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記録46 無限の野性とひとつの船影

未知の惑星に降り立つヴェルヴェット。

無事にミッションは遂行できるのか?

――第7帯域/ヴェルヴェット号 着地前

艦内の照明が深緑色に切り替わり、コクピット内に低い電子音が鳴り響く。

霧が、音を吸い込むように静まりかえった巨大樹のくぼ地。その中へ、ヴェルヴェット号は無音重力安定装置(グラヴィシンクロ)を作動させ、ステルスモードで滑るように降下していた。船体外壁は熱と反応を最小限に抑え、まるで霧の中に溶け込む影のように存在を消していく。


乗員たちは黙したまま、それぞれのコンソールに向かっていた。バードマンはモニターに表示された軌道図を追いながら、鼻歌をやめた。ジークは両手で操縦補助スティックを握りしめたまま微動だにせず、オダコンはシートベルトのバックルを無意識に何度もなぞっていた。



――生物たちは気配に気づきざわめいた。大型の四足獣が鼻を鳴らし、跳ねるように奥へと逃げ去る。飛翔昆虫がパニックを起こしたように騒ぎ、枝々から舞い上がって霧の奥へ消える。巨大な蛇のような何かが一瞬その姿を覗かせたがすぐに身を隠した。

この星に住まう生物たちにとって船は「未知」だった。

ある小型の有殻生物が、葉陰に身をひそめて霧越しに見ていた。


何もなかった地面のくぼ地に、突然巨大な影が現れ静かに光を撒き散らしながら着地したのだ。それは彼らにとって未知との遭遇だっただろう。

そして、その影の側面がスライドするように割れ、青白い光が霧を照らした。薄く輝くフィルターが空間を包み、まるで霧を拒絶するように淡い膜を広げる。

そして、そこから現れた者たち――異形の姿、光を宿す眼、精密な動作、重力を無視するような軽やかな足取り。この惑星の生物にとっての異星の獣たちが霧の世界に降りたのだから。

彼らの気配に、巣の奥で静かに蠢いていた生物たちすらも一瞬だけその動きを止めた――



シェーネが前方の補助レバーを引くと、船体のバランスモードが変更され、ジークが左側のコントロールリングでギア安定制御を操作。バードマンは上部のセンサーパネルに手を伸ばして生体反応を確認しつつ、補助スイッチを軽く弾いた。ヴェルヴェット号はゆっくりとランディングギアを展開し、慎重に地面へと接地する。霧が機体の周囲に重くのしかかり、まるで船ごと呑み込もうとしているようだった。


