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プロローグ 祝宴の星メリナ

新章開幕です。

ケイとアイ、二人が紡ぐ物語はどこへ向かうのでしょうか?

是非、お楽しみください。

――宇宙は底知れぬ沈黙の海だった。

漆黒の宇宙の闇がすべてを包むその中を、アマデウスはただ静かに漂っていた。幾多の戦場をくぐり抜け、傷つき、錆びた鋼鉄の船体が銀河の星明かりを淡く反射させる。無限の闇と光が交わるこの宙の果てで、船内はひどく静かだった。


「……ねえ、ケイ」

アイの声が、背後から柔らかく届く。微かに髪を撫でる風のような、穏やかで、それでいてどこか儚い響き。


「どうした?」

ケイは操縦席に身を預け、遠く星々のきらめきを見つめたまま応じた。


「皆……逝ってしまいましたね」


ケイは瞼を閉じ、頭の奥に蘇る炎の記憶と声なき叫びに耳を澄ます。「ああ……」と、短く呟き、乾いた息を吐いた。


「……悲しんでんのか?」


「……はい、きっとそう……だったらいいなと」

アイはかすかに微笑んだ。

その微笑には悲しみに似た虚しさと、そして強さが宿っていた。


「シェーネたちにも言っただろ。仲間ってのは……足かせになることもある。守りきれるほど、オレには力はねぇ。……あれは必要なことだった、それだけだろ」


「格好つけたって、無駄ですよ……」

アイの言葉に、ケイもまた小さく笑みを漏らした。

「……だな」


その時、通信パネルが微かに光を放った。


「……ん?」

「シェーネ様からです。ヴェルヴェット号の発信です」

アイが確認し、静かに告げた。


《――ケイちゃん、アイちゃん、久しぶりね。私たちは次の航路に進もうとしているわ。あなたたちは無理をしないで……不用意な通信は控えたほうがいい時みたいだから。きっとあなたたちも進んでいる頃でしょう。吉報を待っているわ。P.S.——航路は、狩人が赤を射る場所》


ケイは目を細め、画面に残る微かな残光を見つめた。

「……狩人……赤……なるほどね」


しかし今はまだその地へは向かえなかった。アマデウスの傷は深く、補給も修理も必要だった。


その時、視界に飛び込んできた無数の広告群。

《ようこそ、祝祭の星メリナへ!》


小惑星群の壁面を覆うように映し出される光と映像。

《銀河世紀026年、オリンピア準備祭、開催中!(次回オリンピアは来る銀河世紀027年、新世紀6回目の開催予定)》


星々の中でひときわ鮮やかに輝く、青と翠の惑星。祭りの熱気、花の咲き誇る街並み、運河に映る光。


「……祭りか」

「私たちには、似つかわしくない星ですね……」

アイがそっと呟く。

だがその声には、どこか安堵のような響きがあった。ケイは胸の奥で、縁も所縁もない影に触れたようなわずかな違和感を覚え、短く息を吐いた。


「……ああ。でも、少しだけ身体を休めるには丁度いいのかもな」

「ええ。普通の人たちの営みを知るのも……私たちの生きる道かも知れません」


アマデウスは静かに航路を変え、祝祭の星メリナへと航路を刻む。





――惑星メリナ

眼前に広がったのは宝石のように輝く惑星。アイの視界にはこの青く、翠の光を散らし、漆黒の宇宙に浮かぶ宝石のような美しさ、その美が確かに刻まれた。アイは「これは……綺麗」と、小さく呟いた。

だがしかし、ケイはふと、その惑星が自身の髪のようにくすんだ暗紅色に映り、胸の奥にわずかなざわめきを感じた。その美しさの奥に、なぜか言いようのない寂しさと、この星の将来の影を最初から見せつけられたような、不思議な感覚だった。


賑やかな喧騒が星影の広場を包んでいた。提灯や光球が夜空を彩り、祭りの笛の音、笑い声、屋台の香ばしい匂いが風に乗り、川面に光が揺れる。ケイとアイは群衆の中に足を降ろした。


「眩しすぎるな、やっぱ……」

ケイは目を細め、心の奥で何かが波打つのを感じた。

理由のない胸の高鳴り。敵意でも殺意でもない。ただ静かに心音が波のように響いた気がした。


振り返る……だが、そこには誰もいない。

その鼓動とは対極に、ケイの五感に映る全てが、より一層色褪せていく。臭いすら感じにくい。彼だけが、その実感にひとり沈んでいた。先の闘いで、彼は誰に言うでもなく、ただ自身の五感が廃めるのを感じていた。


目を閉じるケイーー人混みのざわめきが、逆に彼の感覚を侵す。

この惑星の祝祭は、彼にとっては優しさと豊かさを提供してくれるものではなかった――ただ、静かな痛みだけが夜風に残る。それでも、戦場から少しでも離れることが出来るのだから、まだマシなのかもしれない。


ケイは眩暈を堪えて、アイと二人で広場のベンチに腰かけた。

広場の巨大スクリーンには1年後のオリンピアの種目である模擬レースの様子が流れていた。『星芒旗(せいぼうき)』や各星要人の姿、スピーチの一節などが重なり、オリンピアが単なる競技祭典ではなく、各星の威信や外交の舞台であることを示す空気が漂っていた。スピーチの声は……《我らが母星の美しさ、大自然を舞台に繰り広げられる壮大なストーリーを共に描こう。そして争いのない未来を皆で築こう》……と響いていた。


ただ、彼らの足元の排水溝から漂う匂いに、彼は顔をしかめた。それは嗅覚の異常ではない。懐かしい香り――微かな錆びのような匂いだった。

オリンピア開催予定地、惑星メリナ。祝宴が開かれるこの惑星でケイとアイにどんな出逢いが待ち受けているのか?


*星芒旗=惑星の象徴旗(国旗みたいなもの)

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