの家、行こっと」


そう言って、迷いなく部屋を出た。


***


門の前で、セレナは一度だけ立ち止まる。


「……でか」


建物を見上げて、率直に言った。


「さすが英雄最高医様のお家。おっきいねえ」


返事を待つこともなく、扉を開ける。


許可は取らない。


「おじゃましまーす」


中に入る動きは、完全に自分の家だった。


廊下を進みながら声を張る。


「レオンー? どこー? いるー?」


少し遅れて、奥から声が返ってくる。


「……セレナ?」


書斎の方だ。


セレナは靴音を気にすることもなく、家の中を歩く。

来たのは数回しかない。

それなのに、なぜか迷わない。


まるで、引っ越してきたばかりの自分の家みたいな感覚だった。


書斎に入ると、レオンが本を手にして立っていた。

読みかけだったらしく、指で栞を挟んでいる。


「読書?」


「ええ。少しだけ」


「へえ」


セレナは勝手に部屋を見回す。


「ね、見せたいものがあるんだけど」


レオンは首を傾げる。


「……何でしょうか」


「当てて」


「当てるんですか」


「そう」


少し考えてから、レオンは言う。


「選択肢が多すぎますよ」


「そういうときはね」


セレナは即座に返す。


「なんでもいいから、何か言ってみるの」


「無茶振りですね」


「はいはい、いいから」


そう言いながら、セレナはポケットに手を入れた。


指先に、金属の感触。


「じゃーん」


そう言って、勲章を取り出す。


レオンの視線が、自然とそこに落ちる。


セレナは、少しだけ得意そうだった。


「……銀翼勲章じゃないですか!」


レオンが、はっきり声を上げた。


セレナは一瞬きょとんとして、手の中の勲章を見る。


「そうなの?」


「そうなの、ではありません」


レオンは思わず一歩近づく。


「それは、一度の戦果でもらえるものじゃないんです。戦果を積み重ねて、間違いなく英雄だと国に認められた者か、よほど大きな偉業を成し遂げた場合にしか叙勲されません」


言い切ってから、少し息を整える。


「非常に……すごいものです」


セレナはその説明を聞きながら、もう一度勲章を眺めた。


「へえ」


くるりと指で回す。


「そういう名前なんだ、これ」


改めて見ると、確かに銀色の翼をかたどっている。


「……ほんとだ。羽だ」


出てきた感想は、それだけだった。


レオンは一瞬、言葉を失った。


「普通、そこですか」


「だってさ」


セレナは軽く笑う。


「私、あの戦場でのことだと思ってたから」


レオンを見る。


「二人で立って、二人で判断して、二人で抜けたでしょ」


勲章を持った手を少し上げる。


「だから、二人の勲章だよ」


レオンは、しばらく黙っていた。


この勲章の価値を、誰よりも知っている。

どれほど重く、どれほど厳しい評価の上に与えられるものかも。


「……それは」


一拍置いて、続ける。


「親友として、ここまで支えてくれてありがとう、という意味……ですか?」


セレナは一瞬きょとんとして、

それから、すぐに笑った。


「そういうことですか?」


少し考えるふりをしてから、肩をすくめる。


「うん」


「そういうことでも、あるね」


レオンはその答えを聞いて、

思わず小さく息を吐いた。


「……なるほど」


どこか納得したような、

少し照れたような顔だった。


セレナはその様子を見て、満足そうに頷く。


「でしょ」


勲章は、まだセレナの手の中にある。

でも、その意味は、ちゃんと二人の間に落ちていた。


「触ってみる?」


セレナはそう言って、勲章を差し出しかけて――


「あ、やっぱり」


途中で手を引っ込めた。


「え?」


レオンが首を傾げた、その前に、

セレナは一歩近づく。


「つけたほうが早い」


有無を言わせず、レオンの胸元に手を伸ばす。

留め具を外し、慣れない手つきで位置を探す。


「……ちょっと待ってください」


「動かない」


「いや、僕の勲章では――」


「はい完成」


セレナは一歩下がって、じっと眺めた。


「……うん」


しみじみと言う。


「似合うね」


レオンは一瞬きょとんとしてから、笑った。


「いや、僕のものじゃないですからね」


「だーかーらー」


セレナは即座に返す。


「ふたりのものだってば」


腕を組んで、当然の顔をする。


「そもそもさ」


少し間を置いてから続けた。


「他の人に、お試しでもこんなの付けてあげるわけないでしょ」


レオンは、その言葉を聞いてから、

一度だけ勲章に視線を落とした。


それから、素直に言う。


「……ありがとうございます」


「よろしい」


セレナは満足そうに頷く。


勲章は、レオンの胸にある。

でも、重さは感じなかった。


二人で笑っている、この時間のほうが、ずっと確かだった。


それだけで十分だった。

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