着地の衝撃はまるでなかった。グラヴィシンクロによって衝撃は完全に中和され、乗員の誰もがその瞬間を感じなかったほどだ。それよりも、霧の密度が明らかに異常だった。


「外装チェック……異常なし。空調は……問題ないな。呼吸は可能」

オダコンが冷静に確認し満足げにうなずいた。


「じゃ、外に出るわよ」

シェーネの合図で、ハッチが油の抜けた音と共に開いた。


外の霧が一気に流れ込み、すぐにフィルターが作動し最小限の遮断膜が展開されたが、艦内の照明が反応してわずかに色調を変えた。


「全員、出る前に周囲を警戒して。見た目に騙されないこと。匂い、音、温度変化、全部異常があれば報告して」


そんな中――オダコンが何気なく、手元のデータ端末をスクロールしながらつぶやいた。

「依頼、再確認。うむ……採取任務No.10089……カテゴリー採取、対象メルフェノラ……難易度ランク、A……」


……。


「ん?……ちょっとタンマ……今、Aぇつった??」

バードマンがクルッと振り返る。

「いやいや、俺てっきり……薬草採取は高ランクでもBまでだと思ってポチッたんだけど??」


「……バード、冗談もほどほどにしておけよ」

ジークはカチャリと銃の安全装置を外した。


「最初からAって書いてあったがのう」

DDが楽しそうに笑っている。


「あんたバカァ?面白すぎるでしょ!今更ランク見間違える?!うちは面白い依頼引き受けたなってワクワクしてたんだけどね~」

シークレットが無邪気に笑う。


「ワクワク……って、お前」

バードマンがジト目を向ける。

ジークがそれに対して怪訝な顔でツッコミをいれる。

「ツッコミどころが違う気がするがな……」

「ハア??お前まで何を……」

「だってさ、Aランクって響きいいじゃん。たぶん何か出るよね?」

「いやもう何か出たわ! 巨大百足に蛇に蝶に……って、あっちゃー……!」

バードマンが頭を抱えしゃがみ込むと、皆は白けて彼置いて外に出ていった。


「チョ……チョ、まてヨ!」

彼はあわてて立ち上がり、ブーツのつま先で床を蹴ってよろけながらスキャナとブラスターを抱えるように拾い上げた。

「おいおい、置いてくとか冷たくねぇ!?なぁ、冗談だろ!?」

だが扉はもう開かれ、霧の向こうへ彼らの姿は溶けかけていた。





そして、皆が外に歩み出ると、目の前には巨大な原始の樹木がひしめき合う、未知なる惑星の未知なる生態系が広がっていた。


「……空気、吸えるっちゃ吸えるけど……なんつーか……喉の奥に泥を詰められてるみたいな感触だな」

バードマンが首を回しながらつぶやいた。


「肌感もずれるな……重くなる。気圧か……霧のせいか……」

オダコンが足元の測定機を確認しながら答える。


シェーネは軽く咳払いをして、ハッチ脇に集まったクルーに声をかけた。

「この先はジャングル。地面も湿地帯に近いわね。足を獲られないようにね」


ジークが装備ケースを展開した。

「装備、配るぞ」

一人ひとりに、それぞれの任務に応じたパックが手渡される。


シェーネには戦術モニタとハンドキャノン。オダコンには多機能スキャナーとデータパッド。バードマンにはマッピングホロデバイス。シークレットには双刃のナイフとハンドブラスター。

ジャックは多種の薬剤、応急キット、採取器具、そして鮮やかに色分けされた試薬入りの試験管ベルトを腰に巻いた。


ジークは最後に一つ、大型ケースを開く。

「ムートを起動する。今回はミニガン搭載、荷台兼補給装備を追加してある」


中から、全長・全高1メートルの小型戦車型ドローンが展開された。頑強な外殻、搭載されたミニガンと補給ラック。機体の中央にある青いセンサーが一瞬光る。


「久々に使うわね。ムート、よろしくね」

シェーネが微笑んで言うと、ドローンはグルグルと回転して応えた。


「……可愛い。ジークって意外とこういうの好きだよね」

シークレットがムートを撫でてクスクスと笑う。


が、ミニガンの冷却ファンが唸ると、冗談が空気に溶けていった。


ジークは船体裏手にまわり、折り畳み式のデプロイシールドを地面に刺した。

DDがノイズキャンセラと通信ブースターを起動し、通信状況を確認する。


「設営完了。ここは拠点にちょうど良さそうだな」

ジークの声が静かに響いた。船の周囲にいくつかのアンテナを設営し、生物が嫌がるパルスフィールド、いわゆる結界を展開した。


「DD、通信系維持を。ジークは周囲の監視を頼むわ。私たちは一時間以内に戻るつもりだけど、油断しないで」

シェーネは通信機の調子を確認するかのように機器に触れる。

探索班の面々は順に霧の中へと足を踏み出そうとした――その時。


ぎゃああああああああっ!


森の奥、霧の裂け目から、獣のものとも蟲のものともつかぬ咆哮が響き渡る。何かが飛び、何かが這い、何かがこちらを見ている。

だが誰も立ち止まることはない。広く、深く、暗い森、未知の野性へ足を踏み込む――彼女たちの心は踊っていた。






――第7帯域/原生林ノーデンスの森内

ヴェルヴェット探索班が足を踏み出すたびに、泥に足が沈み、じわりと泡が立ち、霧が生き物のように震えた。風でも熱でもない。足元から広がるその揺らぎは、大気と混ざり合いこの星に異物が来たと叫び、草木すら反応しているような、不気味な知覚反応に似ていた。


