記録57 第九交響ー時の指揮
ザルヴァト商会、救出作戦開始!
――ヴェルヴェット号/ブリッジ・作戦会議
薄暗い照明の中、ヴェルヴェットの全クルーが集っていた。
中央ホログラムに映し出されたのは、墜落したドローンの破片と、それが記録していた異常信号――
「……磁気嵐がすべてを殺してる」
ジークが低く言った。
無感情な声音の奥に、確かな戦慄が潜んでいた。
「視界、通信、機能、記憶。すべてが……沈黙する。ただの嵐じゃない、時間を喰らう災厄だ」
バードマンが煙草を揉み消し、唸るように言う。
「その中心に、竜がいる。……ただの偶然か、それとも」
DDが静かに答えた。
「竜が導いてるわけじゃない。ただ……漂っているのじゃ。じゃが、我らが進むべき道はあやつの向こうにしか見えん。それだけのことよ」
ホログラムには電磁ノイズが奔流のように流れ続けていた。それはこの惑星が発する拒絶そのものだった。
「……幻惑はメルフェノラだけのことじゃなかったんだな」
バードマンが煙草の先を見つめ、ノーデンスの森での探索を思い出すように呟く。
「依頼書にあった“磁気嵐による忌避宙域”……今思えば、あれは第9帯域のことだった」
ジークがデータを指しながら補足する。
「ああ。電磁圧縮は第9帯域を中心に渦を巻いている。この先は避けることはできない。だが――突破口はある」
そのとき、DDが再び口を開いた……語るように、祈るように。
「のう……わしらの記憶っちゅうもんは、大抵“感覚”に縛られておる。目で見たもの、匂い、味、そして……音じゃ。死んだ者の記憶ですら、音が呼び戻すことがある。時が止まったような場所で生き延びるにはのう……時間を刻む音が、何よりも確かなんじゃよ」
DDは空のマグカップをコンソールに打ち付け、楽器を鳴らすかのようにリズムを刻む。
「信じるんじゃ。音の道標を――それを担うのが、ギャルティス団の二人じゃ。奴らのモーターヘッドは、成層圏を滑空しながら、常に今を響かせておる。空に浮かぶその姿は、ただの航空支援ではない――”時の灯台”なんじゃ」
ホログラムに映し出される、成層圏を旋回するギャルティスのマシン。空気を震わせるように低周波が響く。それがこの作戦の命綱――**ストリングス**。
ギャルティスのモーターヘッドが嵐を裂き、成層圏にて待機。そこから放たれる共鳴波は、音響センサーと繋がり、音の“弦”としてヴェルヴェットへと届いていた。
「お前ら、いいか?ヴェルヴェット号の牽引コードとギャルティスのストリングスを使う」
ジークが続ける。
「ストリングスは、ただの牽引コードじゃあない。音響を伝えるライフライン。これを受けとれ。回収したドローンの回路を使って、共鳴装置――**エコーラルリグ**を作った。これはお前らの身体を”音の器”、つまり記憶を刻む”音叉”に変えてくれる。聞こえる音は、記憶であり、時間だ。幻惑に喰われるなよ」
「ふむ、糸電話の要領じゃな。しかし、よく考えたもんじゃのう……」
「奴ら……ギャルティスがいなければ成り立たないミッションだ。信じよう」
そして――
「――降下開始!!」
シークレットとオダコン、そしてシェーネがストリングスに繋がれたまま、ヴェルヴェットの底部ハッチが開く。
三本の糸が、深淵の風に舞った。
雷鳴が轟き、空が悲鳴を上げる。
それでも、それぞれを繋ぐか細い“弦”が、彼らを現実に繋ぎ止めていた。
そして、雲の裂け目から顔を覗かせたのは、真白な影――第9帯域の巨大な盆地、その中心に静かに佇む円柱艦アリア。時を止めたその艦に、ヴェルヴェットは“時間”を持ち込みに向かう。
――第9帯域/嵐中・ヴェルヴェット号ブリッジ
磁気嵐の圧力は、容赦なく機体を叩きつけていた。
ヴェルヴェット号は、地表に降り立つことを拒むように荒れ狂う乱流の中、ギリギリの高度を保ちホバリングを続ける。
「起動限界ギリギリだ、船体が鳴いてるぞ……!」
操舵席のバードマンが、歯を食いしばりながら、揺れるコントロールスティックを握りしめる。
「ストリングスのテンションに異常なし。……が、時間の問題だな」
ジークが無表情で各ノードの診断をチェックしながら告げる。
「データ転送量も抑制モードに入った。バード、舵保持可能か?」
「……任せろ」
バードマンは、あぐらをかいたまま椅子の上で静かに身を揺らしていたが、ふと目を見開く。
そして、DDが重ねて呟く。
「こやつは今、時の流れの剣を渡っとるんじゃ。舵の切りどころを間違えば、一瞬で虚無に呑まれるぞい」
船体がわずかに軋む音。警告ランプが淡く点滅する。
それでも――ヴェルヴェット号は、音の弦”ストリングス”で地上と空を繋げている。
――第9帯域/地表・アリア周辺
深淵の中へとダイブした3人――シェーネ、オダコン、シークレットは、ようやく盆地の中心、ザルヴァト商会の母艦である円柱艦アリアのすぐ近くに着地していた。
周囲には人影がなかった。だが、地面には明らかな痕跡――ビーコン、マーキング、そして機能を失った器材が散らばっている。
「ここを何度も往復した痕跡……ね」
シェーネが地表を蹴る。
粉塵の下から使用不能なデータ端末が現れた。
「やはりな。だが、あまりに静かすぎる……」
オダコンが不安げに空を見上げる。
その瞬間――空から声が降ってきた。
《おい、そっちはどうだ? 俺らの声、聞こえるか?》
ギャルティスの声が、成層圏を突き抜け、ヴェルヴェット号を介してストリングスに乗って届いた。
「ええ、聴こえるわ」
《こっちも、しっかり聴こえてるぜ》
《うむ》
《よっしゃ!いい感じだな!!》
「いい感じじゃん、今のところ計算通りだねっ」
ヴェルヴェット号の艦内、バードマンとジークもそれを聞いてうなずいた。
「まずは――アリアにこのストリングスを接続するわよ」
3人は重い装備を背負い直し、艦へ向かって歩みを進める。
か細い音の弦。だがそれは、沈黙に囚われたアリアに今という概念を届ける、唯一の道だった――。
電子機器をほぼ失った状態で、アナログに繋がる彼らのか細いライフライン。
凧のように浮かぶ、ギャルティス、嵐の中を駆けるヴェルヴェット、そして地上を走れ!




