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第8話 救護派遣の登録ですか?

 実技が終わり、訓練場に全員が集まって円を作った。

 部隊長・高村が中央に立ち、ゆっくりと仲間たちを見渡す。


「――さて、今日の新人テストだが、正直言って想定外だ」


 重々しい口調に、周囲から思わず笑いを噛み殺す気配が広がる。場の緊張が少し和らぐ瞬間だった。


「格闘技経験あり、身体強化スキル持ち、回復スキル持ち。書類上では知っていたが……想定以上の噛み合わせだったな」


 高村の視線が莉理香に向かう。その目には、警戒だけでなく一抹の期待が混じっていた。


「力はある。動きも洗練されている。ただし――それができるからといって、現場では飛び出しすぎるな」


 莉理香は背筋を伸ばし、短く答える。


「はい」


「今回、見ている限りではちゃんと周囲を把握して動いていた。手加減もしていた……そうだな?」


 一瞬だけ逡巡し、莉理香は頷いた。


「……はい」


 その答えに、円の中でざわめきが広がる。


「やっぱり手加減してたんだ……」


「全力だとどうなるんだよ……」


 高村は小さく苦笑しながらも言葉を続ける。


「ただし、救護部隊としては“倒す”よりも“守る”が優先だ。回復スキルを持っているなら尚更、そちらに意識を割け」


 莉理香は心の奥で反芻する。


(……守る、ね)


『倒すほうが早いがな』


 胸の奥からラギルの声が響く。


(そこ黙って)


 解散の声がかかると、すぐに仲間たちが莉理香の周りに集まった。


「なあ、あれ本当に身体強化レベル1か?」


「回復持ちだからゴリ押しできるのかと思ったら、普通に格闘で勝負ついてたじゃん」


「怪我しても自分で治せるんだろ? そりゃ強いわ」


 半ば驚嘆、半ば羨望の声が次々と飛ぶ。好奇と関心の視線を浴びながら、莉理香は内心で苦笑した。


(……“そもそも怪我しにくい”とは思ってないな)


『良い。全部は見せるな。牙は隠して磨く』


 ラギルが楽しげに囁く。


(またその言い方……)


 すると、輪の外から一人の若い隊員が声を上げた。


「……でも正直、安心しました。先生みたいな人と同じ任務に出られるなら心強いです」


 その言葉に、周囲の空気が少し和らぎ、自然と笑いが広がる。


「だな。むしろ一緒に出てみたいよ」

「回復役が強いって最高じゃん」


 思わぬフォローに、莉理香はわずかに肩の力を抜いた。

 まだ誰も、自分の本当の限界を知らない。

 その秘密が、少しだけ心地よく思えた。


***


 実技後の片付けを終え、救護部隊の医務室に戻ると、部隊長・高村が机に腰を下ろし、書類をぱらぱらとめくっていた。

 視線だけを上げ、彼は低く言葉を落とす。


「……お前、動けるってのはわかった」


 短い評価だったが、その声音にははっきりとした納得が混じっていた。

 莉理香は一礼して、落ち着いた声で答える。


「ありがとうございます」


 高村はしばらく手元を見ていたが、ふと書類を閉じ、莉理香の方へ向き直った。


「で、自主訓練の件だが――ひとつ提案がある」

「提案、ですか?」


「ああ。協会公認の制度で、救護枠のアルバイト派遣って形がある」


 そう前置きしてから、高村は端末を指先で操作し、画面を莉理香の方へ回した。


「救護が必要な探索チームに臨時で加わる制度だ。正規配属ではなく派遣扱いになるが、実戦経験も積めるし、フィールドに出る機会も増える」


 莉理香は思わず息をのむ。


「アルバイト……ですか?」


「普通はある程度経験積んだやつしかやらないが……お前は回復スキル持ちだろ? 引く手あまただ」


 画面には、救護要員を募集するチームのリストが並んでいる。救護部隊内では人手が足りず、常に募集がかかっているらしい。


「救護枠は慢性的に人手不足だ。まあ……お前なら大丈夫だろう」


 高村の言葉は淡々としていたが、そこには彼なりの期待が滲んでいた。


(……つまり、自由にチームとマッチングできるってことだよね)


