記録47 音なき賛歌-Silent Cantata
それぞれがこの原始惑星で探索を始めます。
どんな物語が紡がれるのか。
――第1帯域/草原地帯・レン高原
大地を割る風が走る。草が一斉になびき、地平線の輪郭が揺れるほどの突風が起きた。音を置き去りにするように、黒い細長い影が大気を裂いて進んでいく。
その名はモーターヘッド。双子蝙蝠ギャル&ティスの駆る超速小型艇――クリムゾンカラーの船体は牙のような主翼を持ち、船尾には白銀コウモリの紋章が咆哮する。地表からわずか3m、超低空の軌道を跳ねるように、舞うように、滑るように進む。
「兄貴ィ!ブースト戻せって!オーバースキャン出てんの見えねーの!?!」
「うるせぇ!風の唸りが今、最ッ高に心地いいんだよぉ!!」
コックピット内、前席で操縦桿を握る兄ギャルが叫ぶ。
後席の弟ティスは、両肩で安全ベルトを押さえながらスキャナ画面を必死で睨んでいた。
船体の下では獣たちが逃げ惑っていた。四本脚の跳躍獣、背に羽を持つ走獣が群れで草を割り、草原に地響きを響かせる。空は蒼穹、雲は裂け、モーターヘッドは天地をつなぐ黒い矢の如し。
「ちょ、ちょっと……前、砂漠圏が近いぞ!霧の層が薄まってる!」
「見えてるって!お前のセンサーよりおれの眼の方が早ぇ!」
前方、草原が徐々に枯れ、地面が褐色を帯び始めていた。生い茂っていた草が切り裂かれたように消え、代わりに乾いた地肌が顔を出していく。地平線が揺らめき、熱風のせいか、砂の蜃気楼がちらつきはじめる。
気づけば風の音も変わっていた。ザアッと吹き抜けていた音が、徐々に、押し黙るような唸りへと変化している。
草原の息吹が途切れ、世界が乾いていく――そんな境界を、モーターヘッドは一息で突っ切った。
視界に広がったのは、どこまでも続く乾いた大地。わずかに起伏した砂の波が連なり、ところどころに黒ずんだ石の塊や風化した岩が露出している。
そして空は、晴れ渡ったままなのに、どこか色褪せて見えた。
――同時刻/上空
ザルヴァト商会の円柱艦アリアは、惑星の成層圏上層を漂っていた。艦内中央ホールでは立体ホログラフが展開され、この惑星の全域マップがうっすらと浮かび上がっている。
「視認は不可能。全体に濃霧が流動していますが、解析情報から各帯域の構成は維持されています」
オペレーターの一人が端末を操作しながら呟く。霧に覆われたマップに、帯域ごとの情報が次々とプロットされていく。
その数、全9帯域。
第1帯域:レン高原。跳躍獣と浮羽草原が広がる高濃度音波帯。中型から大型の生物多数。
第2帯域:イレム砂漠。この惑星最大の砂漠、振動探査に反応する超大型生命体反応確認。
第3帯域:ユゴス断層。断層内で動く生体確認、地殻反射波の乱れによる通信不能地帯と推察。
第4帯域:ナグ=ロス台地。火山活動が活発で、有機煙に含まれる毒性物質に注意。
第5帯域:ラ=イェ海縁。干上がった旧海域。各帯域から流入したとされる毒性物質の沈殿層あり。
第6帯域:ザンの渓谷。迷路構造の地中帯域。生体反応未確認、死骸のみを複数確認。
第7帯域:ノーデンスの森。霧の濃度極高。神経記録に反応する植物・メルフェノラ自生地。
第8帯域:……
第9帯域:……
「……ここが問題だな。第7帯域、ノーデンス」
指揮官と思しき人物がホログラムの前に立ち、霧の深さを表す赤いシグナルに目を細めた。
「自然が創る生きた霧だ。巨大生物、昆虫種がひしめき合う大森林。なのに……あの連中は突っ込んだか」
立体ホログラフの中、レン高原からイレム砂漠へ疾走するモーターヘッドの軌跡が点滅していた。
「音波が飛んだな……反応域が拡大中。何かが動いている」
――第2帯域/惑星最大のイレム砂漠
「……静かだな」
「風音しか返ってこねぇ……超音波撃ってみるか」
ティスが一つ、軽く舌を鳴らす。
