表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
99/117

エピローグ 絶宴の星メリナ

皆さん、惑星メリナ編 最後までお付き合いいただき誠にありがとうございます。

エピローグもよろしくお願いします。

──雨上がりの夜気は冷たく澄み、山頂の岩肌を濡らしていた。遠くには、赤黒い炎と煙を上げるシャルロット邸。瓦礫の間にまだ燻る火が、夜空に小さな閃きを撒き散らしている。その奥には、王都アナリヴォの灯が燦然と広がっていた。芸術と科学の粋が重なり合い、無数の光が星空と競うようにきらめいている。メシエが生まれ、育った故郷。だが今、彼女はそのすべてを“焼け跡の向こう”から見下ろしていた。


冷たい風が頬を撫でる。メシエは俯き指先を握りしめた。爪が掌に食い込み、痛みだけが現実を確かめる術だった。雨粒が髪先から滴り落ち、顎を濡らしていく。



「ねぇ……ケイさん、アイさん。……私は……どうしたらいいの……? 死んだら……」


ケイは外套を翻し、夜空を見上げながら吐き捨てるように言った。瞳には古都の光が映り込み、その冷たさを隠さなかった。

「知らねえな。自分のことだろ」


「……わからない……わからないの……おしえてよ……」

メシエは必死に縋るが、答えは鋭かった。肩が小刻みに震え、握った拳が白くなる。


「嫌なら、死ぬのも一つだな」


「ケイ、それは──さすがに……」

アイが思わず口を挟む。

彼女の銀の髪が夜風に揺れ、瞳は炎を映して淡く光った。


「何がだ。濁したところで、現実は変わらない」


「それでも、彼女はただのヒトです……」


「…………黙ってろ」


「……はい」


静寂。


遠くの街のざわめきはここには届かず、ただ風と焦げた匂いだけがあった。


メシエは視線を落とし、唇を震わせた。

「……私が死んでも、誰も悲しまないから……」


ケイの横顔は変わらない。だが言葉は鋭く刺さる。

「誰かのためじゃなきゃ、生きれないのか? だったら、最初から誰も居ないお前に生きる意味はねぇ」


「楽になりたいか? なんねぇよ。なるわけがねぇ。終わった後に何かがあると思うな。ただ無に帰る。感じないだけだ、感じないということも、何も理解もできない……何も残らねえ」


「……わからない……」


「そうかよ。じゃあ、わからないまま死ぬのか。はっ……大したもんだな。何も知らず、諦めて、ただ消えるだけか……あの、初日と同じ目をしてるな。だったら、なんで足掻いた?」


メシエは声を失い拳を握り続けた。涙がぽたりと石に落ち、冷たく広がった。


ケイは小さく息を吐く。

「ふ~……オレも理由なんて知らね。ただ、オレは死ねなかったからな」


懐から小さな宝を取り出す。古びた輝きを秘めた鉱石。月光に照らされ、虹のような反射を放つ。


「これをお前に返す」


「え? これは……」


「レオンが報酬として、レース前にオレに渡した家宝らしいな」


「……うん……パパとママが大事にしていた。何で?」


その瞬間、アイの瞳が夜光を映した。頬を過ぎる風に揺れる髪が光を帯び、まるで星のように瞬いた。


「それは、貴女を拾った場所にあったそうです。この惑星には存在しない鉱物。私が知る限り、どの星の資料にも記録はありません。そして、硬度も密度も……信じられませんが」


ケイは短く目を細める。

「お前は……」


アイも続ける。

「貴女は……」


二人の視線が交わり、同時に頷いた。

「貴女は……少なくとも、二人の宝だった。私たちの存在意義はいまだにわかりませんが……貴女には生きる理由があったんです。ここから先は、貴女次第です」


ケイが肩を竦める。外套の裾が風に揺れ、影が長く伸びた。

「まー、お前はよくやったんじゃないか? 何も知らんただの人間がよ。オレたちの世界でな」




──そして……

『そして、三日三晩。彼女は泣き続けた。声も出ず、身体も動かず、ただ涙だけが流れた。私は理解した──“涙が枯れる”という現象が、本当に存在するのだと』


ケイの低い声が耳を裂いた。

「脱水症状だな。……でも、闘えたじゃねえか。死にたかったはずの癖に、まだ泣いてやがる。……なら、戦えるだろ」


メシエは涙に濡れた顔を上げた。頬は赤く、瞳はなお揺れていたが、その奥に小さな火が宿っていた。

「……うん……わたしは……“私”は、強くなりたい。誰かを守るとか、そんなことじゃなくて。守られなくてもいいくらいには強くなりたい」


アイは静かに頷く。指先がほんの一瞬だけメシエの背に触れそうになり、だが留められる。

「……では、一緒に行きますか?」


「はい……ううん。……うん! いいの?(いいよね?パパ、ママ……セシル)行きたい……ケイ……アイ……よろしくお願いします!」


ケイは鼻を鳴らす。口元にはわずかに疲労の影が見えた。

「……ふん……まぁ、死なないように死ぬ気になれ。オレはお前を守ってやれるほど余裕はないからな……」


続けて、髪をかきあげ気だるげに言い放った。

「そうだな、お前の復讐に付き合った報酬だが……お前が生き残った意味を見せてもらおう。それがいい……」



そして、明け方──エレイオスの陽光が街を照らす。焼け落ちたシャルロット邸。その向こう、王都にそびえる尖塔の影が朝霧に溶け、川面は白金の光を返す。街はなお光を放ち続けていたが、メシエにとってそれは懐かしさではなく、過去との訣別を突きつける光だった。


メシエはその光を見つめ、小さく呟いた。唇が震えていたが、声は確かに朝空へ届いた。

「……さようなら。私は強くなるよ」


その言葉は、朝霧とともに消えていった。


だが私は確かに記録する。

『檻を破り、翼を得ようとした一人の少女の声を』


そしてもう一人。


『彼はいつも死を突きつける。希望など語らず、ただ残酷な現実だけを与える。だがそれこそが、彼自身が“死ねなかった者”として歩んできた証だ。……ただ、いつもと違うのは、彼が私と出会ってから初めて、私以外を受け入れたという事。私はここに記録する、彼の在り方を、これからもずっと──』





一つの旅は終わり、そして誰も知らない場所で、新たな始まりを告げていた──祝宴の陰で、スカイラントレースの映像記録が静かに再生を始めていた。氷河崩壊の最中、奇跡はまさに奇なる出来事として、ある者たちの目に留まった。

新たなる旅立ちと共に、迫る影があった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