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記録08 交差する道標

ちょっとした遊び心を加えつつ、様々な交差を散りばめてみました。

裏通りに佇む居酒屋『カウボーイ・ビーバーズ亭』。木製のドアを押し開けると、異種族たちのざわめきと温かな照明が出迎える。壁には古びたポスターやいつのものかわからない手配書が貼られ、店内にはスモークが漂っていた。


ケイとアイの二人は無言で店に入る。ケイはカウンター席に腰掛け、アイは彼の隣に立つ。店主のスパイス——獣人属ビースト齧歯類グレリス海狸キャスターの男が、グラスを磨きながら声をかけた。


「ほお、珍しいな、こんな場所にヒトが来るなんてな。何飲む?」


「いや、水でいい」

ケイは短く答え、スパイスは鼻で笑った。


「おいおい、酒場で水かよ。……まあ、客は客だ、とりあえず出してやるよ」


しばらくして、ヴェルヴェットのクルーたちが続々と店に入ってきた。シェーネが真っ先にケイの隣に座り、他のメンバーも背後のテーブルを囲むように席に着く。


「マスター、私にはメロン・ラムを」

シェーネが隣からスパイスに声をかけ、そのままするりと腰をかける。細く長い美しい脚を組み煙草に火をつける。


「おっ、目のつけどころがいいじゃねぇか、べっぴんさん。オレはな、バーテンダーもやってたからよ。カクテルは得意なんだよ。それにしても、この小僧はあんたの連れかい?」

スパイスはニヤリと口角を上げ、メロンとレモン果汁をラム酒とシェイクして、ほんのりとろみのあるスッキリとした甘さの美しいカクテルを提供する。


ケイの髪の色に似たエメラルドのそのカクテルに、スパイスは小洒落た小さな赤い花を添える。それはシェーネの赤い髪のように煌びやかだった。


「ふふ、なかなか手が込んでるわね。それにしても2人とも早かったわね」

シェーネがグラスを口元に運びつつ2人に声をかける。


「あー。予定通りな」

ケイはシェーネを横目に無表情のまま答える。


シェーネは小さく息を吐く。


「さて……とりあえず、データベースのハッキングは失敗したわ。でもね……こんな古いコロニーでは考えられない程精巧なセキュリティがあったの。きっと何らかの重要な情報が隠されている」


商業都市に来たのも、物資の補給や船の修理はもちろんのこと、様々な情報が集まる場所でもあるからだ。しかし、少なくともこの古びたコロニーに期待してはいなかった。


「…試してみるものね」

赤い唇が小さく微笑む。


そこに、バードマンがエールを片手にケイの肩を組み口を挟む。


「そうなんだよ。ただの商業都市じゃねえな、あの監視塔に何か隠してやがるぜ。なぁ?じーさん」

まるで自分が確信をついたかのように自慢げに話す。


DDはその様子を見て、楽しそうに頷いた。


「ほっほっ。バードの言う通りじゃ。闇市で手に入れて多少改造したハッキング・デコイを使ったんじゃがな、表面のセキュリティは簡単に突破できた。しかし、その奥にある中央データベースにアクセスした途端、一瞬で逆探知されおったわ」

白く伸びた眉毛を指先で転がす。


シェーネはさらに興奮気味に言葉を重ねる。


「それだけ強固なセキュリティがこの片田舎に存在するなんて普通じゃないわ。中央データベースにはこのコロニーに集まる全ての情報が管理されてるはず。だけど、何かを隠蔽したように空白が点在しているみたいなのよ……」


少しの沈黙の後、店内のモニターにニュースが流れた。


《――本日のニュースです。本日、メルカトル時間、午前15時72分のこと、エリア6雑居ビルの一室にドローンと警備型機械人形(ガードマン)が複数機駆けつけ、何かを捜索する姿が確認されています。政府の話によると、監視塔システムの誤作動だったとのことです。しかし、警備用機械人形がこの一般居住区に出動するような出来事は過去にありません。住民は不安を募らせています――。またそれに対して自警団が詳細を公表する様に抗議活動を行っています。引き続き詳細をリポートしていきたいと思います――》


モニターにはドローンが雑居ビルの窓を破壊して突入する映像が流れ、遠巻きに見守る住民たちの姿が映し出されていた。市民の中には抗議の声を上げる者もいれば、不安そうにただ見守る者もいた。自警団のリーダーが拡声器を使い、「政府は何を隠しているんだ!」と叫び、市民の怒りと不安が街に渦巻いていた。


店内にいる多くの客もそのニュースに話を弾ませている。


「あら、流石に目立ちすぎたかしら。コロニーに出入りしている船の一斉捜査が始まる前に……そうね、行動するなら今夜しかないわね!」


シェーネはくいっとカクテルを一息に吞むとカウンターを大きく叩いた。


「そうじゃの。確かわしらがドックに乗り入れた時、ここには他にも海賊船とハンターの船もあったようじゃが、このコロニーには毎日数十万人が往来しておる。玄関口を封鎖するほどのリスクは負えんじゃろうて。簡単にわしらの足が着くことは無かろう。それに住民への説明もできない状況じゃからの。隠し事をしておるのはお互い様という事じゃわぃ」