「ここまで濃いと……マッピングも一苦労だな」

バードマンが一歩前に出て、背中の羽をわずかに広げながら幹の凹みに跳び上がる。

高所に身体を安定させてからホロマップを展開。足元の枝が軋む音が、やけに耳に残った。


「……視界ゼロ。地形も流動的。定点センサー、あと2本じゃ足りねえな」

低く呟いた声が霧に吸われて消える。


「定点にこだわるな。動きながら記録する方が有効だ。こっちもセンサーデータが乱れてる」

オダコンはスキャナを水平に構えた。

画面が一度、赤と緑に点滅してから沈黙する。その無反応に彼の指が止まり、眉がわずかに寄った。


「こいつら……機嫌悪いね」

シークレットはナイフを抜いて刃を指で撫でたあと、ナイフを逆手に構える。

彼女の視線の先、近くの枝は見間違いでなければわずかに呼吸していた。


「船長、例の根茎はこの先にあるはずだったよな。標高の変化と発光反応が一致してる。湿地帯の南側にルートを振るべきだ」

ジャックは首元の端末を確認しながら、地面に伸びた蔓を避けて歩を進めた。

その手にはデータパッド、もう片手には小型の採取容器が揺れていた。


「えぇ。ムート――移動モード」

シェーネは短く命じ、腰に手を添えて振り返る。

その背後、戦車型ドローンムートがギュルリとキャタピラを軋ませて起動。荷台に積んだ資材がきしみながら、湿気に包まれた空気を切り裂くように後続した。


彼らが再び静かに歩き始めた数分後――バードが枝の上で音に反応して羽が一度ピクリと動く。


ぎしゃあああああああっ!!


耳の奥を裂くような金切り声。同時に無数の寄生や枝葉が擦れ、樹木が倒れる音が響き渡る。


「前方、動体反応」

オダコンの声が一拍、低く沈む。彼はすぐに腰を落とし、スキャナの感度を上げる。


バードマンは木の幹を蹴って跳躍。片翼をわずかに開き、枝の上に身を滑らせて着地する。空気がぞわりと鳴った。


そこに、現れたのは――

異様に細長い体幹。まるで骨だけのような節だらけの4本脚。そのうちの2本は鞭のようにしなりながら、空気を撫でるように揺れていた。

全身には細かな毛がびっしりと生えていて、皮膚は霧と同化するかのような灰緑色。腹部には無数の透明な卵状の器官がぶら下がっており、それぞれが淡く微細に震えていた。


そして、霧を吸った器官が徐々に膨らみ始めると、まるで思考を持つように微かに光った。その光は生物的なものではなく、言語にも似た応答のようだった。


「……毒素反応アリ。注意しろよ、あれは……」


――!

その言葉を遮るように、シークレットが霧の中を飛び込んだ。

足音を殺し、風のように滑り込むと、逆手のプラズマナイフを振り抜く。光刃が音もなく脚を断つ。


次の瞬間、切断された脚の断面から青緑の霧が勢いよく噴出。血液ではない何かが白霧を青緑に染める。


ズズ――……。

その霧に触れた別の個体が後方で崩れ落ちた。

それは中型の原初竜獣(プロマサウロイド)のような体躯を持つ生物だった。二足歩行で前肢は異様に長く背には鋭利な突起が列をなしていた。

皮膚に覆われたその目は機能していないらしく、霧の中を匂いと気配だけで彷徨っていた。


その個体が霧を吸った直後、地面に倒れ込み激しく痙攣する。


「……毒か……」


オダコンの声が霧に吸われていく中、倒れた原初竜獣が地面のキノコのような植物へと顔を向ける。本能に突き動かされるように口をもぐもぐと動かし、その柔らかい傘部分をむさぼった。

数分後、苦悶の痙攣はゆっくりと収まり四肢がわずかに動いた。そして、体を震わせて、そいつは立ち上がった。


「………治癒したのか?」

バードマンが枝の上からそれを見下ろし息を詰めたまま呟いた。


「……あの植物には解毒作用があるみたいだな」

ジャックが駆け寄り慎重にキノコを採取する。


手際は迷いがなかった。細い金属スプーンで胞子を取り、試薬カプセルに収めると即座に複数の薬液を取り出して混合。彼の指先が動くたび、わずかな光沢が霧の中に浮かんでは消えた。