 莉理香の胸の奥で、相棒が小さく笑う。


『いいな。多くの場で動けば動くほど、見える景色も広がる』


「希望するか?」


 莉理香は迷わず頷いた。


「はい。ぜひお願いします」


 高村は短く鼻を鳴らし、端末に入力を始める。


「新人が初日でこう言うのは珍しいぞ。ま、無茶はするなよ」


 言いながらも、口元にはわずかな笑みが浮かんでいた。

 その笑みに、彼女はほんの少しだけ安心を覚える。


(……私の場合、普通の新人とちょっと条件が違いますけどね)


『無茶はするなと言われたな』


(そこは素直に聞くよ)


 胸の奥で相棒がくつくつと笑い、莉理香は小さく息を吐いた。

 こうして彼女の初日から、すでに「実戦への道」は開かれていった。


***


「……で、派遣の件なんだが」


 端末から顔を上げた高村に促され、莉理香は一瞬だけ迷うように視線を落とし、それから静かに口を開いた。


「防御には特に自信があります。どちらかというと……前に出て支援する形がやりやすいかもしれません」


 高村の眉がぴくりと動く。


「……前に出て支援?」


「はい。前衛のすぐ後ろで治療しながら、場合によっては直接かばうとか……」


 部屋の空気がわずかに揺れた。救護要員が“前に出る”など、普通なら有り得ない発想だ。救護は後方にいてこそ安全が確保できる――それが常識。


 だが、高村はしばらく無言で彼女を観察した。

 真っ直ぐな背筋、揺るがぬ視線。軽率さではなく、現場を見据えた現実感がそこにあった。


「お前、自分の身体強化の度合い……わかってるか?」


「一応、模擬戦でも全力は出してません」


「だろうな、この後実際にどれくらいまでいけるか見せてくれ」


 高村は小さくため息をつき、机を指先で軽く叩いた。やがて半笑いを浮かべ、肩をすくめる。


「正直、それなら前線でもいけそうな気はする。……だがな、前に出すぎて死なれたら困る。自己判断で動け」


「はい」


 莉理香は素直に頷いたが、胸の奥ではまだ考えが揺らいでいなかった。


(……やっぱり支援するなら近いほうがいいと思うけどな)


 すかさず相棒が囁く。


『強き場に立つのは良い。そこには熱がある』

(なんでそう詩的なんですか……)


『事実を言ったまでだ』


 高村は端末を操作しながら、短く結論を告げた。


「とにかく、お前は特殊枠だ。救護派遣として登録するが、場合によっては前線支援も頼むぞ」


 画面には登録用のフォームが流れ、正式な入力が進められていく。

 その横顔を見つめながら、莉理香は胸の奥で静かに拳を握った。

 ――自分の選んだ立ち位置は、ただの救護では終わらない。


***


 救護部隊の研修室。

 ストレッチと基礎体力測定を終え、最後に本格的な筋力テストへと進む。


 まずは握力計。


「はい、桐嶋さん」


 カチリ、と金属音。表示を見た教官の眉がわずかに跳ねる。


「……測定器、壊れてないよな?」


「え、なんでですか」


「いや……女性どころか、男でもそうそう出ない数値だぞ」


 周囲の隊員たちがざわめき、ひそひそ声が飛ぶ。


「まだ余裕そうにしてないか……?」


「普通なら顔が歪むくらい力むはずだろ」


 莉理香は小さく肩をすくめる。


(これでも、まだ全力じゃないんだけど)


『魂が満ちれば、もっと面白いことになるぞ』


(黙って)


 続いて背筋力計。

 ハーネスを握り、静かに体を起こす。

 ――ギィ、と金属が悲鳴を上げ、計測機の針が限界付近で震えた。


「……おいおい、医療枠だよな?」


「はい、一応」


「“一応”ってなんだ」


 懸垂やスクワットでも、彼女の筋持久力は明らかに異常だった。

 誰もが「支援職」の常識から外れた光景を、ただ見守るしかない。


 そして打撃チェック。吊られたサンドバッグの前に立ち、莉理香は軽く構える。


「じゃあ一発、全力で」


 ――ドンッ!!

