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第10話 ちょっとした放送事故

 パーティ全体に、張り詰めていた空気がふっと解けていく。


「手、大丈夫なの?」


 杏奈が心配そうに問いかける。


「えっと……はい」


 莉理香はグローブを外し、手首を軽く回してみせた。革の表面には傷ひとつない。


「格闘技やってたって聞いてたけど……想像以上だわ」


 真由が肩を竦め、半ば呆れたように笑う。


《素手であの威力とかバグ》

《支援職ってなんだっけ(哲学)》


「しかも牽制って言ってたよね? あの勢いで?」


 杏奈が眉を寄せる。


「……咄嗟だったので」

 少し困ったように答えると、場が一瞬だけ静まる。


《咄嗟で頭砕くの草》

《盾より拳が早い世界線》


「いやいやいや、普通は盾とか武器とかだろ」


 村上が手振りを交えて大げさに言う。


「なんで素手なんだよ」


「……そのほうが早かったので」


 淡々と告げると、仲間たちが顔を見合わせる。


「それにしても、そのグローブ……ナックルガードついてるんだ」


 真由が興味深そうに革の甲部分を覗き込む。


「ああいう格闘用の装備、珍しいよね。あれで拳守ってるんだ?」


「グローブは怪我防止じゃなくて……見た目とか、あと、まあ……一応の配慮?」


 答えに仲間たちは顔を見合わせ、ぽかんとしたあと、堪えきれず吹き出した。


「……配慮って何にだよ」


「魔物の頭が粉砕されないための配慮か?」


「いや、もう遅いんだよなぁそれ」


《死人に配慮は草》

《逆に怖すぎるんよ》


 笑いが広がる中、村上が少し真剣な顔を戻す。


「でも……助かったよ、正直。あれ、俺じゃ止められなかった」


 真由も強くうなずいた。


「危なかった。ありがと、莉理香」


「いえ……」


 そう答えながらも、莉理香は胸の奥に奇妙な感覚を覚えていた。

 ――力を吸収する感覚。さっきよりも体が軽く、よく動く。


『悪くない動きだ』


 胸の奥から、ラギルの声が低く響く。


(……褒めてる?)


『ああ。だが、もっといける』


(……手加減は?)


『その言葉の意味がまだよくわからん』


***


 短い休憩に入り、水筒の蓋を開ける。

 全員がそれぞれの位置で息を整える中、弓を手入れしていた真由がぽつりと漏らした。


「……なんか、ずっと安心して撃てるわ。前にあれだけ動いてくれると、撃ち放題だもん」


《火力職がめちゃくちゃ助かる動き》


 杏奈もうなずく。


「防御支援が揺らがないのって、本当にありがたい。あの結界、一度も割れてないよね?」


「……割れないようにしてるので」


《あの結界の安定感バグってる》

《素手で格闘できる回復枠って反則》


 亮介も感心したように言葉を継ぐ。


「後ろから見ててもわかる。回復と結界の位置取りが全然ブレない」


「そうそう。しかも本人が鉄壁だし」


 真由は笑いながら言う。


「普通の支援役って被弾避けるの優先するじゃない? でも莉理香さんは結界ごと最前線に立ってくれるから、こっちは本当に楽」



 村上が短くまとめた。


「前衛からすると、鉄壁が隣にあるだけで勇気が全然違う」


 莉理香は少し肩をすくめた。


「褒めすぎです。でも……支えるのは好きなので」


『支える、か。鉄壁とは良い言葉だ。守りを崩さぬ者は、戦場の要だ』


 休憩所に、結晶灯の淡い光が落ちる。

 仲間たちの笑い声と、ドローン越しのコメントのざわめきが重なり、妙に温かい空気が広がっていた。

 その中心に自分がいる――莉理香自身は、まだその自覚に乏しかった。


***


 短い休憩を終え、一行は再び通路へと進む。

 石畳に響く足音が結晶灯に吸い込まれるように反響し、その明滅がわずかに速まっていた。


「前方、接敵まで十五メートル。中型一、後続に小型複数」


 斥候役の杏奈が声を張る。緊張を帯びた声音に、前衛の村上と亮介がすぐさま構えを取った。

 莉理香は火力陣の前に立ち、結界を展開する。


『右の壁際に流せ』

(了解)