「……30秒――よし、毒消し暫定版だ。次に食らったら試してくれ」

彼は出来上がった注射器を差し出しながら静かにうなずいた。


「マジで錬金術師だな……」

バードマンが枝の上から、口元だけで笑った。

だがその手は、さりげなくゴーグルの視界調整に動き、視線はジャックではなく足元の苔へと滑っていた。ごく小さな粘菌のようなものが動いているのを見つけて、彼はわずかに目を細める。

笑ってはいるが、その目には明らかにこの環境そのものへの警戒が宿っていた。


「私の船医はただの薬屋じゃないのよ」

シェーネが背後から一言返し、足元の根を踏み越えて進む。

煙草に火をつけようとした手が止まり、かわりに風に吹かせて煙管を揺らした。


「進行再開。ムート、左翼側を警戒しなさい」

ドローンムートがカチリと音を立てる。

そのセンサーライトが青から赤へと切り替わり戦闘警戒モードに入った。


この森は選別している。侵入者を試している。


そのとき、無線が微かに割れた。

《こちらキャンプ。濃霧が拠点周囲にも拡散中、視界不良。通信遮断も時間の問題だ》

ジークの声は落ち着いていたが、音の背後には軋むような空調の雑音が混じっていた。


続いて、DDの声が入る。

《それと──今さらじゃが、今回の任務ログ、再確認しておいた方が良いぞ。依頼No.10089──》


間が空く。その沈黙すら、霧の中で凍りつくようだった。

《――この依頼、分類上はA+に近い危険度かもしれんのう》


ふと、全員の足が自然と止まった。

霧の中で、誰かのブーツがぬかるみに沈む音がした。シークレットがそっとナイフの柄を握り直し、バードマンは枝の上で微かに姿勢を低くする。オダコンは手元のスキャナを確認するふりをしながら、背後の茂みに視線を投げていた。ジャックは腰の薬剤ケースに指を添えながら、無意識に仲間たちの後ろへと身を寄せた。

一瞬の静寂。だが空気は確かに重く変わっていた。足を止めた一行の背後でどこかの生物が土を掘るような音を立てた。


ジークの設置した後方の通信機器から、霧に阻まれたノイズが断続的に響いている。


《そもそもなぜ、この惑星に誰も来ていないのか……》

DDが言葉をゆっくりと選ぶようにして話し始めた。


《この星の探査記録は、十数年前に企業系パイロットチームが一度降下したきり。ログ記録には、未知の植物による記憶干渉や生体異常、機材の反応停止など解析不能な事象が連続していた。政府機関は優先度低と判断し、公式な開発リストからは外されたようじゃ》


そして、簡易テーブルの通信機の前に腰かけ、左右に展開したモニターを操作しながら、この星の環境や気候データを収集しつつ、依頼内容や依頼主の背景を調べていた。

その声が響く船内で、ジークは無言のままモニターに目を走らせ、マニュアルスキャン装置を端末に接続していた。通信機の裏に指を滑らせて接点を確認し、冷却ファンのノイズに混じる異音を一つ一つ消していく。彼の指は迷いなく、まるで音そのものと会話しているような静かさだった。


《だが──今回の依頼主である製薬企業、イノセア・バイオサインズが目をつけたわけじゃ。霧の中で採取されたわずかな根茎サンプル……それが、記憶回復や神経修復に作用する可能性が示された。だが証明はされておらず軍も資金も出ない。だからこそ、我々のような──物好きに依頼が回ったという訳じゃな》


バードマンが小さく息をつき、枝からゆっくりと視線を戻した。

「……ただの採取任務かと思ってたけどよ……かかかっ、もーちょい額あげてくんねぇかな?」


……彼の冗談に霧がわずかに笑ったように見えた。

超野生の世界、この広大な大地で1つの植物を見つけ回収することが出来るのか?

幽霊探しをする海賊たちのサバイバルはどうなる?

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