記録88 蒼い慟哭、破壊の権化
鳴動する心臓。
ヴィータ・ヌーダ VS アイ
フレア・ドライブ VS ケイ
──陽光が木々の隙間から差し込み、影を縞模様に刻む山間の細道。昼下がりの明るさの中で、血の匂いだけが異質に濃く漂っていた。
白面を被った十二の影が、一様に声を震わせた。
《まさか……貴様……その光……》
そして叫びは合わさり、呪いのように響く。
まさか……
《《── TALOSかっっ!!》》
一瞬にして空気が凍りついた。戦闘狂として恐怖を知らぬはずの彼らが、その名を前にして思わず足を止めるほどに。
アイは無言でその名を受けた。胸奥の核融合炉が唸りを上げ、赤紫の人工血管が脈打つ。輝きは青白い星光を孕み、まるで天の導きを宿したかのようだった。
《馬鹿な……》
《あり得ん……》
《『骸装』を展開しろっ!!》
怯えと興奮が混じり、十二の仮面が一斉に動く。黒装束の下から、重厚な駆動音が漏れた。彼らは最新鋭の強化外骨格を纏っていた。出力は常人の百倍、木々をなぎ倒し岩を砕き、狂人の軍勢の如き破壊を撒き散らす。
最初の三人が突進。腕が大木をへし折り、岩盤を叩き割って粉塵が舞う。常人なら影すら追えない。だが――
「遅い」
淡々とした声とともに、三人の骸装はひしゃげ、仮面の下から微小な唇が血を吐き、臓器を撒き散らしながら20メートル上空へ吹き飛んだ。枝に引っかかり、時間差で地に叩きつけられ絶命する。残る九人が息を呑む。
次の瞬間、残党が一斉に連携した。四人が重力制御装置を起動し、アイの周囲に圧倒的な重力場を展開。地面は悲鳴を上げるように沈み、岩盤が割れて粉塵が爆ぜる。だがアイの身体は揺るがない。赤紫の光脈が脈打つだけで、大地が沈んでいく。
《効かない……!?》
その瞬間、二人が同時に跳躍。空中で回転しながら、腕部からビームライフルを展開。閃光が林を薙ぎ払い、木々を焼き裂き空気を焦がすが、その軌道は決してアイを捕らえなかった。残像が閃き、彼女は刹那に敵陣へと入り込む。
さらに背後から二人が巨大なブレードを振り下ろす。大地が裂け、土煙が立つ。だがアイは既に一歩先を踏み、すり抜けるように間合いを外す。空振りした刃が味方を崩し、隊列は乱れた。
「……隙しかありませんが……?」
拳が振り抜かれ、骸装は潰れ、中から血と臓物があふれ出す。吹き飛ばされた死体が木々をなぎ倒し、他の影を巻き込んで地面に叩きつけられた。
《視えない……!》
《くっ……この化け物がぁっ……!!》
残り六人。戦慄と歓喜の恍惚に駆られながらも、背を合わせ円陣を組み、重力場、ビーム、鋼鉄の腕――必殺の連撃を繰り出す。木々はなぎ倒され、岩は砕け、山道そのものが戦場へと変わっていく。
だが、その渦中でただ一人、アイは揺るがない。赤紫の光はさらに強く脈打ち、核融合炉の低い唸りが大気を震わせた。その一歩ごとに、六つの仮面の奥で瞳が恐怖と歓喜に濡れる。
《……これが恐怖か。いや、この震えは歓喜と恍惚が混ざり合ったもの……》
言葉と同時に姿が揺らぎ、六人は一斉に膝を折った。外骨格ごと首筋を断たれ、赤線が奔り、遅れて鮮血が吹き出す。絶叫が木霊し、やがて静寂に変わった。
アイは血煙の中で静かに呟いた。冷徹な声の奥に、ほんの一瞬だけ哀れみが滲んだ。
「あなた方は本当の強さを知らない……」
最後の一人はまだ息を引き取っていなかった。仮面越しに震える声で、掠れた言葉を吐き出す。
《……せ……せい……どう…の、きょ…じん……、どこ……で》
