第11話 少年少女兵
夜明け前、補給地点は静かに動いていた。
木箱が降ろされ、数が合わされ、札が付け替えられる。
誰かが咳をして、誰かが手袋をはめ直す。
戦地では、これが日常だった。
物資を運んでいるのは、少年だった。
背は低く、鎧は体に合っていない。
箱を抱えた腕が、重さに耐えるように強張っている。
歩幅は小さく、足元を何度も確かめて進んでいた。
誰も声をかけない。
誰も止めない。
セレナは配置図を確認していた。
レオンは帳簿を開いたまま、数字を追っていた。
二人とも、少年を見ている。
だが、それについて話すことはなかった。
少年の背中を見ていると、
ふと、別の景色が重なった。
王都の街は、いつも明るかった。
店先には飾りが並び、
光を反射する服を着た人々が笑って歩いていた。
親の手を引く子どももいた。
十五歳の頃、二人もそこを歩いた。
孤児院から王都へ来た。
少年兵と少女兵として登録した。
通りを歩くと、視線が向けられた。
すぐに逸らされる視線もあった。
最初から、何も見ていないふりをする視線もあった。
汚れた服。
擦り切れた靴。
戦地の匂いが残る身体。
きらきらした人たちは、そこにいた。
そして、二人のことを見なかった。
――志願兵。
その言葉だけで、
すべてが説明されたことにされていた。
少年は箱を下ろし、短く息をついた。
すぐに、次の箱に手を伸ばす。
「重いか」
レオンが声をかけた。
少年は一瞬だけ顔を上げる。
戸惑うように目を瞬かせてから、頷いた。
「大丈夫です」
声はまだ定まっていない。
「名前は」
「登録番号で」
それだけ答えて、少年は歩き出した。
背中は小さい。
向かう先には、次の箱と、次の指示がある。
助かっても、戻る場所は同じだ。
セレナは、少年の通り道を黙って空けた。
足場を少し整えただけだった。
少年は礼も言わず、通り過ぎる。
その姿を見て、二人は思い出す。
孤児院を出た日。
王都へ向かう道。
同じように、物を運んでいた自分たち。
世界は変わっていない。
戦場も、街も、止まらない。
二人は、それ以上のことをしなかった。
できないと、もう知っているからだ。
補給地点の端で、二人の若い志願兵が並んで立っていた。
少年と、少女だった。
年は同じくらいに見える。
装備は最低限で、色も揃っていない。
どちらも、視線を正面から外さずに立っている。
管理担当が名簿を確認する。
「志願理由」
少年が答えた。
「ここなら、仕事があるから」
少女は少し遅れて、同じ言葉を繰り返した。
他に説明はなかった。
求められてもいなかった。
形式は整っている。
不備はない。
登録は、問題なく進んだ。
――志願兵。
その言葉は、ここでも使われた。
二人は、すぐに仕事を割り当てられた。
物資運搬。
伝令補助。
危険度は低いとされる区域。
低い、とされているだけだ。
少年は箱を抱え、少女は台車を引く。
どちらも、やり方をよく知っている。
初めてではない動きだった。
セレナは、その様子を見ていた。
レオンも、同じ方向を見ていた。
二人とも、声をかけなかった。
声をかけても、
ここから降ろせるわけではない。
止めても、
別の場所へ行くだけだ。
それを知っている。
夕方、負傷者が運び込まれた。
処置は追いついていない。
物資も、人手も足りない。
少年が運んでいた箱の中に、包帯があった。
少女が引いていた台車に、薬が載っていた。
二人は指示される前に、動いた。
迷いはなかった。
それを見て、
レオンは処置の順を一つだけ変えた。
帳簿の数字を、静かに書き換える。
誰にも気づかれない程度の判断だった。
助かる命が、一つ増えた。
代わりに、別の誰かが待つ時間が延びた。
世界は、それを問題にしない。
夜になり、補給地点は静かになった。
少年と少女は、並んで座っていた。
疲れ切った顔をしている。
話はしない。
する必要がない。
セレナは近くを通り、足場を整えた。
二人が転ばないように、それだけをした。
レオンは、離れた場所で手を洗っていた。
水は冷たく、すぐに赤く濁った。
その夜、二人は何も言わなかった。
慰めも、約束も、希望も置かなかった。
ただ、同じ景色を見ていた。
孤児院を出た日の空。
王都の明るさ。
見ないふりをする人たちの視線。
そして今、
目の前で物資を運ぶ少年兵と少女兵。
あの頃の自分たちと、変わらない姿。
世界は残酷だ。
それを、否定はしない。
二人は、その世界の中に立っている。
立ち続けている。
それだけだった。
※あとがき
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