タイトル未定2025/11/17 22:43
やらなくても良いと桂子に言われたが、俺は洗い物をする桂子を手伝った。
風呂からあがったアッシーはリビングで、娘に絵本の読み聞かせをしていた。
あの頃だったら、想像ができないアッシーの姿だ。
台所で洗い物をしながら、桂子はそっと切り出した。
「あのね……」
「はい」
「私、ずっと言いたかったことがあるの」
「なんですか?」
「私が出産したってメールを、あつしさんがボーズ君に送ったのに、どうして来てくれなかったの?」
俺は洗った食器をカゴの中に入れ、思わず流し台につかまった。
目の前がぐらりと揺れて、立っているのがやっとだった。
「私、ずっと待っていたわ。ううん、私だけじゃない。あつしさんも、亜希ちゃんたちも」
「メール、読みました。凄く嬉しかった」
すぐ、駆けつけたかった。
だけど、できなかった。
洗い物を終えて桂子とリビングに行くと、アッシーの膝の上で娘が眠そうな顔をしていた。
テーブルの前に腰を下ろすと、アッシーが聞いてきた。
「ボーズ、なんの仕事をしているんだ?」
「浴槽会社で働いています」
「ずっと、そこで働いているのか?」
「二年目です」
「仕事には、慣れたか?」
「まぁ……」
今度は、桂子が聞いてきた。
「ボーズ君、彼女いるの?」
「いません」
きっぱりそう言うと、アッシーと桂子は不安な表情をした。
そのことに気が付いた俺は、慌てて言った。
「俺、一生独身かも。それなら、それで良いや」
「ボーズ、本当にそれでいいのか?」
俺は、アッシーと桂子をさらに不安にさせてしまった。
そのことに気が付いた俺は、慌てて話題を変えた。
「アッシー皆とは、会っているの?」
「ああ、たまにな。まだ、ライヴをやっているぞ。ボーズは?楽器は?」
「もうやっていないよ。家と会社の往復をしているだけだよ」
「もったいないな」
「うん、もったいないね。皆元気?皆は普段、何をしているの?」
「リーダーは、リーマン。阿部は、米屋の仕事をしているぞ。米を、配達してもらっているよ」
「えっ!阿部君が、米屋の仕事?」
「知らなかったのか?阿部の家は、米屋なんだぞ」
「米屋!知らなかった!」
驚きながら、俺はアッシーと桂子の娘に「おいで」と、両手を伸ばした。
アッシーの娘は、笑顔で俺の方に来て、あぐらをかいていた俺の足元にちょこんと座った。
俺はアッシーの娘の髪に触れながら、アッシーの娘に向かって言った。
「可愛いなぁ。名前は、なんて言うのかなぁ?」
アッシーの娘は、笑顔を見せるだけだった。
突然、桂子が言いだした。
「娘の名前は、紀子って言うの」
桂子の言葉に、部屋の中が静まり返えった。
その沈黙を破るように、俺は言った。
「そうなんだ。紀子って言うんだ。紀子ちゃん初めまして、ボーズだよ」
そう言った俺は、ちらりと桂子を見た。
桂子の目から、今にも涙が零れ落ちそうだった。
「桂子さん、泣かないでね。桂子さんが泣いたら、俺まで泣きそうだから」
アッシーと桂子の娘の紀子を、俺はそっと抱きしめた。
「紀子ちゃん、良い名前をつけてもらって良かったね。紀子ちゃん、いっぱいいっぱい幸せになるんだよ」
俺は、しばらくの間紀子を抱きしめていた。
桂子は唇をかみしめて、泣くのを必死にこらえていた。
「桂子さん、泣かないでね。俺は、泣きたくないから」




