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記録78 秩序と正義の証明

シャルロット家にて会議が開かれる。

──扉が静かに開かれた。

石造りの荘厳な大会議室。その中央には楕円形の長卓があり、すでに幾人かの貴族が席に着いていた。

ケイとアイが案内されたのは、その一角。壁際には古代機構時代の計測機器が装飾として並べられ、天井には王家の紋章を模したレリーフが浮かぶ。


「こちらへどうぞ」


従者に促され、ケイは席に向かう。アイもそれに続く。

目の前には数名の男たちが座していた。いずれも紋付きの正装を身にまとい、表情は一様に硬い。王都内政局、貴族院、各都市連合の監察官──そして、その中央にはシャルロット家当主レオンと、その傍らにメリサの姿があった。

メシエもすでに席についていた。彼女はケイの姿を一度だけ見やると、すぐに視線を落とした。


「揃いましたな。では、始めましょう」

低く落ち着いた声が響いたのは、王都連合議会の筆頭代行、エルゴ・クライン。


「まず確認事項として申し上げますが、昨夜の件──すなわち祭典期間中に発生した事案については、現在進行形での調査対象とし、関係情報の外部流出は禁じられています。よって本会議も、極秘裏に行われます」


ざわつく空気が一瞬流れた。


「当該案件については、すでにシャルロット家より、当惑星オリンピア開催本部への上申がなされています。詳細は、後ほど非公開回線を通じて確認可能です」


「……正規ルート、ですか?」


ひとりの貴族議員が眉をひそめる。


「ジンマリウス家には?」


その問いに、レオンが静かに答える。

「ジンマリウス家にはまだ正式な通達は出しておりません。ご承知無いのでしょうが、セシル殿は依然として意識不明のまま。現時点で家門としての公式な発言権は留保されております」


「そんな馬鹿な……だとすればつまり、情報の掌握は貴殿が一手に?」


「否。我らは事実を速やかに報告したまで。あとは銀河連盟と開催本部への通達をするのみ」


会議室には再び沈黙が落ちた。


その背後でアイの視線が微かに動いた。すでに複数の通信波を探知している──この空間は強く監視され、記録されている。だがそれでも、ここに集められた面々が欲しているのは、裏の整理だった。


「……さあ、皆様。あの晩、何が起こっていたのか──我々が見ていないものとは何だったのか。まずはその報告から伺いましょう」

クラインの声に、全員の視線がケイとアイへ向けられる。


だが、その前に──と、レオンが静かに手を上げた。


「お待ちを。皆様に先んじて、ひとつだけ申し上げておきたい」

席を立ち、レオンはゆっくりと視線を会議の全体に巡らせた。


「こちらの二名──名をケイ、そしてアイという。あくまで外部の正式な傭兵契約に基づき、一時的に我が家の保護下に置いている者たちだ」


場がわずかにざわめいたが、レオンは構わず続ける。


「彼らの行動は、我がシャルロット家の意思と重なるものではあるが、直接的な命令によるものではない。しかし、責任の所在は我が家が引き受けるとここに明言しておく」


言葉の一つ一つが重く沈む。


「……それでは続けてくれ」


ケイは空気を無視するように、無言で立ち上がった。


「……ああ」


静かな朝の光が会議室の高窓から差し込んでいた。


その光を背に、ケイはゆっくりと口を開く。

「昨夜同様、少し話しておく。……敵は年単位でこの惑星に潜み、画策していたんだろう。そして、この墜落劇、まんまと公開処刑されたわけだ。……あの旧補給港が、こんな形で息を吹き返すとは皮肉なもんだな。ただまぁ、そこにももう痕跡は残っていないだろう。奴らの目的はすでに果たされてる。事実セシルは墜落し、惑星メリナはこのレースに敗北したも同然」


