表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
95/117

記録90 それぞれの宴、信じるもののために

1位をかちとったケイ。

誰もがこの伝説を語り続けるだろう。

──白光が弾け、ゼルグラート上空に開いた転位装置から蒼の閃光が滑空した。

エンヴァル・シグマ。翼の残滓を引き、閃光の尾を描きながらゴールを貫く。


《チェッカーが振られた! 1位! ジンマリウス・セシル・アルジェントォォォ!!》


実況の叫びが会場を揺らし、群衆は総立ちになった。

旗が振られ、紙吹雪が宙に舞う。花火が夜空を割り、奇跡の帰還に街全体が震えた。


次々と機体が着陸する。

タリオ、ガルム、サーシャ、ヨアン──それぞれ足を引きずりながらも観客に応え歩む。


「英雄たちだ!」

拍手と喝采が降り注ぎ、名を呼ぶ声が絶えなかった。


だが、最後に降り立ったエンヴァル・シグマのコックピットは沈黙していた。

ケイは耳鳴りに囚われ、視界を波打たせたまま動かない。吐き気が喉を焼き、頭蓋の奥で脈打つ痛みに膝が折れる ……立ち上がれない。


それでも彼は必死に目を開き、ふらつきながら歩み出した。

横切るタリオに並び、震える手で肩を叩く。観客はその光景にさらに熱狂した。


「ライバルを讃えたぞ!」

「友情の証だ!」


喝采が渦を巻き花火が空を裂く。


だがタリオは目を丸くした。

「セ、セシル……!」


ケイは低く掠れた声で一言だけ呟く。

「……タリオ……抗え」


「……あ? えっ?」

意味を掴めず戸惑うタリオ。

それはセシルの仮面ではなく、ケイ自身の声だった。


その時、ステージ奥から群衆をかき分けて駆け寄る影があった。

医療班よりも早く──シャルロット・メシエ。彼女は迷わずケイの身体を抱きとめ、ぐらつく腰を支える。 両手でその顔を胸に抱きかかえ、涙混じりに囁いた。


「……ありがとう」

小さな声。観客には届かない。


だがケイには確かに残った。仮面の下、苦痛に歪む顔がその一言にわずかに震える。

ありがとう?何が……胸の奥に黒いざわめきが走る。

群衆の目には、英雄を包む温かな抱擁と映り、喝采はさらに高まる。街は奇跡の神話に酔いしれた。





──医療塔〈セフィラム〉にて、報道を観るオルテンシア。その手はずっとセシルの手に添えられていた。

セシルはレスピレーターに繋がれたまま、静かに呼吸をしている。


今はただ、生きているだけだ。それで十分だろう。


「セシル……頑張りましたね。レースが、点数が、順位が人生を、運命を決めてしまう。いえ、このレースが始まった時から、既に決まっていたことなのかもしれないわね……この未来も」





──祝祭の轟きが遠ざかり、歓声は虚空へと溶けていく。石畳を滑る黒鉄の専用車両が、街を縫うように走っていた。レオンとメリサは護衛を従えながら会場へと向かっていた。しかし、車内は不気味なほど静かだった。車窓の外には祝祭の花火とネオン。だが、それは牢獄の鉄格子のように背筋を冷やした。


通信機にはノイズしか返らず、アイやケイに連絡は届かない。


「……繋がらん」

レオンが低く呟く。


メリサの指先が震える。

「なぜ……街がこんなに静か……?」


前方に不自然に停まる車影。護衛が声を荒げる。

「前方、遮断されています!」


街の歓声と花火が遠ざかる一方で、通りは異様な静寂に沈み込んでいた。


レオンは窓越しに視線を流す。花火の光がちらつく街角には、不自然に停まった車影。その反対側の路地にも、黒ずくめの影が一瞬だけ動く。


「……完全に、包囲されているな」

そう呟く声は冷ややかだが、掌に重ねられたメリサの手だけは強く握り締めていた。


「……メシエは?」

メリサが不安げに問いかける。


レオンは小さく息を吐き、ダッシュボードに映し出された中継画面を指差した。そこには、セシル=ケイのゴールと、観客の大歓声の中で泣き笑いするメシエの姿。 彼女は一目散に駆け寄り、ケイを胸に抱きよせ涙を流す。


