記録70 仕組まれた演目ーレプリカの微笑
拉致されたメシエ、各勢力はどうやって彼女を取り戻す。
そしてセシルは転位先に何が待つ?
転位ゲートに突入する直前、空気が一瞬、音を失った。周囲が引きちぎられるような力場に包まれ、機体がきしむ。そして──視界が焼ける。光が爆ぜるようにあふれ出し、網膜を突き刺す。
セシルは思わず目を細めた。コクピットの内側までも透けるような、白熱の閃光。しかし、その直前だった。
(なんだっ……?)
機体の鼻先をかすめて、何かが転位装置に飛び込んだ影を見た。 ほぼ同時に光の奔流に呑まれ、エンヴァル・シグマは光の中へと消えていく。
転位の瞬間、セシルの機体は予測地点より約3000メートルもの異常な落差で転送される。機体の片翼、エンヴァル・シグマの四翼のうち一枚が損壊していた。
「くそっ、これは……」
セシルは即座に残された三翼全てをマニュアル制御へと切り替える。
──リプレイ映像──
【実況】
《まさか……これは!? 見てください、転位装置のこの揺らぎ。後方1300メートルから狙撃されたかのように……スロー再生を、もう一度!》
【 解説】
《風、距離、タイミング、全て読まれた超絶技巧……この角度、これは……》
セシルは転位装置から見事な軌道で駆けてゆくライバルたちを見上げた。
(……ヨアン・マルストロム、か。これは彼のスタイル。これまでも何度も対峙してきた。たとえ自分が今、完全な状態だったとしても──仕掛けは見事だ)
「……やるな、ヨアン。完全にやられたよ」
(これはレース……惑星の未来を賭けた真剣勝負。ヨアンは直接的な機体の破壊や妨害を選ばず、堂々と勝負を仕掛けてきたんだ……しかし、どうするっ!?)
セシルはコクピットの中、深く息を吐いた。一瞬、胸の奥に浮かんだのは「恐怖」だった。 高度3000メートル、翼を一枚失った不安定な機体。地面が異様な速さで近づいてくる。だが、その恐怖の奥に、彼は己への「静かな怒り」と「誇り」を感じていた──これがレースなのだ、と。
──だが、それとは別に。
この事故に「神が味方した」と笑う者がいた。それはセシルを貶めようとする敵勢力の工作員だった。
「くくっ……まさかここで、神は我らに味方するか……」
【実況】
《まさか……セシル選手、なんと一挙に8位転落! 惑星メリナ、早くも悲劇の展開です!!》
【解説】
《非常に面白い展開になってきましたね。セシル選手は歴史上最も能力の高い選手と評判でした。それが……ここで――どうなるかわかりません!それがスカイラント・レース!!》
――ルミナステーション/地下
かつて流星が落ちたクレーターを覆う形で、戦時中に建設された旧補給港施設の残骸が眠る。いまでは完全に閉鎖されたそのエリアに、誰よりも早く侵入した男がいた。
《ケイ、よくそこが判りましたね――ザザ……そこも、強烈なジャミングが――》
アイが無線越しに呟く。
ケイは、メシエが攫われた直後の舞台転換を見逃していなかった。レースクイーンたちが舞台に出て、警備の目が表に集中した、その瞬間。控室裏の非常扉を通り、いくつかの制御パネルから侵入者のアクセスログを確認した。
そこに、足跡はなかった。それはプロの仕業だ。この惑星メリナを脅かす外部勢力は本気だという強い意志を感じた。
しかし、ケイはBOLRを使って空間に残る微細な生体反応を読み取っていた。半径500メートル内の見えない接触、そしてそのなかで、不自然に動く人間の軌跡と意識のない生体反応。
そして――鼻腔を刺激する残り香……。
「……この臭い。ステーション前広場の排水溝から感じた。錆と……焦げた空気」
そう、それらの手掛かりが一筋の道標となり、ここに彼を導いた。ここはまさしく、戦時中の旧世代補給港跡。アイによって事前に得られたマップデータと完全に一致していた。
金属の腐蝕臭、湿気、配管を流れた熱の残り香。稼働していないはずのエネルギー残留。
誰かが使っている、ここで計画を練り実行に移した奴らがいる。
