18歳
『なにしてるの?』
「公爵夫人となるに相応しい知識を」
『必要ないって言ってるだろ』
「…今はまだ」
『はぁー…早く迎えに行きたい』
18歳の誕生日を唯一、祝って下さったのはこの方。10歳を過ぎてから聞こえるささやき声のような音が耳元で響くこの方に。
11歳から欠かさずお祝いして下さるこの方は竜人様だと仰っている。天に広がる結界が消える3年後まで会えないけど、必ず迎えに行くと伝えてくれる声にいつだって、心から、“はい”と伝えているけれど、私にしか聞こえない声を他の人が理解出来るはずもなく、この間正式に公爵子息との婚約が成された。
『君は僕の花嫁だ』
その言葉は毎日、声が聞こえたあの日から毎日伝えられる。
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『繋がった…か?』
「え?」
寝室に入り靴を揃えてベッドへ横になろうとした私の元に、ささやく声が耳元で聞こえ、思わずキョロキョロと周りを見渡した。
でも、いつも通り1人きり。
『聞こえているなら鏡の前へ。瞳を見てくれ』
その鋭いお声に、私の中の疑問より先に動かなければと思い、揃えた靴を履き、鏡台の前に座り、映っている瞳を覗き込むと、左目に魔法陣が展開され、紫の目が青色に変化した。
『僕の花嫁』
「え?」
『良かった…繋がれた』
「どちら様でしょうか」
『将来の花婿さんかな?』
「嫁いで来られるのですか?」
『君が僕の国に来るんだ。だけど…迎えに行けるまでは花婿さんとでも呼んで』
10歳のあの日、私は竜人様の婚約者になった。聞けば、魂でお互いを縛り合っていると言われ、確認してみると確かに瞳の中の陣は禁忌と呼ばれている代物だった。そのような罪を犯してしまったのかと嘆いたら、産まれる前から決まっていた事だから罪ではなく、運命とでも呼ぼうかと提案して下さった事で心が軽くなった。瞳を通して私の見る物を見れるかと少し期待したが、無理だと言われたけれどダメ元で瞳を意識してみた。でも…私も花婿さんの視界は見れないみたいだ。同じ景色を見れるかと思ったが、私たちが繋がれるのは声だけのようだ。
瞳の陣は少ししたら消えてしまったけれど、ささやくような甘い声はいつだって届く。
私の声も届いているようで返事が出来る時は必ず応えている。
それが私の日常だ。
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「花婿さんの好きを聞ける番です」
『ふっ、お菓子が好きだよ』
「それなら」
『眠る時間だ、横になって』
「はい」
18歳の贈り物は靴を選んだと仰っていた。どのような靴なのか気になって伺ってみたけれど、出会った時のお楽しみだと言われれば我慢せざるを得ません。私も贈りたい気持ちはある………けれど、家の者に何用なのと問われてしまわれては口を閉ざすしかないのです。花婿さんの声は私にしか聞こえませんから。
瞳の陣も意識すれば見れるようになりましたが、禁忌の陣を見せびらかして罪人だと裁かれてはお会いする事も叶わない。
ベッドに座り、靴を揃えて潜り込むと体を横にして目を瞑る。竜人様はいつも右側にいらっしゃるらしく、私は左側に寝て右を向いて眠れば会えた時にも違和感なく横にいれるね。と言われた事があるのでそうしている。
「花婿さん、横になりました」
『ジェリービーンズが1番好き。その次はチョコレート』
「取り寄せてみます」
『その時は一緒に食べよう。僕も用意…いつでも用意が出来てるな』
「くすっ」
『早く花嫁の笑顔が見たい』
「はい」
『無理矢理結界を解こうかな』
「いけませんよ」
『ふふ、おやすみ』
「はい、おやすみなさいませ」
花婿さんの声を聞いて眠る。
聞かないで眠る日々など忘れてしまった。
ふあ…と欠伸1つして。
「おはようございます」
『おはよう』
私には応えられない時もあるのに、花婿さんはいつだって返事を下さる。
靴を履いて鏡台の前で部屋と体に洗浄魔法をかけてから化粧を軽く乗せる、どなたかとお会いする時以外は薄く整えるだけ。
いつも通り寝室から浮いて続き扉から出ると、12歳の頃にお願いした私専用のクローゼットへの扉を開けて決めておいたドレスを姿見の前で着ていく。
