表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/52

第12話 護身術ってなんですか?

 繁華街の居酒屋。

 久々に顔を合わせた高校時代の同期たちが円卓を囲み、ジョッキを打ち合わせていた。笑い声の中、懐かしい空気が広がっている。


 ふと、男のひとりがニヤリと口を開いた。


「なあ莉理香、最近ネットで見たぞ。首を――」


 莉理香は慌てて手を上げる。


「待って、それ以上は言わないで」


 その反応に、別の男が身を乗り出した。


「やっぱりあれ本人か!」


 半笑いの男性陣と、興味津々の女性陣。視線が一斉に集まる。


「え、なにその話」


「配信の切り抜きで回ってきたんだよ。投げからの首蹴り抜き!」


「漫画の古武術みたいだったよな。正直、殺すための武芸って感じだった」


 場を賑わすような感想に、莉理香は氷をかき回し、肩をすくめてみせた。


「……あれは護身の延長みたいなものだから」


 しかし、男のひとりが即座に突っ込む。


「護身ってレベルじゃなかったぞ?」


 胸奥でラギルの声が囁いた。


『護るためには、時にすべてを断ち切る必要がある』


(だからラギル、そういう物騒なフォローいらないってば……)


 男性陣は笑いながらも、どこか居心地悪そうに腰を引いた。対照的に女性陣は頬を紅潮させ、目を輝かせている。


「カッコよすぎる……!」


「しかも色気あるし」


「わたしもその護身術習いたい!」


 慌てて男性が制止する。


「いやいや、真似しちゃだめだって。骨とか、ほら……」


 その言葉にかぶせるように、ラギルが低く笑った。


『骨は、折れてもまた繋がる』


(だからそういうのやめなさいって!)


 テーブルの奥で、真顔になった同期の男がぽつり。


「……正直、あれ見たら告白とかできねぇわ」


 間髪入れず、女性陣が一斉に声を上げる。


「それはあんたがヘタレなだけ!」


 突っ込みが重なり、笑いが弾けた。

 グラスが再び何度も触れ合う。温かな懐かしさの裏で――莉理香は胸の奥に、わずかな違和感を抱いていた。


 この場の空気を壊すつもりはない。けれど、自分の力を知る人間が少しずつ増えていく。その感覚が、この先どう影響するのか――ほんの少しだけ、気になっていた。


***


 終電前、居酒屋を出ると、夜風がほんのり冷たかった。

 駅へと歩く途中、女性陣がこそこそと莉理香のそばに寄ってくる。


 明るい声で最初に切り出したのは、世話焼き気質の 佐伯麻衣。


「ねぇ莉理香、今度さ……護身術教えてくれない?」


 隣で頷いたのは、気配り上手な 藤井彩花。


「そうそう、あんな動きできる人、他にいないじゃん」


「え、私?」


 莉理香が目を瞬かせると、麻衣は茶化すように笑った。


「しかもお医者さんでしょ? 倒してからすぐ治してくれそう」


 莉理香は苦笑し、グラス代わりに持っていたペットボトルを軽く振った。


「いや、それはちょっと違う……」


 冗談半分の会話の中にも、本気の熱が混ざっているのを感じる。


「最近、夜道で変な人が出たって聞いたし。覚えておいて損はないでしょ?」


 彩花が真面目な声を差し挟む。


「動画で見た投げ技……あれって習えるの?」


「習えるけど、受け身ができないと危ないよ」


 莉理香の答えに、麻衣は間髪入れずに言った。


「じゃあさ、次の休みにでも時間つくってよ!」


 女性陣は半ば押し切るように、スマホを取り出してスケジュールを合わせ始めた。笑い声が夜道に響き、雰囲気は明るい。


 ――だが、その輪の少し後ろ。

 一人だけ、笑いに加われない娘がいた。

 中村紗季。


 唇を固く結び、まるで足が地面に縫い付けられたかのように硬直している。視線は下に落ち、表情は凍りついたまま。


 積極的に話していた何人かが、ふと紗季を横目に見る。だが、次の瞬間にはわざとらしく視線を逸らした。その仕草に、莉理香は胸の奥に小さな違和感を覚える。


(……みんな、あの子を守ろうとしてる。でも本人は言えない。事情を知ってるのは――きっと)


