記録71 黎明の光と戴冠の影
煌びやかな表舞台の下で、それぞれの演武が始まる。
──滴る音。風が鳴る音。どこかで金属が擦れる微かな音。そして、誰かの呼吸、足音、気配。
地下補給区画。封鎖されたそのエリアの片隅で、静かなる“影”たちが邂逅した。
メリナ標準編成──六人一組による精鋭部隊。
一方はシャルロット家、太陽の紋章を左腕に刻んだ『Ordre de l’Aube(黎明の騎士団)』。
もう一方はジンマリウス家、王冠の影を背負う『L’Ombre Couronnée(戴冠の影)』。
『黎明の騎士団』は、陽の光を象徴するように白銀と紅を基調とした強化外骨格を装着している。角張った輪郭に、空気抵抗と視覚威圧を兼ねた尖端構造、バイザーは常に光を帯びる処理が施され、敵にその存在を誇示するような戦術思想を体現していた。だが不思議なことに、その装甲は周囲の光量に応じて反射特性を変化させ、暗所ではむしろ闇に溶け込むような不可思議な光学迷彩的作用を発揮する。彼らの存在は、まるで“神聖なる影”そのものだった。
対する『戴冠の影』は全身漆黒。カーボン系吸音素材とステルス塗装が施された軽量戦闘装束に、頭部は完全密閉式の仮面。動作はほぼ無音、各所に内蔵されたマイクロドローンと煙幕展開装置で、敵の視覚と聴覚を徹底的に撹乱する。王家の密命を帯びた、まさに“影”そのものの存在。彼らは最初から、光を拒む存在としてそこにいた。
両部隊とも、敵の中枢拠点と思しき地下区域へ侵入していた。
視界不良、音響妨害、情報撹乱の中──彼らは出会った。
だが……。
「……あれは……あの紋様……ジンマリウス家の直属部隊……!」
シャルロット家が雇った騎士団、隊長は低く唸った。
「我らを……つけて来たのか。くそ……」
一方、ジンマリウス家の影の部隊、副長がヘルメット越しに冷たく囁く。
《余計な真似はするな。……メシエ様は、もういないかもしれない。それでも救出に動けば、敵はセシル様に刃を向けるだろう。それだけは……許されん》
影の部隊は、主君の威信と未来を守るため、救出ではなく干渉と制止を目的に動いていた。だがシャルロット家の目的は違う。彼らは、魂で繋がれた“血の絆”を守るため、命を懸けて進む。
両者は、互いに全貌を把握しないまま“敵”として交錯することになった。
──その刹那、目も眩むような閃光弾が。
暗闇の中、先に撃ったのはどちらだったか。だが、もはや止められなかった。光の騎士団と影の部隊──それぞれが、それぞれの正義の名のもとに剣を抜いた。
そしてその交錯の最中、さらに真の敵が、その混乱を静かに笑って見下ろしていた。外部勢力が遣わした暗部組織の工作員たちは、地下の監視モニター越しに全てを観察していた。ヘルメットの奥、冷笑を浮かべる男が一人。
「……やはり、この戦場に似合うのは、混乱と誤解、そして無言の死だけだ」
傍らにいた部下が応じた。
「……どうします、隊長?」
「お前たちはあの小競り合いを片付けろ。ジンマリウスも、シャルロットも、どちらが勝とうと興味はない」
「はっ」
ノーメンはモニターに決して映ることの無い“異物”を感じていた。
「……面白くなってきたじゃないか」
隊員たちが部屋を出て行く中、ノーメンだけが残る。彼はヘルメットを少し傾け、耳を澄ませた。気配だ──センサーにも反応せず、気流の乱れもなく、気配だけが這ってくる。
──ハンターか?
いや──これは殺し屋の呼吸。
「ふふ……私は、この舞台に現れたイレギュラーを狩る」
彼は小さく顎を引いた。
メシエを攫った痕跡は、消えていたはずだった。
完璧な潜入、完全な遮断。
では何故──奴らが、ここに?
導かれた?
いや、誰かが導いたのだ。
「どこにいる?」
ノーメンの中に、微かな違和感が芽生える。
“誰か”が、奴らを引き込んだ。
「原因は……」
──ただ一つ、静かに鳥籠へ近づく暗闇の気配──ケイ──彼は俯瞰で状況を見渡しながら、しかし自らも獲物に迫る“狩人”となりメシエが囚われた一室へと進んでいた。
ノーメンの口元が、仮面の下でゆがむ。
「……貴様か。面白い……」
その声音は、政にいつも付き合わされていたことへの倦み。本物は、いつもいなかった……演者ばかりの茶番劇ばかり。だが、今回は違う“本物”が来た。
「ようやく、だ」
その言葉の奥にあるのは、歓喜にも似た殺意だった。
──足音一つ立てず、ケイは動いていた。
金属が擦れる微音すら逃さず、彼の耳と目と皮膚は、闇に溶け込むようにしてルートを切り裂いていく。敵兵二名。歩哨。互いに無線も会話もなく、機械のように定時巡回をこなす。
その背後。ケイは静かに重力を殺した。
──“一閃”
怪しく反射する波紋が刻まれた巨大なコンバットナイフ。
ふたりの兵士の喉元に、わずかな銀閃が走ったかと思えば、即座に重力に引かれて静かに崩れ落ちる。血の匂いすら風に溶ける。息も殺し、音も残さず。
ケイの足は止まらない。
掌に転がる小型球体──BOLR。立体マップが空中に浮かび、敵の動線を予測し、死角を浮かび上がらせる。
“視られていない”という感覚が、彼の直感と融合していた。
──もうすぐだ。
封鎖区画の最奥。その先に、彼女はいる。誰にも見つからず、誰も殺さずに済むならそれが最善。だが、この気配は既に何人も、確実に殺してきた……そうしなければ辿り着けない。
間違いない、こいつは同じ世界に生きる者……。
──そして、ケイが最奥の扉に手を伸ばした瞬間。
背後の闇から、笑い声が聞こえた。
「……ようやく会えたな“イレギュラー”」
ケイの目が、闇の奥に浮かぶ“微笑を刻まれた仮面”を捉えた。
口元だけが僅かに吊り上がっているが、瞳孔すら描かれぬその顔には一切の感情も動きもない。それはまるで、笑っていながら何も語らぬ――沈黙の仮面だった。
ジンマリウス家、シャルロット家の思惑と敵組織
ケイと暗部隊長ノーメン
それぞれが邂逅した。




