記録76 異界からの訪人
さて、語られた空白、シャルロット家はケイとアイをどうするつもりか?
これまで語られなかったことを一部、説明させていただきます。
短めではありますが、是非、この世界観を少しでも感じてもらえる一話になりますように。
──沈黙が、空間を支配していた。
ホログラムに映し出された記録映像は、今まさに終わったばかりだった。拉致、監禁、ノーメンとの戦闘、そしてメシエ奪還──それらすべての記録が、言葉ではなく事実として空中に刻まれた。
誰もが声を失っていた。レオンでさえ、口を閉ざしたまま天井を見上げている──だが、その沈黙を切り裂いたのは、銀髪の女だった。
「……補足情報があります」
アイが一歩前に出る。
メシエが、びくりと反応する。わずかに紅潮した目元がアイを見つめた。
「ジンマリウス・セシル・アルジェント様について報告いたします」
室内の空気が一段と張り詰めた。
「事故後、セシル様は応急処置を経て、現在──ここゴンドワナ連合王国、その中心医療機関である王都貴族衛生局直属・医療塔〈セフィラム〉の集中治療隔離室に収容されています」
メシエの口から、かすかな息が漏れる。
「……意識は戻っていません。レスピレーターによる生命維持が施されており、近日中の回復は極めて困難であると判断されています」
「っ……う、うそ……」
メシエがふらつき膝をつく。
そのまま、崩れるようにして絨毯に座り込んだ。
「……わたしのせいだ……っ」
震える声。肩が小刻みに揺れる。
「わたしが、あの場にいたから……あんな映像が流れて……彼が、彼が……!」
呼吸が浅く、早くなる。過呼吸寸前の不安定なリズム。
彼女の表情には、涙よりも先に絶望が広がっていた。
アイはそっと彼女の背に膝をつき静かに支える。
「……彼は、生きようとしています」
その言葉が、唯一の支えとなるように響いた。
──重たい沈黙の中、レオンがようやく立ち上がった。彼はケイを見据え、そして……その隣のアイに目を留めた。
「貴公ら……その言葉づかい……どこかで聞き覚えがある」
ケイは目を細めるだけで何も答えない。
「……まさか、外宙域の……旧軍事圏出身か?」
メシエが顔を上げる。「旧軍事圏?」と小さく呟く。
周囲の親族たちがざわめく。「……おお……」というどよめきが漏れる。
それは“タブー”に触れる感覚に近かった。
銀河戦争期、外宙域に設けられた軍需惑星群──“旧軍事圏”は、あまりにも多くの血と闇を背負い、戦後は政治的にも歴史的にも意図的に語られなくなった。
そして、銀河戦争が終結後の今も、そこに関わった者は「兵器」として育てられた過去を持ち、語ることすら忌避される。
だからこそ、その出身を仄めかすような発言があっただけで、場の空気は一気に凍りついたのだった。
だが、アイがすかさず口を開いた。
「そのご質問にはお答えできません」
レオンは一瞬驚いたように目を細め、静かに問い返す。
「今更……なぜだ」
「私たちの出自および言語選択は、任務上、秘匿指定されています」
アイの声は冷静で、そして完璧だった。
誰もその言葉に反論を挟む隙を持たなかった。
──銀河世紀の創世以来
すべてのヒト属は出生時、耳介の内側に小さな翻訳素子を挿入される。それは数億におよぶ言語のうち、主要宙域のものをリアルタイムで変換し、互いの言葉を“意識せず”に通じ合わせるためのツールだった。特定の音声構文や文法は、AIによって声帯を通して最適化され、会話の差異は限りなくゼロに近づく。
だが、戦争の影響や協定の制限により、未登録の言語、もしくは課金契約が必要な言語も多数存在している。
そして──暗殺者や傭兵たちは、その“言語の穴”を利用する。出自を悟らせず、通じる範囲で生きるために……ケイとアイも、まさにそうだった。
あえて“誤認されるような”言葉を話し、正体を語らず、ただ役割を果たす。 それが彼らの戦い方だった。つまり、レオンが今、認識した旧軍事圏、ソレはいかにも戦渦を抜けたであろう者達が使う星系の言語体系の一つだった。
戦地を生き延びた者たちの言葉を借りて、あたかも“別の記憶”を背負っているかのように振る舞う。それが、彼らにとっての防弾チョッキと言える──
レオンは、深く息を吐いた。
「……貴公らが何者であれ──我が娘を救ってくれた事実に、変わりはない」
そう言い残しゆっくりと背を向けた。
ケイはそれに何も返さず、ただメシエの姿を静かに見つめていた。彼の瞳に浮かぶのは、哀れみでも、後悔でもなく……ただ、過ぎ去った闇の中を覗くような、冷たい静寂だった。
メシエは、自分やセシル、家族のことを思う反面、不思議な気持ちに覆われていた。そこに佇む、冷静沈着な、年端はそんなに変わらないだろう青年から目が離せなかった。
助けられたからではない……ただ感謝しているのではない。 あの青年に目を奪われている。その理由が自分でもわからなかった。凍てつくように静かな瞳、影の中から現れたその姿は、 どこか“現実ではない”世界から来たようで。
この人はわたしの知っている誰とも違う……。
そう思った。
そう“感じてしまった”。
それが恐ろしいほど、心の中に残っていた。
──その距離感がむしろ安全に感じてしまう──近づきたくなる。そんな矛盾すら抱えたまま……。最初に目が合ったあの時からずっと──
「すまぬが、貴公ら、名前を聴いていなかったな」
レオンは無理とは承知の上で名を聴いた。
そう、メシエも二人の名前を聴くほどの精神的余裕もなく、恐怖と遠慮もあった。知ってはならないのかも知れないと思っていた。
しかし、父が聴いてくれた。彼女の瞳は丸く大きくなり、ケイとアイの口元を見てその言葉を拾おうとした。
「……ケイ、こっちはアイだ」
「ほお、そうか。すまんな、今更だが聴いてもよいものかと、な」
そして、レオンは一つの疑問と一つの提案を持ちかけた。
「……今一度問う、何が目的だ?」
「……祭典を見にきただけだ。ただ、祭りの下で政のニオイを感じたもんだからな、ちょっと立ち寄ってみただけさ……」
レオンの視線が鋭くケイを刺す。
「……っふぅ……わかったよ。いいだろ、この貴族の娘と街中ですれ違った、それが理由だよ」
「はー……下手くそですか?」
アイがすかさず脇腹を抉る。
「……」
頭を掻くケイ。
「……くっくっく、はっははは!そうかそうか、あいわかった!娘の事を良く言われて、うれしくない父親がおるものか。それがどこの者とも知れんでも、すれ違っただけで、命をすくってくれたのだ。良しとしよう」
ここ数日間で一番の笑顔と明るい声音。集まった面々もふいに初めての笑顔がこぼれた。
「よし、ではケイ、アイ。貴公らは、今晩はここに泊まるとよい。最大限もてなそう。その上で、すまぬが明日も我らの会議に同席して欲しい」
「……」
アイとケイは互いに目配せするが、やることは決まっていた。
「ああ、いいだろう。食事に寝床を頼もうか」
いかがでしたでしょうか?
これまで、この言語化設定を語りませんでした。
何故なら、この世界ではすでに日常だからです。
今回、この惑星メリナにて、娘(未成年)を巻き込んだ争いごとがあったからこそ、ケイとアイの素性を少しでも知ろうと、父親であるレオンは問うたのでしょう。
さあ、ここからまた、どうなっていくのか?こうご期待。




