記録52 静寂と隔絶の観測者
お待たせしましたー。
未知との遭遇の繰り返し、次から次へと謎だらけ。
この惑星、普通じゃない。
――ザルヴァト商会/円柱艦アリア・ブリッジ
「……今は何日目だ?」
バルゴ・サリムはそう呟いた。
だが、返答はない。艦内の時計は動いてはいたが、それが正確かどうかは誰にも分からなかった。
「昼なのか? 夜なのか?」
嵐に巻き込まれていたと気が付いたころにはすでに遅かった。
電子機器の大半は機能を失い、通信や測位システムは沈黙。空調と照明だけは予備電源によってかろうじて維持されていたが、それすらも一部に異常が出始めていた。気圧計や気温計、時間測定装置は狂い、正確な情報は得られない。
そんな状況下で、ザルヴァト商会の円柱艦アリアは、今も山間の不明領域に沈黙していた。
――導かれたのではないか。
その妄念に似た直感を否定できる者は誰もいなかった。
バルゴは艦内に指示を出し、即席の部隊編成を行った。まず、動かないアリアを拠点とし、司令部として自らが統括する。続いて、外界の状況を確認し、嵐の外へ出るための道を探る外部探索班である。
医療班と分析班はそれぞれに分散配備され、異常事態に対応できるよう体制が組まれた。
だが、最大の問題はここでは機器が一切機能しないということだった。司令部に留まっていても、安全圏に閉じこもるだけでは状況を打破できない。外部探索班は未知に対する圧倒的なリスクを負うことになった。
外部探索班の隊長はカイル・ヴァシル。幾度もの惑星環境下での生還経験を持つ現場叩き上げの男だ。斥候はリラ・ジン、医療担当のゼム・クライス、補佐の技術兵セオ・ヴァンオールがそれに続いた。
彼らは限られた知識と経験を頼りに嵐へと進み出していく。
嵐は激しかったが、何故か探索という行為そのものがどこか開放的に感じられる――そんな奇妙な感覚に戸惑いながら。命令から、常時監視から、効率化から離れたことで、彼らは一時的なヒトらしさを取り戻していた。
リラがくすっと笑う。
「なんだろ、顔つき合わせて動いてるって感じじゃない?」
セオはリラのそんな何気ない一言に肩をすくめた。
「はは、皮肉だな。機械が壊れて会話が戻ってくるとかよ」
ゼムが笑みを漏らす。
「……つっても、悪くないよな。空気悪かったしな。この嵐のほうがよっぽど清々しい気がする」
しかし、彼らは気づき始める。時間の感覚が曖昧になっていく。常に灰色に覆われ昼夜の区別を奪われている。わずかな天候の変化が、唯一の時間の手がかりだったが、それさえもやがて曖昧になっていった。
結局、彼らが探索し始めてから、3日ほどが経過していたことが後から判明する。
探索班の隊員は誰も、それを正確に把握してはいなかった。
拠点である艦との交信も叶わず、数名が艦へ戻り、口頭で得た情報を伝えるという原始的な手段に頼るしかなかった。
彼らは位置と帰路を確保するために作業灯を立てていく。高機能な照明装置も使えないこの場所で、それが唯一自分たちの現在地と帰還経路を示す確かな印だった。
すべての感覚が狂い始めるこの領域で、彼らはただ己の知識と経験、そしてわずかに残る感覚だけを頼りに未知と向き合っていた。
そして、一つの報告がバルゴの耳に届いた。
「艦からおよそ300m、探索班が人工的な構造体を発見したとのことです。……人が二人並んで通れる程度の、縦穴です」
それは、広大なこの盆地において、針の穴に糸を通すような奇跡的な発見だった。
風化と堆積物に覆われていた岩肌の奥――その一角にだけ、鉄のようで鉄ではない何かでできた加工面が、露出していたという。
そこには、下方へと続く階段のような構造があった。報告書に添えられた手書きのスケッチを、バルゴはじっと見つめていた。
――これはただの地形ではない。
この巨大な弧を描く盆地の地質は、火山でもなければ、自然のクレーターとも異なる。むしろ整えられたかのように滑らかで、全体が人工的な形状を保っている。まるで、何かを受信するために造られた、超巨大な装置の“皿”――そう……パラボラアンテナのようだ。
――この地下に科学文明が存在するとでも?……私はなにを……。
バルゴは小さく首を振り、この惑星に来て以来初めてうつむいた。静寂と隔絶の中、ようやく現れた“入り口”を前に、バルゴは目を閉じ、深く息を吐いた。
この惑星の“観測者”は――果たして、誰なのか?
ザルヴァト商会は幻覚や幻聴には侵されていないが、時間と科学を失ってしまった。
どうやってこの地から生還するのか。
そして、ココはいったい?