 前衛の剣が魔物の注意を引いた瞬間、小型二体が死角から抜け出した。

 莉理香は迷わず一歩踏み込み、右腕を差し出す。牙と爪は空を切り、その勢いを利用して体ごと回転する。


 ――合気道の小手返し。


 魔物の重心が浮き、そのまま壁に叩きつけられて光の粒となった。


《おおお! 投げた!》

《武術系モーションがきれいすぎる》

《新人ちゃん投げ技持ちなの反則》


 仲間たちが思わず息を呑む中、真由が目を瞬かせる。


「今の……何?」


「ちょっとした護身術です」


 莉理香の答えに、亮介は剣を握る手を強くして口を噤んだ。――護身術の一言で片づけられる威力ではなかった。


 先行していた中型に追いつくと、村上と亮介が左右から牽制していた。刃は甲殻に弾かれ、攻めあぐねる様子がありありと見える。


『左足首の動きが遅い。下から崩せ』


 莉理香は床を蹴り、懐へと潜り込んだ。

 軸足に巻きつくように回転し、巴投げの応用で体重ごと持ち上げる。

 ひっくり返った魔物の剥き出しの腹に、真由の放った魔法弾が突き刺さった。


《投げたああああ》

《重量級も投げちゃうのか》

《火力との連携えぐい》


 戦闘が続くたびに、莉理香の体は軽さを増していく。魂を吸収する感覚。筋肉は微かに膨らみ、血の巡りが速まる。

 手足の動きが滑らかになり、視界が広がっていく。


『力が満ちてきたな』

(……やっぱり、これが“経験値”ってやつ?)

『呼び方はどうでもいいが、確かに溜まっている』


 最後の広間で、小型の群れが後衛を狙って押し寄せた。

 莉理香は結界で進路を塞ぎ、一体を掴んで地面に叩きつける。

 続く二体を腕の返しで連続投げ。


《連続投げ!?》

《結界→投げ→結界の無限ループ》

《支援枠という名の制圧兵器》


 戦闘終了の合図が響き、全員が息を整える。


「……なぁ、やっぱお前、支援じゃなくて前衛じゃね?」


 亮介が半ば呆れたように言った。


「支援ですよ」


 笑って答えると、ラギルが小さく喉を鳴らした。


『どちらでも構わん。強ければ』


***


 休憩の合間、後衛の火力担当――真由が水筒を置いて口を開いた。


「さっきのあれ、なんの格闘技?」


《合気道じゃね?》

《いや、投げたあと殴ってたぞ》

《関節極めからのワンツーは草》


「えっと……合気道と、打撃系の格闘技をちょっと」


 村上が興味深そうに眉を上げる。


「ちょっとで、あれか? どのくらいやってたんだ」


「合気道は高校で三年、打撃は大学で二年くらいです」


《“ちょっと”って言わねぇだろそれ》

《経験年数より威力おかしいって》


「でも、支援と回復が本職だから。格闘はあくまで護身用」


「護身用って、あれは護身じゃなくて撲殺用だよな……」


 亮介がぼやくと、杏奈も小さく吹き出した。


***


 さらに少し進むと視界の先、人型の魔物が武器を構えて突進してくる。

 仲間が警戒して間合いを取ろうとした、その瞬間。


「――任せて」


 莉理香が前へ踏み出す。


 間合いに入った瞬間、合気道仕込みの崩しで軸を奪い、竜の膂力を乗せた投げで巨体を宙へ舞わせた。

 空中で体勢を立て直す前に回し蹴り。金属音と骨の鈍い音が重なり、首が不自然な角度に折れたまま床に叩きつけられる。


 一拍の静寂。仲間全員が固まる。


「……え? 今のって」


「え、いや、首……ええ……?」


 杏奈が目を丸くし、真由が言葉を失う。

 その場に残ったのは沈黙と、配信コメントの洪水だった。


《教科書に載せられない必殺技》

《受け身取れない投げ技は反則》

《投げからの首折りコンボとか回避不能やん》

《医療行為(物理)》


 こうして一つの事件映像が誕生した。


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