 爆音が研修室に響き渡り、サンドバッグが縦に小さく跳ね上がった。金具が悲鳴を上げ、鎖が震える。


「……これ、人に当てたら死ぬだろ」


『もっと見せてやれ。左右交互で休むな』


(だから人に当てたらダメだからサンドバッグなんでしょ)


『ならば全力でいい』


 次の瞬間――。

 ドドドドドドッ!!

 左右から繰り出される拳の連打。

 サンドバッグは逃げ場を失い、壁に押し潰されるように揺れ続ける。


「速すぎて……目が追いつかない」


 驚愕の声が漏れる中、部隊長・高村は腕を組み、深い息を吐いた。


「……よし、最後にスタミナだ。シャドーで3分いけるか?」


 普通なら軽くジャブやフットワークを混ぜる程度の調整メニューだ。

 しかし莉理香は静かに構え直し――。


 轟音が再び研修室を満たした。

 ドドドドドドドドドドッ!!

 寸分違わぬリズムで拳が降り注ぎ、サンドバッグは高速振動を続ける。


 1分経過――息は乱れない。

 2分経過――拳の軌道はまったく変わらない。

 3分目――むしろ加速している。


「……部隊長、これって」


「俺は軽く動けと言ったんだがな……」


「いや、あれ……人間の動きじゃない」


 最後の一撃でサンドバッグが大きく跳ね、金具が悲鳴を上げる。

 莉理香は涼しい顔のまま手を払った。


「終わりました」


 重苦しい沈黙が場を覆う。

 格闘経験者の先輩が、呆然とした顔でぽつりと呟いた。


「普通はな、豪打を三分も続けたら拳が壊れる。皮も骨も悲鳴を上げる。……手首すら赤くなってねぇじゃないか」


 莉理香は小さく首を傾げる。


「……そういうものなんですか?」


『まだ余力はある。あと3分はいけたぞ』


(ラギル……これ以上やったら私、社会的に死ぬ)


『サンドバッグは生き物ではないだろう?』


(そういう問題じゃないから!)


 場の混乱を断ち切るように、高村が短く告げた。


「……まあいい。とにかく、“前に出ても死なない支援”ってことは確認できた」


 その結果は、救護派遣の正式な登録事項として追記されることになった。


***


【救護派遣登録:追加記録】


対象者:桐嶋 莉理香(ダンジョン災害救護班)


基礎筋力測定

 握力・背筋力ともに女性平均値を大幅に超過。男性上位水準と比較しても高水準。測定器の誤作動なし。


打撃テスト

 吊り下げサンドバッグに対する単発打撃で、通常想定を超える反発・金具の異常振動を確認。被験者は手首等に損傷を認めず。


連打テスト

 左右交互の打撃連続動作において、人間の反応速度では追従困難なレベルの連打速度を確認。


持久確認(3分間シャドー)

 3分間にわたり豪打を連続維持。呼吸・心拍に乱れなし。動作速度は終盤にむしろ上昇傾向を示した。

 通常であれば拳部位に摩耗・損傷が必発だが、被験者には外傷を認めず。


総合所見

 前衛行動に耐え得る身体強化能力を有すると判定。ただし能力の上限値は不明。

 医療枠であるが「前衛投入可能」として特記事項を追加する。


備考

 過度な前衛投入は本来任務と逸脱するため、派遣先は調整が必要。協会で運用方針を検討中。


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