ケイは、壁際に小さく張りつくように、ルミナスステーション地下へと忍び込む。 足音は皆無、呼吸も沈黙の中に溶ける。 影と一体化するように各種高性能な生体センサーの網を避けながら、螺旋状に降りていく階段を下った。
「どいつもこいつも……酔ってんな。戦後の名残に触れただけで英雄気取りってか……くだらねー」
ケイが独りごちたそのとき、耳元のシンセサイザーが微かな警告を鳴らす。
《ケイ……聴こえ……ますか?シャルロット家……の突入部隊が――。後方からジンマリウス家の追跡影も確認――しました……ザザ――》
「は……任せろ」
ケイの眼差しは、冷静そのもの。
すでに彼の視野はすべての勢力の行動を見下ろしていた。
アイは同じころ、地下施設からの情報と独自の視覚解析を重ねていた。
無表情な声で呟く。
「複数の熱源……交戦開始……しかし、肝心の対象の位置は……メシエ……あなたは……」
彼女の表情は変わらない。ただ、声のトーンに微かに揺らぎが走った。
メシエが拉致されてから数時間が経過していた──ステージが光で染まる。日が落ち、ゼルグラード上空に恒星灯が灯される。ライブコンサートのような輝きの中、レースクイーンたちが左右に広がる。
そのときだった。レーシングスーツに似た衣装をまとい、 まばゆいライトの中心――彼女が現れた。
他のレースクイーンが脇に控え、道を開ける。まるで伝説のヒロインの帰還を祝福するかのように。その姿は、誰の目にもはっきりと映る文化象徴シャルロット・メシエだった。
「メシエ様が……!」
「みてみて!!メシエ様が戻ってきた!」
「やっぱりセシル様の勝利には彼女が必要だよ!」
そしてその背後で、 各司令部には偽AI音声による報告が流れていた。
《メシエ嬢救出完了》
《敵制圧完了》
《地下施設、制圧済》
――“完了”という言葉のもと、全ての真実が塗り潰されていく。
「救出……されたのか……?」
貴賓席の一角、シャルロット家の関係者が小さく呟く。
その視線の先、王もまた、ほんのわずかに頷いた。
だが、一瞬にして観客たちは彼女の登場を“奇跡”として受け入れた。
その奇跡は、まさに世間が望む理想とされる光景を描いた。
そして、ジンマリウス家の夫人オルテンシアですら、椅子に深く背を預けて安堵する。
誰もが「戻ってきた」と錯覚した。
歓声が沸き、熱狂が舞い、シャルロット家の関係者たちは安堵に目を潤ませ、メリサ夫人が深い安堵の息を吐いた。
「良かった……救出されたのですね……!」
だが、その姿をスクリーン越しに見つめる者――アイ。
彼女は小さく呟く。
「……あれは……精密なフェイスコピー技術。遺伝子偽装。外見上は完璧……ですが、所作と反応速度に違和感。魂がない――最新鋭の擬態迷彩――」
彼女はさらに、小さな声で続けた。
「……あれは、生きているようで死んでいる。人形として選ばれたものたち」
AIネットワークに混信した情報。
「メシエ救出成功」「敵勢力制圧完了」──それらは全てフェイク。敵勢力が流したジャミングと偽装音声だ、ケイとの連絡が取れないように、シャルロット家、ジンマリウス家もまた地下で起きていることを誰も把握できていないのだ。それ故、目の前で起きた奇跡と、偽の情報にまんまと騙されている。
一方、地下施設の影の中──ケイは身を潜めながら、旧時代の通気孔越しにステーション内部の音を聴いていた。地上からほんの僅かに漏れ響く歓声の熱気。その中心に確かにメシエという名があることに気づいていた。
「……なにかが動いたな」
だが、直接の視覚情報はない。ノイズ混じりのデータリンクは使い物にならず、映像系の端末はすでに敵の干渉で遮断されていた。
それでも、ケイは直感で分かっていた。仕掛けられたものが動いたのだと。
「どっちにしろ……行けばわかるか」
その呟きは、ただ地下の沈黙のなかに吸い込まれていった。
そのころ、地下施設の別の場所では、拘束された本物のメシエがゆっくりと目を覚ましつつあった。
「……暗い……さむい……でも……どこかで、誰かが……呼んでる……?」
そしてその直後、彼女は絶叫することとなる。
鏡に映る自身の顏を見て――。
ケイとアイだけが、誰よりも俯瞰的に物事を見続けている。