なんとも楽し気に話すDD。


自身が表立ってミッションに関わることがさほどない老人にとっては、今回の出来事は若い頃を思い出すようで血が滾って仕方がなかった。


「おい、じーさん。あんた、ハッキングの時に若造がって説教垂れたくせによ。一番血の気が多いんじゃねぇのかーおぃ!」

バードマンはエールを飲み干してDDの腰掛ける椅子を軽く蹴る。


「だが、いずれにしても早々にここを出た方がいいだろう」

ジークフリードは冷静にその興奮を沈めた。


そして、騒めく店内の様子を他所に、オダコンが静かに口を開いた。


「ケイ、お主らも我らと共にいかないか?このまま一緒に行動すれば、アークの謎にも近づけるはずだ」


シェーネも微笑みながら続ける。


「あなたたちなら歓迎よ。あなたは『殺し屋のK』として裏社会では都市伝説的な存在。素顔を知る者はおらず、相棒は従順なアンドロイドだけ。信頼性は高いし、情報漏洩のリスクも少ない。……この先にある危険も乗り越えられると信じられる」


ケイはグラスをつたう水滴を眺めながら答える。


「……お前らを守れるほど、余裕はない」

ケイはシェーネの手元からその顎先まで視線を移すが目を合わせることは無かった。


シェーネはすぐに微笑みを浮かべた。まるで最初から答えを知ってたかのように。


「わかったわ。でも、気をつけてね」


ケイは何も言わず立ち上がった。アイも無言で後に続く。そして、バードマンがケイの尻を(はた)いて声をかける。


「おいおい、つまらねえぞ。せっかく一緒になれたのによ」


「え~、もう行っちゃうの?せっかく集まったのにさ」

シークレットも小さく落胆した様子ではあったが、冗談を交じえて笑顔を見せる。


ケイは振り返ることなく、片手を軽く挙げて無言の別れを告げる。


ジークフリードはカウンターの片隅で仁王立ちし、アイに静かに目で挨拶を交わした。アイもわずかに頷き返す。


ジャックは陽気に笑いながら、去り際のケイの背中を軽く叩き、「またな、K」と声をかけ、手を振った。


去り際、ケイはわずかに振り返り、低い声で言い放つ。


「オレ達はルードゥスに戻る……仕方がないから手伝ってやるよ。ただし…報酬は完成されたアークそのものだ。俺にも使わせてもらう」


その言葉に、シェーネは静かに頷いた。



ケイとアイが去った後、ヴェルヴェットのクルーたちはテーブルを囲み、次の作戦について話し始めた。


「中央データベースへの再侵入は不可避か」

ジークフリードが低い声で言い、皆が静かに頷く。


「だが次は、あのセキュリティを突破するための新しい手を考えなきゃな」

バードマンがグラスを傾けながら言うと、DDが目を大きく見開き眉を上げる。


「ふむ、わしに任せておけ。奴らの目を欺く細工を考えておるわい」


その時、シェーネがふと立ち上がった。


「……こんな時こそ、気持ちを一つにしなきゃね」

彼女は静かに口を開き、古い海賊の歌を歌い始めた。


その歌声は力強くも美しく、酒場にいる全員の心を掴んでいった。


♪「遥か彼方の宇宙(そら)へと、我らの旗を掲げよう。闇を越えて夢を追い、自由の風を掴むまで——船は闇を裂き、星を越える。仲間と共に、自由と栄光のために——生きるも死ぬも、同じ宇宙(そら)の下——」♪