船体に組み込まれた振動子が、無指向性のソニックパルスを放った。しかし、返ってくるべき反響は――なかった。
「……返らねぇ……何もねぇのか?空っぽの世界だ――」
「何もない場所ほど、ヤバいってのが宇宙の常識だろ」
ギャルが口元で笑った、その瞬間だった。
砂が沈む……。
最初は、ただの風かと思った。
だが次の瞬間、モーターヘッドの後方、地面全体がごっそりと陥没した。
「流砂……!?いや、違ぇ!これは――!」
砂のうねりが渦を巻き、中心から巨大な節足の顎が突き上がった。
「サンクリーパーだ!!」
直径50メートルはあろうかという巨体。環状の口器に無数の棘が蠢き、甲殻には風化した岩のような砂殻が張りついている。尾部を軸に円を描いて空中に跳ね上がる。
「っしゃあ来たぁ!!避けるぞ!!」
ギャルが操縦桿を引き、機体を左へ跳ねさせる。
ティスは咄嗟にミサイルシステムを展開。
「ロックオンいける……!撃つか!?」
「任せるっ!!」
ミサイルハッチが開く。だがその瞬間――砂の海が、うねりを増した――異音。
砂が爆ぜた、そこから跳ね上がったのは、あまりにも巨大だった。
「なッ――」
ティスの声が裏返る。
200メートルはある巨体。砂を割って現れたそれは、まるで古代神話の蛇神。巨大な環状口器が開き、ひと呑みにサンクリーパーを飲み込んだ。
「こいつぁ!サンドワーム……超古代生命体だ……!」
「やっっっっっっっべえええええええええッ!!!」
ギャルが爆笑しながらスロットルを叩き込む。モーターヘッド号がぐんと加速――そして、
「乗るぞッ!!」
「正気かァ兄貴ィッ!?!?」
船体は一気にサンドワームの巨体に着地する。
ザラついた表皮。鱗のような凹凸、盛り上がる筋肉、脈打つ呼吸。そこを滑るように走るモーターヘッド。
「この生物……まるで大地だぜ……!」
「サイッッッッコーだろうがよおおおおお!!!」
ギャルが笑う。ティスが泣き叫ぶ。
船は巨体を駆け、尾を蹴り、空へ跳ねた。
背後でサンドワームは砂に沈んでいく。
「この星、全部でっっけぇ!!!」
兄弟は叫んだ。
幽霊は見つからないが、ただ、音が――風が――彼らの背を押していた。
その風に導かれるように、モーターヘッドは砂漠をさらに駆け抜ける。前方には不自然に並ぶ巨大な石柱群――古代の神殿を思わせるような柱の森が広がっていた。
「……あれ、石か?いや……並びすぎてやがる」
「造形っぽいな……さすがに自然にしちゃ歪だぜ。こりゃ人工物だろ……」
モーターヘッドは超低空のまま石柱の隙間をすり抜ける。柱は朽ち、風化しながらも、なお威厳を持って立ち並び、まるで門を構える衛兵のように彼らを見下ろしている。
その瞬間、ティスが後方センサーを確認し、息を呑んだ。
「あ、兄貴、サンドワーム……止まってねぇか?追ってこねぇ」
「……なに?」
「追ってきてた……はずだけど、石柱の森の入口でピタリと止まって、後退していっちまったぜ」
「……こいつらにとっちゃ、この場所は禁足地ってことか……」
柱の森を抜けると、地形は大きく崩れ始める。砂の層は割れ、地面は崩落し、巨大な断層が露出していた。そこは半ば洞窟のように開口し、奥深くまで続く黒い割れ目が口を開けている。
だがその壁面には――
岩壁を削り出して造られた巨大な柱、彫像、神殿様の構造が浮かび上がっていた。
頭部が砕け落ちた像。
人ではない何かを模した顔をした神官の列。
封じられたような円形の門。
「……数千万年前に……何か、いたな」
ティスが呟くように言う。
ギャルもまた、珍しく黙っていた。
「さっきのサンドワーム……もしかすると、あの神殿の“守り神”だったのかもしれねぇな」
吹き上げる風が断層内をうねる。音はしない。
だが、モーターヘッドはまるで引き込まれるように、ゆっくりとその巨大な裂け目へと滑り込んでいった。
とんでも生物襲来と思いきや、突然の文明跡??この星はいったい?