 莉理香は自然な動作でスマホを取り出し、「予定を確認するね」と言いながら画面をなぞった。そのまま、麻衣へと短いメッセージを送る。


――〈彼女のこと、あとで少し教えてもらえないかな?〉


 通知音とともに既読がつき、麻衣の横顔が一瞬こちらをかすめた。ほんのわずかに頷き、すぐに指を走らせる。


――〈この件は一人じゃなくて話したほうがいい。事情を知ってる子をもう一人加えるね〉


 数秒後、新しいグループチャットが立ち上がった。主導権を握る麻衣と、短い返事を返す彩花。そのやりとりに、莉理香は小さく息を整える。


 夜道のざわめきの中、スマホの光を見つめながら胸の奥で静かに頷いた。


『……賢明なやり方だな』


 ラギルの低い声が、冷たい夜風に溶けて重なる。


(うん。ここからは、慎重に聞かなきゃいけない)


 ただの飲み会帰りの道が、思いがけず秘密へと続く扉に変わろうとしていた。


***


 その夜、帰宅してシャワーを浴びたあと。

 スマホを手に取ると、同期三人とのグループチャットに新しい通知が光っていた。


〈麻衣〉:さっきの飲み会の帰り……護身術をお願いしたの、本当の理由を話させて。

〈彩花〉:軽口に聞こえたよね。でも違うんだ。

〈紗季〉:……私が、怖い目にあってて。


 既読が瞬く。予想通りの内容に莉理香は息を整え、短く書き込んだ。


〈莉理香〉:怖い目って?


 一瞬、入力中のマークが点いては消える。躊躇の跡。やがて紗季が打ち込んだ。


〈紗季〉:ここ一か月くらい、会社の帰りに……誰かにつけられてる。

〈紗季〉:最初は気のせいだと思った。でも三回。夜道で同じ足音。同じ香水の匂い。コンビニの角でスマホを向けられて……。

〈紗季〉:怖くて。電車も一人で乗れない。


 短い文の連続に、画面越しでも震えが伝わる。


〈麻衣〉:私と彩花は一応ついて帰ったこともあるんだけど……相手が誰かはっきりは分からなくて。

〈彩花〉:だから、どうしたらいいのか正直分からなかった。警察に相談しても「実害が出ないと動けない」と言われて……。


 莉理香は深く息を吸い、指を動かした。


〈莉理香〉:正直に聞くね。頼みたいのは“護身術”だけじゃないよね?

〈莉理香〉:具体的には“護衛”と“相手への対処”まで、私に頼んでる。違う?


 画面が沈黙する。既読だけが並び、入力中マークが点滅しては消える。

 やがて、麻衣が打った。


〈麻衣〉:……そう。巻き込みたくなくて、言えなかった。

〈彩花〉:でも、私たちだけじゃ守りきれない。

〈紗季〉:ごめんなさい……。


 莉理香は、ためらわず返した。


〈莉理香〉:分かった。明日、時間をとって会おう。三人で。

〈莉理香〉:証拠や記録を揃えて、改めて整理する。警察がすぐ動けないなら、動ける手段を私たちで作らないと。


〈麻衣〉:……ありがとう。

〈彩花〉:ほんとに助かる。

〈紗季〉:ありがとう……。


 やりとりを閉じると、莉理香はスマホを握りしめ、目を伏せる。

 胸の奥――竜核が、ゆっくりと熱を帯びた。


『よく聞き出したな、莉理香』


(もう私自身の安全は気にしなくていい。私は守れるから)

『その通りだ。恐怖は人の行動を縛る。ならば、恐怖を刻め。壊さず、逃げ道を残して――な』


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