クルーたちはシェーネの歌に合わせてグラスを掲げ、声を重ねた。


「自由の風を掴むまで!」


スパイスがカウンター越しに叫んだ。


「これぞ海賊の魂だな!」


皆が笑顔を浮かべ、再びグラスを掲げる。


「ヴェルヴェットに栄光を!」


全員のグラスがぶつかり合い、酒場に歓声が響いた。その瞬間、ヴェルヴェットのクルーたちの絆はさらに強く結ばれたのだった。


クルーたちは再び静寂に包まれた。シェーネはグラスを置き、決意を込めた声で言った。


「監視塔に直接潜入するしかないわ。遠隔じゃ限界があるわ」


「任せてよ!ウチらが潜入してやる」

「我らに任せてくれ」

そう言って、シークレットとオダコンが同時に声を上げた。


しかし、バードマンは不安げに眉をひそめた。


「大丈夫か二人で?今回はかなりのリスクがあるぞ」


「問題ないっしょ!」

シークレットは自信たっぷりに微笑む。


DDはテーブルの上に小さなホログラムを表示しながら侵入経路を確認する。皆それを囲み覗き込む。


「監視塔内部のマップはこれじゃ。外壁は強化合金で覆われておるが、裏口の換気ダクトから侵入できる可能性が高い」


バードマンはホログラムに目を凝らす。


「見張りのパターンは不規則だな。突破するなら、夜の方がチャンスがある」


シェーネは深く頷いた。


「なら、作戦は決まりね。シークレットとオダコンが潜入、私たちは遠隔でサポートする。各自、準備に取り掛かって」


「潜入用の装備はオレが整えておく。予備の武器も持たせるさ。オレはヴェルヴェット号を出してステルスで待機しておく。万が一見つかった時は、すでに第八ドックに小型輸送船(ボート)を手配しているからそれで合流するんだ」

まさに信頼にたる男、ジークフリードが渋い声で言った。


オダコンは静かに頷き冷静に目的を共有する。


「シンプルに行こう。無駄な戦闘は避ける。情報だけを持ち帰ればいい」


シェーネは微笑みながらグラスを掲げた。


「それじゃ、ミッション成功を願って~…」


「よっしゃ!もう一杯やろうぜ!」


バードマンが声を張り上げた。





陽気な宴会を広げるヴェルヴェットのメンツに接客を終えたスパイスがカウンター越しに眉をひそめて問う。


「さっきの小僧はどこ行った?水だけしか飲まないでよぉ」

バードマンがニヤリと笑い冗談交じりに言う。


「あんたの酒は味がしないんだってよ!」


「なっなんだと!あの小僧呼び戻せっっ!!」

スパイスは袖をまくって憤りながら叫び、店内に笑いが広がった。






ケイとアイはドックに戻り、アマデウスへと乗り込んだ。船内は静まり返っている。先ほどまでの賑やかささが嘘のようだ。


「…ふぅ〜…。ようやく静かになったな」

ケイは深く深呼吸をする。


「たまには、良かったんじゃないですか?」

アイは前に腰掛けるケイの後ろ髪を見ながら、彼女の瞳の中の光の羅列が複雑な動きを見せる。


アイが操縦席に座ると、アマデウスから細いケーブルが伸び、彼女の背中に接続された。微細な光がケーブルを走り、アマデウスとの意識の連結が始まる。アイの目は一瞬だけ青白く光り、視界にはアマデウスのシステム全体が広がる。エンジン出力、タキオン粒子の流れ、周囲の空間データ——すべてが彼女の意識と一体化する。


「目的地、ルードゥスへ設定しました」


ケイは無言で頷く。


「タキオンホールへ進みます」


アマデウスが深い振動音を響かせ、超光速空間渡航装置(タキオンホール)に設定した目的地が承認されると、タキオン粒子流れが船体を引っ張る感覚がある。


ケイは窓の外を見つめ、どこか遠くを考えているような表情を浮かべていた。アイはそんなケイを一瞬見つめたが、彼の心情を読み取ることなく、アマデウスとの意識の統合に集中していた。


やがて船は超光速空間渡航装置(タキオンホール)へと突入する瞬間を迎えた。宇宙空間がまるで水面のように揺らぎ始め、光が一点に収束していく。アマデウスの船体を包む眩い白い光が輝きを増し、周囲の空間は歪み、ねじれ、無数の光の粒が螺旋を描きながら渦を巻く。


突入の瞬間、強烈な閃光が広がり、アマデウスは一気に吸い込まれるようにして超光速空間渡航装置(タキオンホール)の中へと消えた。外界の音は完全に消え、静寂の中で無数の光の帯が船体を駆け抜ける。時間と空間の概念が曖昧になり、現実と幻影が交錯する幻想的な光景が広がった。


ケイはその中で目を閉じ、ただその瞬間を静かに受け入れていた。

小さく息を吐きながら呟いた。


「……俺は、身体を治したいわけじゃない。ただ……生かされている理由を知りたいんだ」


アイの表情は変わらないが、その言葉を理解していた。彼女にとってケイの言葉はただの音ではなく、自身の存在理由そのものだった。彼女はケイを生かすために存在しており、ケイが生きている理由を見つけることが、彼女自身の生きる意味でもあった。だからこそ、彼と共にいることが全てだった。





ヴェルヴェットのクルーたちはドックに戻り、監視塔への潜入準備を進めていた。シェーネはヴェルヴェット号のブリッジから街を見下ろし、呟く。


「さあ、これからが本番よ」

その目には、確固たる決意とわずかな不安が混じっていた。

ここで超光速空間渡航装置タキオンホールの出番がついにありましたね~。この巨大円環はかく恒星間移動の要です。この恒星間移動を叶えるためにどれだけの時間と労力、犠牲を出したかを想像すると恐ろしい限りです。そのうち設定をのせたいと思います。

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