記録59 蔓となり、光を求め手を伸ばせ
細かく描写したいために長くなっていますが、お付き合いください!
円柱艦アリア、共鳴せよ!
磁気嵐が成層圏を裂き、咆哮を響かせていた。稲光が雲の腹でのたうち、雷撃が黒雲を焼く。
その外縁、ギャルティスのモーターヘッドが震えていた。共鳴波を放つたび逆流圧が機体を軋ませ、座席が悲鳴を上げる。
ギャルの前髪が汗で額に張りつき、ティスの喉が乾ききり、唇の端から荒い息がこぼれる。
「……放てば軋む、放たなきゃ沈む……だな!」
ティスの声は擦れ、唾が飛ぶ。ギャルが奥歯を噛みしめ、再び音の矢を放った。
――嵐の中/ヴェルヴェット号
船体の骨が軋み、生き物の悲鳴のような音が艦内に響く。
赤く明滅するアラートの光がバードマンの顔の汗を鈍く照らし、DDは片腕で計器を叩きながら、額の汗を袖で乱暴に拭った。
ジークの目は血走り、乾いた唇の端が引きつる。
《限界だッ!!これ以上沈む!!》
《機能停止ギリギリだ!!》
《ギャル!ティス!あとは任せたぜ!》
バードマンが叫ぶたび、声が割れ、唾が飛び、喉が焼けるようだった。
――地上/円柱艦アリア周辺
ヴェルヴェット号から伸びたストリングスが鞭のようにしなり、3人を空に引き上げた。風に髪が引き裂かれそうになり、喉が乾く。関節が軋み、腕の筋が千切れそうに膨らんだ。
シェーネの瞳に、血のように赤い嵐の光が映る。
「……マズい……!」
オダコンの声は喉奥で軋み、唇からかすかな血の味が滲んだ。
《おまえら!!早くしろ!!死にてぇのか!?》
バードマンの怒声が風にちぎれ、耳に突き刺さる。
「――撃てッ!!」
シェーネが叫ぶ、息が白く曇り、頬に冷たい汗が伝った。
アンカートリガーを引く指が震え、手袋の中で手が汗に滑る。
圧縮ガスの音と共に爪がアリアの外壁に突き刺さる。張力が走り、3人の身体がピタリと止まる。
「ぐぅっ!!……ッは……持った……!」
シークレットの頬に砂混じりの汗が一筋落ちる。
アンカーが身体を引き戻し、3人はデッキに足を叩きつけた。
衝撃で足元に重さが戻る。
20キロの装備が全身を押し潰し、肩が軋んだ。
急ぎストリングスを外し、手袋の中の指が汗でぬるりと滑り、リールが唸りを上げる。
赤い警告灯の光が汗ばんだ顔を照らし、ハッチが重く閉じた。
こーーーーん……
ゴォ……ン……
――艦内に落ちる音。嵐と共鳴派が響き合い、互いを牽制している様だった。
しかし、確実に一歩ずつ、ヴェルヴェット号、モータヘッド、そしてアリアの音が時を取り戻していた。
《……今ならストリングスを外せるぞい!!》
DDの声が割れたノイズに混じって届く。
3人は息を切らし、バックパックを床にどさりと降ろした。
リール、滑空装備、巻き取ったストリングス、緊急キット……その全てが、汗と血と命の重さを床に置いた証だった。
ただ、それでも艦内は静かだった、吐息は白く、確かにこの場所は時が停止していたのだと実感する。
シェーネたちは膝をつき、肩で息をする。
ただ、その存在は蝋燭の火のように艦内に温もりを灯す。
その輪の中心に立つエルナの肩もまた、小さく震えていた。艦内の赤い警告灯の光が彼女の頬を淡く染め、濡れた額の毛並みが張りついていた。呼吸は荒く、だがその瞳には決意の光が宿っていた。
一瞬だけ、彼女はシェーネたちの顔を順に見た。
死線を越えてまで、この艦にきたその姿に、胸の奥に熱いものが込み上げる。
「……よく、よく来てくれました……」と喉の奥で呟く声が、震えて消えた。
しかし、エルナは即座に顔を上げた。手袋の指先で額の汗を拭い、背筋を伸ばし、唇を強く結ぶ。
「……ゆっくりしている暇はないわ!」
声に力が戻り、鋭さを帯びた。
「キャプテン・シェーネ、作戦を教えてください!!」
その声に、艦内の緊張が再び走った。
エルナは一歩前に出て、シェーネの視線を真っ直ぐに受け止めた。
シェーネは頷き、手袋を外し、冷たい指先でヘルメットを外した。
「――ブリッジへ案内を。作戦を伝えるわ!」
「ええ!!」
エルナは即座に振り返り、駆け出した。
シェーネ、オダコン、シークレットがほぼ同時に立ち上がり、その背を追った。
その動きは迷いなく、鋭く、嵐を越えたばかりとは思えぬ速さだった。
――冷たい空気、乾いた鉄の匂い、重たい沈黙。
暗く広がる地下都市の廃墟に、3人のブーツの音が微かに響いた。朽ちた鉄骨の間を冷たい風がすり抜け、遠くで水滴の落ちる音が静寂に沈んだ。
闇の底で、かつての命の残響が、今も微かに息づいているかのようだった。
作戦はすでに始まっていた。
円柱艦アリア、時の牢獄から脱し起動しつつある。
バルゴを救い、この時の幻惑から見事脱出して見せよ。




