エピローグ 名もなき航路の、詩と夢
惑星クトゥリウムの、海賊たちの共演。
いかがでしたか?
エピローグ、最後まで読んでいただければ、この旅の意味も解ると思います。
鋼鉄の梁にランプの灯りが揺れる、酒場THE GRAVE DRAFT。
星々の戦火をくぐり抜け、帰還した者たちが一同に会していた。
バルゴはザルヴァト商会の仲間に囲まれ、深くグラスを傾ける。彼らの視線には敬意が宿り、グラスのぶつかる音が静かに響く。
その一方で、ギャルティスの二人は中央の大テーブルで相変わらずの調子だ。
「おれたちゃよぉ!イレム砂漠でな!」
高らかな声と笑い声が響き渡る。
海賊たちは、己の旅路の武勇を語り明かした。
砂漠の嵐、巨大竜の影、地下神殿の迷宮――。
だが、ふと空気が変わった。
「だがよ……俺たちの記録映像、スフィアを持ち帰ったのによ……映像が、ねえんだ……」
ギャルの低い声に、酒場のざわめきが一瞬止まった。
「俺たちもだ」
「ええ、私たちも」
ヴェルヴェットの仲間たち、ザルヴァトの面々が静かにうなずく。
「……もしかして全部、夢だったんじゃねえかって?」
それぞれの手記や記録映像は、ただ空の記録媒体にすぎなかった。まるで最初から存在などしていなかったかのように。だが、彼らの胸の内の記憶だけが確かだった。
あの惑星は確かに存在していた。
これからも、きっと――。
「少しだけ……止まった針が動いたのかもしれないわね。あの星の選んだ道が」
シェーネの小さな声が、酒場の灯りに溶けた。
「まるで、玉手箱のような世界だったわね……」
バルゴはその言葉に耳を傾け、ゆっくりと仲間たちを見渡した。
エルナも皆が静かにグラスを掲げた。
「……私たちの旅に、乾杯だ」
その瞬間――ドガッ!
またしてもギャルティスがやらかした。
「うおっ! なんだっ!?」
修理したばかりのステレオを蹴倒し、激しいロックが店内に轟いた。
「お! いいじゃねーかよ! お前らぁ、唄って踊ろうぜぇ!」
ティスが高らかに叫び、酒場は陽気な嵐のような夜に包まれた。
「俺たちよ! サンドワーム見たんだぜ! 乗ったんだぜ! あの鱗の一枚でも持って帰れたらな~!」
「うちらなんて竜にぶつかりかけたぜ!」
「いやいや、こっちだってよ!」
「……すごかったよな、あの惑星……神殿や古代文明、ロマンしかなかったよな……」
「でもよ……あの最後のデカいやつ、なんだったんだよ! 死ぬかと思ったぜ……」
「今でも背筋が寒ぃ……」
そしてバルゴが静かに立ち上がった。
「……あれはですね、言霊が、思念が作り上げた神、悪魔、もしくは亡霊……そう……クトゥルフと名付けるのがよろしいのではないですかな」
――クトゥルフ。
静寂が酒場を支配した。
「そうだ……ありゃあ、亡霊だ。惑星の、古代人のさ」
「そりゃ俺たちの文明の力じゃ解決できねぇわ……」
「フフ……面白い。そうかもしれませんね」
「お、笑ったな! てめえ、ようやく冗談が通じるようになりやがって!」
「はっはっはっ!」
「結局、メルカトルの幽霊は見つけられなかったけどな、あのクトゥルフは俺たちの宝だ!」
ギャルがグラスを掲げた。
「なあ、ヴェルヴェットさんよ!」
笑い声と歌声が交錯し、酒場はこの夜、星の旅人たちの魂を熱く震わせる歌声で満ちた――。
夜明け――
酒場の空気は、熱気の残り香と、酒と煙草の匂いに満ちていた。
ぐったりと酔いつぶれた面々を残し、ヴェルヴェット号のクルーたちは、静かに立ち上がる。夜の語らいを胸に、再び宇宙へ旅立つべく、足を船へ向けた。
その背に声が届く。
「……あんたら、すげえな……」
ギャルとティスが手を振り、どこか照れくさそうに、そして心からの言葉を紡いだ。
バルゴが杖を鳴らし、ザルヴァトの仲間たちを見渡し言った。
「海賊ヴェルヴェット。我々ザルヴァトは、義理人情だけは持ち合わせているつもりだ。どこかでまた会ったなら、必ずこの恩は返しますよ」
「私からも。皆さんありがとうございました。またどこかで必ず!」
その隣でエルナが深く会釈をした。
「気にしないでちょうだい。私たちの……気まぐれだから」
シェーネが小さく微笑み、囁くように応じた。
バードマンがサングラスを上げ、笑う。
「くっくっく……俺たちゃあよ、腐っても海賊さ――楽しかったぜ」
DDも髭を摩りながらしみじみと呟く。
「夢を語るのも、夢を追うのも、夢を掴むのも……今があるからできるのじゃ。また、いつか会おう。この広くて狭い宇宙のどこかで――こうやって出会えた奇跡を信じてのう」
シークレットが振り返り、いたずらな笑みを浮かべる。
「腐れ海賊共が!……へへッ、ちょっと言ってみたかったんだよね。皆も元気でね」
オダコンもジークも、無言で小さく手を挙げ、彼らに別れの挨拶を送った。