そのまま仰向けに倒れ、動かなくなる。
飛び散った鮮血は微細な霧となり、陽光に赤い霞を漂わせる。それを最後に、アイは掌を掲げ青い炎で痕跡ごと消滅させた。
──殲滅完了。
アイは冷徹に残火を見下ろし、わずかに唇を動かす。
「TALOS……懐かしい呼び名ですね」
それは──核搭載ヒト型人工知能(Tactical Artificial Lifeform with Orbital-core System)TALOS
コードネーム『星導の虚人』又は『青慟の虚人』と呼ばれる戦略核兵器の一つ。かつて百年戦争の最終盤、人類が生み出した自律型の核兵器。惑星単位の破壊、防衛に投入され、それは“神の雷”と呼ばれた。導くはずの光は破滅をもたらし、救済と殲滅の境界を見失った結果、宇宙をも滅ぼしかねない矛として恐れられた。戦後、その全てが回収・廃棄されたと公表されたが──その名は、今なおこの人形に宿っていた。救済か、殲滅か。導くはずの光は、いまもなお彼女の内に脈動していた。
oooo──……
静まる青慟に耳を傾けた後、彼女はフードを脱ぎ白銀の髪を靡かせて視線を空へ移す。
「ケイへ報告を──」
……通信不可……? ケイ……。
──そして、暗闇に落ちた氷河の断崖は荒れ狂っていた。
フレア・ドライヴが解放され、空間を裂く衝撃波が氷河地帯全体を貫いた。氷壁が音を立てて裂け、崩落が連鎖し、粉雪が白煙となって舞い上がる。観客席から悲鳴と歓声が入り混じり、観客が総立ちとなり渦を巻くように揺れていた。
ケイの耳鳴りは頂点に達し、脳天を穿たれる。意識が白く飛び、失神しかける。だが次の刹那、彼は己の力で脳の揺らぎを抑え込んだ。強烈な負荷の中、仮面の下で顔を引きつらせる。
「……くうっ……ぐ!」
誰に視られるでもなく、誰に苦痛を慰められるでもなく。独り、仮面の下でもがいていた。
「だが……そんなもんじゃな……ヒトは殺せねえ」
タリオに吐き捨てるように呟き、さらに加速する。ケイの力は波紋のように空間を伝い、フレア・ドライヴの衝撃に争う。制御を失いかけた他の機体も、その波紋に救われる形で致命的な損傷を免れる。
だがそれは守るためではない。勝利のために必要な調整に過ぎなかった。
エンヴァル・シグマが再び氷壁をかすめ、氷河の峡谷を駆け抜けていく。背後に並ぶタリオ、そして迫るヨアン、ガルム、サーシャの機体。断崖の氷が次々と崩れ落ち、レースは狂乱の極みに達していた。
【実況】
《氷が崩れる!選手たち、避けられるか!?》
【解説】
《突如巻き起こった地殻変動かっ!? 衝撃波で通信機器は損傷!映像が乱れる……一体何が起きているのか!?》
管制卓のモニターが一斉に砂嵐を映し、数秒の空白の後、衛星からの視点に切り替わる。上空から捉えた映像は衝撃的だった。峡谷そのものが裂け、氷河は大規模に崩れ落ち、地形が変貌していたのだ。粉雪と氷塊が空へと巻き上がり、白い嵐となって渦巻いていた。
その嵐の中心に、ケイとタリオ、そしてヨアン、ガルム、サーシャの機体が飲み込まれていく。轟音が全周囲から響き渡り、視界は真っ白に閉ざされた。
【実況】
《全機、嵐に巻き込まれた!これは……!!》
観客席から悲鳴が上がる。誰もが次の瞬間を予想できなかった。氷と風が狂乱し、空も大地も区別できぬほどの混沌へと変わっていた。
キイィィィィィ――――――――ン……
直後、耳鳴りが空間を覆い尽くした。
アイの正式名称がついに明かされた。
しかし、その彼らも灰燼と帰す。




