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記録54 幻境を越えて─石柱林の裂け目

さてさて、佳境を迎えてきております。

惑星クトゥリウム、それぞれの旅路はいかに??

――ノーデンスの森/メルフェノラ生育地の先

森の奥、濃密な霧と蔓が交錯する湿地帯。

シェーネ・フラウは最初の石碑を発見した地点から、仲間と共にゆっくりと歩を進めていた。苔に覆われ、歪んだ文字が刻まれた黒い石柱。それは一本だけではなかった。森の奥へと続く道に沿って、等間隔に石碑が点在していた。


「……まるで、誘ってるみたい」

シークレットが囁くように呟く。


彼女や仲間達の手には採取用ケースがあり、すでに複数の希少鉱物と生態試料が収められている。


バードマンは小枝を拾い、足元の泥に突き刺した。

「まだ油断はできねぇな……」


それでも、道は確かにあった。石碑たちは、誰かが、あるいは何かが通るべき経路を指し示していた。だが、それは本当に進むべき道なのか――。


シェーネは一つの石碑に触れ、冷ややかな触感を確かめると、静かに一歩下がった。

「……引き返すわよ」

森の深部から吹き抜ける風が髪をなびかせる。


「戻るわ。ここから先は不用意すぎる」

その判断は迷いのないものだった。シェーネは仲間に船への帰還を命じた。


集めた素材は保存。装備の再点検。艦を起動させ、ノーデンスの巨大林の隙間を縫うように進む。慎重に地を這えば這うほど、返ってリスクが増すと彼女は直感していた。目的は果たされた。あとは星の奥底に何が眠っているのか、確認だけすればいい。