私付きの護衛は居るけれど、メイドはいない。1人でドレスを着れるような魔法を教えられ、他にも便利な魔法や知識を授けて下さるので必要がないと判断してからは、ほとんど1人で過ごしている。
1人と言っても常に花婿さんが居て下さるから1人でもなければ、寂しさを感じる時もない。
花婿さんからの声は私と会話する時だけ聞こえてくるのに、こちらから選別する事は出来ない為、私の声は全て筒抜けだ。声に出して本の内容を叩きこむ時もあるから恥ずかしいとお伝えした事があるけれど、声が聞こえてくるのは耳心地がいいと言われてしまえば気にもならなくなった。
私も花婿さんも他者の声は聞こえない、聞こえるのはいつだって花婿さんの言葉だけ。
支度を終えてから食事をする、そういえば食事の音まで聞かれたくはないとボソッと1人言のように喋ったら、言葉以外は届かないと言われ安堵したのを思い出した。
『僕の花嫁さん』
「…」
護衛が側に居る時に返事は出来ない。
『今日は何を食べているのかな』
「…」
小さなお声も漏らさず聞けるのは禁忌の陣でお互いを縛っているからだと思うと、胸があたたかくなります。
『僕の花嫁』
ささやくお声で私を呼んで下さるから…とても、とても、
『今日の君を見てみたいな』
私も見てみたいです。
花婿さんの姿形は内緒なのですよ。
まだ秘密と言われ、なぜだかくすくすと笑われた時を思い出す。
けれどきっと、瞳のお色味は青。
秘密と言われているけれど、鏡台の前で陣を浮かべるといつだって青なのです。
それはきっと…
私にも教師が着いていた頃もありますが、一通り学び終えた今は本を読み、教養とマナーを完璧にと、公爵夫人となる為の勉強よりもそちらを多く学んでいる。
花婿さんのお国で恥ずべき姿を晒さないように。
そうだわ、手紙を書かないと。
ジェリービーンズとチョコレートが欲しいと父親に伝えておかなければなりませんから。
手紙を書き終えると持ってきていた本をペラペラと捲る、歴史書を読むのが楽しいのです。
竜人様が降り立った欠片のような物語が様々な内容に散りばめられている。
花婿さんを知れたような気になれる歴史書はいつだって私を楽しくさせてくれるのです。
『なにしてるの?』
「竜人様のお話を読んでいます」
『僕に聞いたらいい』
「聞いても秘密にされてしまいます」
『来てからのお楽しみ』
「ですから読んでいるのですよ」
『お気に入りの泉に2人で飛び込もう』
「楽しみが増えました」
『僕も楽しみ』
使者としては来ないのだと伺った。
私を迎えに行くけれど、使者は別の者に任せるから結界が解かれた時に荷造りをしておいてと。
持って行く物がないと今も思うので、きっとそのまま連れて行って下さると信じています。
夜になりベッドへ横になると今日は私の番だと言われるので、好きをお伝えしようと思うのですが、
「…」
いつも花婿さん以外の好きが見当たりません。
『色んな景色を見せたいんだ』
「はい」
『きっとたくさん好きが見つかる』
「はい」
『僕と一緒に見つけようね』
「花婿さんのお声以外で好きを見つけてみたいです」
『…声だけ?』
そう問われると疑問が浮かびます、お声だけしか知らないので姿形が好きとも言えません。
「他を知りません」
『知ってるよ、僕も知ってる』
「そうなのですか?」
『ドレスを器用に着れるようになったのも、食事が楽しくなったのも、婚約者と呼ばれている者に会う時は憂鬱になるのも僕は知ってる』
そう言われると私も花婿さんの事を知っている気がします。
「花婿さんはいつだって仕事をしておられます、息抜きと言いながら毎日お菓子をたくさん食べて、それでも足らない時は泉に行き休憩するのです」
『ほら、知ってる』
「ですが好きとは異なる気がします」
『じゃぁ嫌い?』
「そんな事は!……失礼致しました」
はしたなく声を荒げてしまいました。
『ふふ、いいよ』
花婿さん自身を嫌いかと問われれば私の活力と答えます。
10歳のあの日から毎日紡がれるお声が私に様々な感情を教えて下さり、毎日が彩り豊かになっていった。
それは間違いなく活力。だけど、それが好きという事なのでしょうか。
花婿さんのお声が聞こえなくなってしまったら私はどう生きていけばいいのか分からない。
そういう感情を好きと呼ぶのでしたら。
好きです。
『僕の花嫁』
私の花婿さん。
『ふふ、もう眠たいね…おやすみ』
はい、おやすみなさい。