そして、ヴェルヴェット号のハッチが開き、ジャックの声が船内から響く。
「船長、お前ら! 準備は出来てる――新しい旅の始まりだ!」
船は静寂と闇の中へと消えていった。
星々の間を駆け抜け、輝く記憶の光をその航跡に残しながら――。
数日後――ヴェルヴェット号艦内
医務室の奥、ジャックの声が響いた。
「船長、ちょっといいか?」
シェーネは頷き、艦内通信で呼びかけた。
《全員、医務室に集合してちょうだい》
仲間たちが集まり、小さな医務室に静寂が満ちた。
ジャックは無言で、淡く光るメルフェノラの入った容器を掲げた。
「……お前ら、あの惑星の記録も、スフィアに残した映像も、全部……空っぽだった。まるで最初から何もなかったみたいだ。でも、これだけは確かに、俺たちの手で持ち帰った」
皆がその植物の光に見入る。
ジャックがさらに言葉を継いだ。
「……なあ、覚えてるか? ノーデンスの森でのことを。俺たちはあのとき、戦闘前に石碑を見た。あの時は幻覚だと思ったが。……倒した巨蟲の影の向こうに、実際にその石碑を見つけたな。あれは何だった? 予知夢か? 記憶の干渉か? ……いや、あの視界の感覚……あれはきっと、巨蟲の記憶だったんじゃないのか?」
「……記憶を……見た……ってこと?」
シークレットがぽつりと呟いた。
「ああ。メルフェノラが媒介になったんだろう。薬品としての採取任務――だから考察に過ぎないが……これを使えば、DD……あんたの頭痛の原因は記憶障害かなにかじゃないのか?忘れた記憶か……メルカトルの古代文字を見て頭痛が起きたのは偶然じゃないだろ?」
DDはしばし黙し、仲間たちをゆっくりと見回した。
そして、にやりと笑った。
「……長生きしてみるもんじゃのう。必要とされる時が来るとはな。よかろう、試してみるか」
「無理にとは言わない」
「……DD、無茶だけはしないで」
仲間たちの声が重なった。
「心配するな……わしも海賊の端くれじゃ。進まねばならん時もある」
静かに頷く仲間たち。
艦内の静寂の中、DDは深く呼吸を整え、ジャックが差し出した錠剤を手に取った。
「……これが未来を拓く鍵なら、喜んで飲み干そう」
かすかな微笑と共に、彼は一気に錠剤を飲み下した。
ゴクリ――。
その音が医務室に鮮やかに響き、時が一瞬止まったように感じられた。
やがて瞼の裏に光が宿る。
DDは椅子の背にもたれ、遠い世界を見るように、ぽつりぽつりと語り始めた。
「……見える……いや……思い出しておるのか……これは……」
(間……仲間たちは無言のまま見守る。沈黙の圧が空間を包む)
「……広大な広間……巨大な柱が立ち並び……柱は宝石のように、光を散らし……天井には、惑星と星々の軌跡を描くモザイク……その中心には……大きな旗が……」
(ふと、DDの表情にわずかな驚きと懐かしさが混じる)
「……星々の歌声が……耳の奥にわずかに響く……乾いた石の匂いが鼻腔をくすぐる……その旗に記されておるのは……射手の紋……交わる剣……蛇のごとく絡む竜……」
言葉が途切れ、また沈黙が訪れる。仲間たちは固唾を呑み、ただその声に耳を澄ませた。
「これは……アッシリアの象徴……間違いない……」
DDの声は震え、しかし確信に満ちていた。
「わしは……確かにその場所を知らぬ……だが、この記憶は……この魂に刻まれておる……」
静寂が医務室を支配した。
その場にいた全員が、DDの見たものを、自らの目で見たような感覚に包まれていた。
シェーネがそっと問いかける。
「……DD、それは……本当なの……? アッシリアなんて……」
DDは目を細め、ゆっくりと頷いた。
そして、その場の誰もが心の奥で理解した――
あの旅は、これから始まるもっと大きな何かへの序章だったのだ、と。
ジャックは静かにカルテに記し、仲間たちはその場で新たな決意を胸にした。
『この――宇宙の片隅の、名もなき航路を切り開く――』
そして、カルテに最後の一文を書き留め、静かに呟いた。
「……果て無き夢のために――」
その声は微かに響き、医務室の灯りと共に宇宙の闇へ溶けていく。
沈黙……。
そして、ふっと笑って肩をすくめるジャック。
「……アイツらは今頃、何してるか、ナ……」
視線をシェーネに向け、軽く頭をかく。
「船長、よ……Kとアイに近況、聞いてくれよ……な?」
仲間たちの間に微笑が広がり、艦内の空気がふっと柔らかくなった。
そして――ヴェルヴェット号は再び、名もなき航路を進み始めた。
出逢いと旅は奇跡で、その軌跡は運命に導かれるように新たな航路を切り開く。
長旅でしたが、皆さま、いつも応援ありがとうございます。
そして、ジャックが確認してくれました。
ケイとアイの次なる旅路へとバトンタッチします。