――その判断が、結果として正解だった。


「おぅよ。帰艦ルート、すでに再計算済みだぜ」

バードマンが手元の携帯端末を操作し、ホログラフィでマップを投影する。点在する石碑は罠と考えるのが普通だった。


「あぁ、目標は果たしたんだ。素材と知見を持ち帰り、さっさと報酬を戴こう。試したいこともあるしな。……まー、先を見たいのは山々だがな」

ジャックも冷静に頷き、メルフェノラを保存した容器を可愛がるように撫でていた。





船内へ帰還した一行。

格納庫のハッチが開き、シェーネが先頭で姿を現すとそこには待ち構えていたのはDDとジーク、二人の姿だった。


「みんな、よぉ帰った」

「よく戻ったな、お前たち」

DDと大柄なジークが笑顔を見せ、そして、あの頼りになる声が響いた。


「……あんたたち」

シェーネは思わず笑い、二人の肩をそれぞれ抱き寄せ、ふわりと軽く抱きしめた。

「ありがとう。助かったわ」

その言葉に、二人は顔を見合わせてはにかんだ。



束の間の休息が訪れる。

艦内の灯りは穏やかに調整され、温かい食事がクルーの身体をほぐしていく。それでもブリッジでは既に次の判断を下すべく動き出す者たちがいた。


ジークがポケットから小さな金属片を取り出す。

「点検中に妙な電磁反応があってな……エンジンルーム下部、補助冷却管の外部装甲の影にこんなもんがくっついてた」


手のひらに載せられたそれは、微細なパッチ型の発信機。整備のプロでもなければ見逃すような巧妙な仕込みだった。


「へぇ……」

「仕掛けたヤツぁ手慣れてるな」


バードマンが鼻を鳴らす。

「へっ、どうせザルヴァトのヤツらだろ。あの、なんだっけ……インテリヤクザの若頭みたいな、バルゴ・サリムとかいう……あの男は怪しいぜ」


「静かにね」

シェーネがブリッジに入ってくる。


「ふふ、どこかで聞かれているかもね。彼は幽霊を追っていた……そして、この惑星を選んだのも彼。まるで私たちを監視しているみたいにね」

彼女の声は冗談めいていたが、その瞳は鋭かった。


「でも、ありがたい情報ね。そのパッチ、回線を逆探知してみて。何かが掴めるかもしれない」

船は静かに、しかし確実に次の任務へと舵を切ろうとしていた。





――それから間もなく、ヴェルヴェット号はノーデンスの深部へと侵入を開始する。

濃霧に包まれたノーデンスの樹海上空を低空で進む。古代の巨木が折り重なるように並び、空からの光すらも遮るその森は位置情報すら狂わせる。

バードマンがブリッジでスキャナーを操作し、オダコンが制御を補助する。

ブリッジに並ぶ窓の外では、巨大な湿地の中心にひときわ深く切れ込んだ地形が現れる。


「……滝だぜ……マジか……こりゃ凄ぇわ!!」

バードマンが呟く。


彼の視線の先、霧を裂くように現れたのは、轟音を上げて流れ落ちる巨大な滝だった。


「……絶景なんて、言葉じゃ足らないわね」

「こいつは……でかいな。地形スキャン中……む? 水圧、風圧、異常数値だな」

オダコンが計器を睨みながら顔をしかめる。


「滝の中に巨大な空間がある……が、どうやっても近づけねぇ。船をもってしても、この流れはヤバい」

「徒歩も無理ね。これじゃ水に触れた瞬間に骨ごと砕けるわ」

シェーネは眉を寄せたまま、ブリッジ中央に投影された立体マップを見つめる。

「でも、ここには何かある。DD、データ照合を」


「任せんしゃい。……うーむ、やはり古代文明由来のものと思われるが……石碑に刻まれとった言語体系と同じ超古代の遺跡のようじゃのう。……解析するには、ちぃと情報が少なすぎるぞぃ」

「滝の中に文明の痕跡かよ……ただ、入れそうにねぇな」

「うむ、正確には『閉じられた』じゃな。自然の侵食じゃな……」


一同が沈黙する中、シェーネが呟いた。

「それでも、生きて辿り着ける道が、まだ残されているかもしれないわね……でも……」


その時、スピーカーからジークの声が響く。

《全員、聞こえるか?例の発信機、逆探知に成功した……15日目にして、ようやくだ》


ブリッジの照明がわずかに落ち、緊張が走る。


《おまけに気づいたことだが。俺たちだけじゃなく、ここに来た他の連中……それぞれの船に発信機が取り付けられてるぞ。けどな、ただ恐らくは俺たちが森にいる間に通った嵐、アレが発信機を狂わせたみたいだ。位置情報が飛び飛びで、ノイズまみれだ……彷徨ってる連中がいてもおかしくない……生きているとは限らんがな》


「なるほど、俺たちは森の中にいたから、まだ感覚がマシだったってことか……危なかったな。あの霧のなかでお前らの声が聴こえなかったらと思うと、ゾッとするぜ……」

「バカ正直に突っ込んでりゃ、マジもんの幽霊になってたかもな」


《……だが、この発信機のデータを読む限り、奴ら……本当に夢に溺れてるかもしれん》

「……ッは!だろうな。にしても、あいつら一体どこ行きやがった?」

バードマンがサングラス越しに遥か彼方を見据えていた。


そして、DDはさきほどバードマンが回収してきた石碑の欠片と画像データを解析していた。

「この石碑……近くの地面にあったやつじゃが、風化が激しくて細かいことは読めんが、ヒントになるやもしれん。じゃが……これも解読は難しい。残念じゃが、()()()()()とも縁もゆかりもないようじゃ」


DDが指を立てて補足する。

「ただ、あの石碑群……おそらく、かつてあの滝に入るための“鍵”が刻まれていたのかもしれん。もはや知る由もないがのう」


シェーネは頷き、ブリッジの全体を見渡す。

「なら、次に進むわ――私たちのいる第7帯域から、海を越え、第6帯域へ。ザルヴァト商会や他の連中……ったく、世話が焼けるわね」


「か~~~……うちのキャプテンはお人よしだねぇ!……っしゃ了解だぁ、航路設定完了。天候も安定しつつある。今がチャンスだぜ」


ヴェルヴェット号は、新たな航路へと滑り出す。





ジークの分析の通り、数日間にわたるノーデンスの森での潜伏が功を奏した。

一部の嵐が緩み始め、電磁ノイズが薄れ、逆探知が部分的に可能となってきた。ヴェルヴェット号は帯域をまたいで移動を開始する。


第7帯域から海を越え、第6帯域へ向かう航行の途中、海面に漂う無人ドローンを発見。回収後の解析で、それもザルヴァト商会のものと判明した。

発信機の経時記録からさらに回収を進め、航路上で合計4つの無人探査ドローンを確保することができた。そこから辿られた海賊船の具体的な動きが浮かび上がってくる。


そして――第6帯域から第3帯域にかけての上空を進む途中。

彼らはこの惑星の大自然を俯瞰的に見ることになった。それは、嵐が過ぎ去ったあとの静寂と共に壮大な大海――。


「凄いわね……宝探しより、よっぽど価値があるわよ。この景色……」


嵐が去った静寂の大海原。

水面は朝焼けに染まり波は緩やかにうねり、陽光が水面を煌めかせヴェルヴェット号の船体がその反射を受けて鈍く光る。そこに光を受けた魚群が幾重にも連なって泳いでいた。その群れを割るようにして、まるで神話に登場するかのような巨大なシーサーペントがゆったりと海中を進む。