「……あの子……笑っている」

メリサの瞳から一筋の涙が零れる。


レオンは頷き、声を絞り出した。

「……良い顔をしている。……はぁ……いつか私たちの手を離れるだろうと思っていた。だから……閉じ込めてはならないと、そう決めていたが」


「神が哀れんでくださったのだろうか……生まれぬはずの我が子の代わりに、あの子を託してくださった。だから、あの子は奇跡の子、我らの本当の宝……そして導きの灯火」

二人の指先が強く絡み合う。


だが外界は、冷たい静寂に沈んでいた。遮断された路地、背後に迫るヘッドライト、屋根の上に動く影。

着実に包囲は狭まりつつあった。


「……残された時間は、長くはない」

レオンが呟いた。その声は花火の轟きと歓声にかき消され、車内だけに残響した。


街の喧騒は遠い。専用車両が石畳の曲がり角に差し掛かったその瞬間、夜気を裂く銃声が響いた。


「――っ!」


先導していた護衛車両が一瞬にして蜂の巣と化し、炎を噴き上げて停止する。同時に背後を走る護衛も、屋根から放たれた弾丸に撃ち抜かれ、火花を散らす。


「伏せてっ!!」


運転手が叫ぶより早く、左右の路地から暗殺部隊が雪崩れ込む。黒ずくめの影が静かに銃口を揃え、狙い澄ました一斉射撃。


前席の護衛が声を上げる暇もなく、額を撃ち抜かれて崩れ落ちた。隣に座っていたもう一人も、胸を撃ち抜かれ、シートベルトに吊るされるように沈んでいく。


「……っ!」

レオンはメリサを庇い、必死に身を低くする。


だが抵抗する者は誰一人残らなかった。数十秒と経たぬうちに、護衛たちは全員沈黙した。

銃声が止むと、そこに 残るのは石畳に滴る血の音だけ。窓を震わせる花火の轟きが、まるで別世界の祭囃子のように響いていた。



──そして、静寂を裂くように、一人の影が現れる。



黒衣を纏い、悠然と歩み寄る長身。 ヴァイゼルだった。 彼は濡れた石畳を踏みしめながら、撃ち捨てられた護衛の亡骸を気にも留めず車両へと近づく。 薄笑いを浮かべ、その瞳には冷徹な光が宿っていた。


「……さて。本当の勝利とは、全てを掌握してこそだ。そうだろう? 旧き親友よ、レオン……哀れな道化よ」

その声は、祝祭の喝采と同じ夜空を震わせていた。


銃声の余韻が消えた車内。 血に染まった静寂の中で、レオンとメリサは互いの瞳をじっと見つめ合った。 窓の外では花火が夜空を裂き、歓声が響いている。その音が、かえって二人の孤独を強くする。


「ヴァイゼル……まさか、こうなるとはな」

レオンが静かに吐き出す。


「ケイ殿が言っておった……誰も彼も、自分のことばかりだと」


メリサは唇を噛む。


レオンは続けた。

「私たちですら……そして、王ですら。人は皆、自分のために生きる。正義を笠に着て悪魔にだってなれるのだ」


…………。


やがてメリサの瞳に光が宿る。

「……けれど、私たちは違う。メシエを導かねばならない。 正しき世界へと」


レオンは頷いた。

「そうだ。我らはすでに救われている、あの子に」


二人は座席の上で身を寄せ、互いを抱きしめ、短く口づけを交わした。花火の閃光が窓を照らす。その光の中でレオンの声は震えていなかった。


「さあ、ヴァイゼルと向き合おう。親友と戦おう。すまないなメリサ。付き合わせてしまって」


「ええ、大丈夫です。私はあなたの妻ですから」

メリサが微笑む。その瞳に映る決意は恐怖を凌駕していた。


「……あの宝玉を彼に委ねたのですね?」


「ああ。メシエが成人した時に渡そうと仕舞っていた家宝だ。それが我らをあの子へ導いた。ケイ殿に……あれしか報酬はやれんが、きっと赦してくれるだろう」

そう言い残すと、レオンは深く息を吐き、ゆっくりと車の扉に手をかけた。


歪んだドアが、ギィ……重い音を立てて開かれる。二人は互いにもう一度抱きしめ、そして並んで車外へと歩み出た。二人は振り返らなかった。その背に揺れる影はもう祭りの光ではなかった。夜風の冷たさよりも、花火の光よりも彼らの背に宿る決意が強かった。


夜風を切って降り立つ二人。 石畳に靴音が響く。花火の閃光が空を裂き歓声が遠く木霊する。 だが、この路地にあるのは血の匂いと沈黙だけだった。


その沈黙を裂いたのは低い笑い声だった。

「……ふはははっ。娘の活躍は観れたか? 拾い子を育てた、哀れな人形どもよ」


黒衣を翻し、ヴァイゼルがゆっくりと姿を現す。足元に転がる護衛の亡骸を気にも留めず、悠然と歩み寄る。 瞳には一片の揺らぎもなく、口元には嗜虐の笑みが浮かんでいた。


「まったく……余計なことを、所詮血のつながりもない娘なのだ。捨て置けばよかったものを……」


レオンとメリサは肩を並べ、微動だにせずその視線を受け止める。


「どこで拾ったかも知れぬ小娘を……『子が生まれた』とな。神の贈り物? はは……哀れな虚飾だ」


メリサの頬を涙が伝った。だがその足取りは揺るがなかった。レオンは静かに銃を抜き、月光に煌めかせた。


「貴様……どこまでも腐りおって。……ヴァイゼル……親友だったお前と、ここで決着をつけよう」

勝利とは無情なるものの上にしかないのか?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