言葉を失う皆々。

スカイラントレース、この惑星の祭事が銀河規模で描かれる栄誉と誇りに、浮かれていたのやもしれぬと。


「ヴィータ・ヌーダは殺しに信念を持つ連中だ。もし、まだこの星に潜んでいるとすれば……今度はオレを狙ってくるだろうな」


一同の表情が険しくなるのをよそに、ケイは淡々と続ける。


「あんたたちは、今後のことでも考えてればいい。オレたちは首を突っ込んじまった礼として、手持ちの情報を出してるだけだ。……後は好きにすればいいさ」


ケイの言葉はまるで風穴だった。

長く澱んだ空気を揺らし、誰もが目を逸らしていた場所に火を灯すような。ただ、その奥底にはごく僅かに──レオンとその家の意地に対する、静かな敬意が滲んでいた。

ケイの背後では、アイが静かに立ったまま、会議室の天井装飾を見上げていた。感情の読めないその表情に、誰も気づくことはなかった。


数秒の沈黙ののち、レオンが再び口を開く。

「そうだ、皆も気づいているはずだ。この件の背後には、いくつかの“力”が絡んでいる」


静かに立ち上がったレオンが、会議卓をゆっくりと見渡す。

「ジンマリウス家が沈黙を保っているのは、セシル殿の事故によるもの……同時に、その背後で状況を注視している証左でもある。いずれ、しかるべき時に動く」


その言葉に、貴族たちの間でわずかな緊張が走る。


「王家もまた、いかなる声明も出していない。しかし──沈黙こそが監視であるということを忘れてはならない。表向きの混乱を避けるため、彼らは水面下で収束を望んでいる」


メシエのまつげがわずかに揺れる。伏せたままの視線の奥で、口元がほんの少し引き結ばれた。


「貴族院の一部──いや、幾人かはこの事態を、駒として動かそうとしている。だからこそ、我が家は彼らの存在を伏せ、銀河連盟への報告を決めた」


その声に、アイの瞳が淡く波打つ。彼女の顔には感情の色はない。ただ、手元のデバイスを操作しながら、点滅する暗号通信の波形を見つめている。


「これは、我らが“星の秩序”を第一に据えた処置だ」

発言を終えたレオンがゆっくりと席に戻ると、短い沈黙が落ちた。


その時、長卓の奥で軽く咳払いが響いた。

年嵩の貴族がゆっくりと身を起こし、視線を巡らせながら静かに言葉を継いだ。

「……私は、レオン殿の意見に一定の理解を示したいと思う。あの晩、起きたことを完全に言葉にするのは難しい。だが、現場にいた者の責任と判断が、こうして即座に報告として形になったこと──まずはそれ自体を評価すべきだ」


その言葉に、場の緊張がわずかに緩む。発言したのは貴族院の中でも温和派とされる老侯爵だった。

「我らは星の名誉を守らねばならぬ。そのためにこそ、このような場がある。感情と秩序のあわいを縫うような判断が求められるのだとすれば、シャルロット家の行動はその責務に応じたものと受け取れる」


言葉を終えた老侯爵はそっとレオンに目を向けた。レオンはそれに軽く頭を下げ、ほんのわずかに目を伏せた。


沈黙の中、アイの視線が老侯爵へと向けられる。だが、その表情に変化はない。ただ、僅かに首を傾けたその仕草が、まるで“興味深い”と言っているかのようだった。


しかし、その静けさを断ち切るように、反対側の卓から冷えた声が投げかけられた。

「……だが、それで本当に良いのでしょうか?」


問いかけたのは、鋭い視線を向けた男爵、トラウス・エイデン。重鎮の一人であり、強硬派としても知られる存在だ。


「結局のところ──そこの外部傭兵とやらは、何者なのか。我々には何も知らされていない。素性も目的も不明な者に、この一件の収束を委ねるとは……」


彼の言葉にケイがわずかに目を細めた。何も言わず、それでも相手の視線に対してまっすぐ視線を返す。


「我々は秩序を守る立場にある。その我々が、正体不明の者を是とするのであれば……貴族院はいったい何を根拠に物事を判断すべきなのか」


アイは顔を上げることなく沈黙を貫いている。


重たい空気の中でレオンはわずかに息を吸った。動じた様子はなく、淡々と語り始める。

「……仮に私が、誘拐された娘の命の危機に際して、沈黙を選んだとしたら──それは、責任放棄だと受け取られるのではないか」


エイデンが片眉を上げたが、口を挟もうとはしない。


「私が現状を報告するのは、エゴか?……私情かっ!?むしろ、王家の沈黙もまた、威信を守るための私情だろう。そしてジンマリウス家も、未来の名の下に沈黙を選んだ……私は、そう理解している」


それを聞いたメシエがわずかに顔を上げた。だが視線の先にレオンはおらず、その目は何か遠いものを見ているかのようだった。


「惑星メリナの威信を守りたい。それは皆、同じはずだ。ジンマリウス家が“セシル殿は軽傷”と発表したのも、希望的観測ではない。彼らも策を講じているところだろう」


「ならば──我々もまた、策を持たねばならない。この混乱に飲まれぬように」


張り詰めた空気の中で、ひとりの政務官が席を立った。白髪混じりの年配の男で、その目元には深い苦悩の色が滲んでいた。


「……メシエ様。我々は、貴女を傷つけるために動いているわけではありません。どうか、ご理解ください。オリンピアとは──命を賭してでも、得ねばならぬものなのです」


メシエはその声に小さく反応したが、言葉は返さなかった。ただ、両手が膝の上で固く握られたままだった。


「銀河世紀4年に一度。天の川銀河系を挙げて開催されるこの祭典で、開催権を得た惑星には計り知れない恩恵がもたらされる」


「それは単なる経済的利益ではありません。技術連携、外交優遇、そして数世代に渡る安定と繁栄……数千、いえ数万倍規模で!」


政務官の目がメシエからゆっくりと離れ、会議室全体へと向けられる。


「たとえば、銀河世紀11年の第3回オリンピア開催地・惑星テラフェリアは、今や銀河第8圏で最も影響力を持つ星系のひとつです」


「我々は、その重さと引き換えに、未来を得ようとしているのです」


一瞬の沈黙。


そして再び、エイデンが座ったまま低く言った。

「……それでも、惑星を守るという姿勢は、貴族として、そして政府として、あるべきではないのか」


声には、強い抑圧が込められていた。


「報告を上げるだけで満足するなら、この会議の意味はない。我々は報告書を用意するが──」


メシエへと、ゆっくり視線を向ける。


「メシエ様がすでに救出されているという事実。それは、我々にとって唯一の優位だ。ジンマリウス家はそれをまだ知らない……互いに情報を封じている今、ただ静観していては手遅れになる」


「残された時間は──第2レースまで、あと2日。だからこそ、我々は“メシエ様が無事である”ことをジンマリウス家に正式に通達し、会合の場を設けるべきではないか……私は、そう提案します」

彼らには彼らの主張と正義が。

どちらが正しいのか?

それは未来しか知らない。

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