空ではヴェルヴェットと並走するように巨大な怪鳥が翼を広げ、時折こちらを伺うように旋回していた。

その光景はただの風景ではなかった。静かで、圧倒的で、そしてこの星が生きているということを痛感させるものだった。


バードマンは操縦席に腰掛け、無線越しにその姿を追う。


だが、目を疑う様な光景を目の当たりにすることとなった。遠く激しい嵐の雲を背景に、星ほども巨大な影が歩いていくように見えた。――クルー全員がその異様な景色に息を呑んだ。


「……あ、れは……?」

誰の口からも答えは出なかった。


ただ、その影は確かに存在していた。





一行は、第6帯域から海を越え、遥か第3帯域へ向かっていた。4つの無人ドローン発見後新たな痕跡が途絶えていた。


だが、ただ1つイレム砂漠上空を旋回し続けるドローンの存在が確認された。

「……おい、見ろ。まだ動いてるドローンがある。イレム砂漠上空で、ずっと……円を描いてやがる」


ジークがブリッジのモニターを指差す。

「ザルヴァトの探査ドローンだな。何かを見つけた……いや、見張ってるのかもしれんな」


バードマンが頷く。

「ってことは……ギャルティス団か。バルゴの野郎が目をつけるくらいだ。動いてるなら間違いねぇだろ」


ヴェルヴェット号は航路を変更し、第2帯域/イレム砂漠へ進路を取ることに決定。

ジークとジャック、DDは艦に残り、ドローン、発信機と採取データや古代文字の解析に集中。オダコン、バードマン、シークレット、シェーネは現地調査を担うこととした。


発信機の移動履歴をマッピングすると、砂漠を高速で移動した後、何かと遭遇したのか。上空で旋回したのち、一点に直進していることが判明する。

彼女たちも同じルートを辿ってはみたものの、そこにあったのはただ広がる砂地だった。





――砂嵐の跡が残る大地。

ヴェルヴェット号は岩盤層の上に着陸。夕刻の陽光が砂に赤金色の影を落とす。


「……静かすぎるな」

オダコンが呟く。


「動物の気配もねぇし、植物も枯れちまってる」

バードマンは背もたれを倒して大きく仰け反り天上を見上げる。


日が落ちるころには砂嵐が吹き荒れ、ヴェルヴェットは風の静まるのを待つこととした。艦内では風が激しく吹きつける音だけが響いていた。


そして――バードマンが船体の振動に目を開ける。

「……今の、地鳴りか?」

夜が更け、艦内が沈黙に包まれたころ――バードマンは微かな地鳴りを耳にした。

「……何かが、地中を這ってやがんな」


その瞬間、艦の床がごくわずかに震え、静寂を切り裂くように鈍い音の振動が広がった。ブリッジの計器が一つ微かに点滅する。


そして、朝を迎えた――

艦のハッチを開けたクルーたちの目に飛び込んできたのは、かつて足元にあったはずの砂地が崖となり、遥か眼下に広がる石柱林だった。


「昨日まで、こんなもん見えなかったぞ……」


昨晩、砂漠を這った“何か”が、地形を変えていた。


バードマンは足元の割れ目を指差す。

「これだ……ギャルティスの連中、ここに入ったに違いねぇ。ドローンも、ここの上空でずっと旋回してやがった」


シェーネは目を細め、石柱林の先を見据える。

「入るわよ。時間がないわ」


ヴェルヴェット号の探索は、かつて誰も辿り着けなかった“幻の遺構”へと向けて、幕を開けようとしていた――。

シェーネ率いるヴェルヴェットは他の連中も探すことを選んだ。

大自然、そして巨大生物の影、古代文明、スケールがデカすぎる。

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