タイトル未定2025/11/17 22:59
桐野と別れた俺は、部屋の片隅を長い時間みつめていた。
俺が今までずっとみつめていた、部屋の片隅。
そこには、ビニール袋に入った赤いティーシャツがハンガーにかかっていた。
しばらくティーシャツをみつめた後、俺は壁に吊るしたティーシャツをおろし、ハンガーからティーシャツを外すとビニール袋からティーシャツを出した。
ティーシャツを手にして、部屋を出た。
居間に行くと風呂からあがった母親が、居間のソファーでくつろいでいた。
「和真、お風呂入ったの?」
「まだだよ」
「早く入っちゃいなさい」
「うん」
俺は言いながら、母親の正面に向かって、カーペットの上であぐらをかいた。
「昔さ、家に彼女を連れてきたこと覚えている?」
「えっ?……ああ、覚えているわよ。和真が大けがを負った時、看病してくれたお嬢さんね」
「彼女ね……死んだんだよ」
母親は驚いた表情で、俺をみつめた。
母親が何かを言う前に、俺はビニール袋から赤いティーシャツを出して母親に見せた。
「これ、彼女が一度だけ着たティーシャツなんだ。ずっと、俺の部屋の壁にハンガーで吊るしていた」
「和真の部屋から、和真の声が聞こえたことがあったけど。お嬢さんに、話しかけていたのね。和真がずっと苦しんでいた理由が、やっとわかったわ」
母親は黙り込んだまま、ティーシャツをみつめていた。
「明後日の日曜日、彼女の家に行ってくるよ」
「大丈夫?」
「大丈夫だよ。でさぁ、その時このティーシャツを、返しに行こうと思っているんだけど……」
母親は、ぴしゃりと言った。
「やめなさい」
「なんで?」
「無理に返すことないじゃない」
「そう?」
「そんな気持ちのままティーシャツを返しに行っても、後悔するだけよ。今はまだ、持っていないさい」
「わかった、そうする」
俺は、ティーシャツを手にした。
「ずっと、迷惑かけてごめん。おやすみなさい」
「おやすみ」
居間を出た俺は部屋に戻り、ティーシャツをタンスの中にしまった。
ティーシャツが吊るしてあった壁は何もなくなり、淋しく感じた。




