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記録45 霧中航路

辺境の原始惑星クトゥリウムへ。

原始惑星とは??

共に冒険してみましょう!

――惑星クトゥリウム/高度1万m

星の輪郭さえ、霧に呑まれて見えなかった。ヴェルヴェット号の船体が、朽ちた雲海を突き抜けて降下する。


シェーネ・フラウはコクピットに立ち、前方モニターを見据えている。その姿勢は静かで優雅、だがその目だけは獣のように研ぎ澄まされていた。

咥えた煙草は火がついておらず、ただ無意識に唇で弄ばれていた。


「……この霧、ちょっと異常ね。想定の倍以上よ」


隣の座席でDDがタブレットを指で弾きながら、くぐもった声で応じた。

「この原始の惑星と呼ばれる所以、見てみたいものじゃ……。じゃが、この惑星は発見されてから手つかずのまま。幽霊……そんなものが本当に存在するかもしれんのう。ほっほ」


「やめろよじーさん、そういうこというか? この任務で一番怖いのあんたのポエムだわ」

バードマンが天井に伸びる配線にぶら下がるような体勢で、冗談めかして笑う。


そのくせ、手元では降下ルートを何度もスクロールして確認していた。

慎重だ。バードマンにしては……。


後方モニターには、依頼情報が映し出されている。


依頼No.10089A⦅採取⦆希少薬草メルフェノラの根茎

回収報酬:8,000ユニット(約800クレジット)+ 精製成功ボーナス:2,000ユニット(約200クレジット)

条件:惑星クトゥリウム・第7帯域の原生林にて、発光個体の採取(根茎部優先)

注意:毒性植物および捕食性昆虫の混在エリア、霧環境による精神干渉リスクあり


それを見ながら、オダコンがぽつりと漏らした。

「……なかなかの額だな。下手な鉱石掘りより効率がいい。これでしばらく燃料は安泰だ」


「修理費込みで1万ユニット超え……十分ありな額だよねぇ。……まあ、そのぶん命がけなんだけど」

シークレットが小さく呟き、隣でジークが無言でうなずく。

武器整備の手を止めず、彼の指はカチャカチャと静かに作業を続けていた。


霧が音を飲み込んでいく。それは、感情の輪郭すら鈍くする。


「……さて、宝探しといきましょうか」

シェーネが不意に煙草に火をつけ、紫煙がゆるやかに天井へ舞った。

その一言が、ヴェルヴェット号の空気を切り替えた。





――第1帯域/レン高原上空80m

モーターヘッドのエンジンが唸りを上げ、霧を振り裂いて突き抜ける。パルス機関の波動が、大気と草原の境界を揺らし、低く轟くような共鳴を走らせた。


艦底に敷かれるように広がる草原が、まるで巨大な一枚の鱗のように波打っていた。草の色は銀青、だが一本一本が節を持ち、ゆるやかに身をくねらせている。

その上を這うように、巨大な何かが現れた。


まず見えたのは、4本の長くしなる脚だった。節くれだった骨質の外皮を持ち、関節が逆についているように見える。重力を拒むような軽やかさで、そいつは草を踏まず滑るように移動していた。

胴体は異様に薄く、まるで舟のように平たく延び、その中央に空いた呼吸孔が断続的に白い蒸気を吐いている。


「うわ……なんだあれ……脚の関節が三段あるぞ……」

ティスが呟く。

「背骨が水平に走ってねぇ。……ありゃぁ泳ぐ生き物だ。草の上を泳いでるやがるぜ」


ギャルは笑う。

「ここの生き物も相応の環境に適応してんのが正解なんだよ。つまりここは、草の海ってことだろ」


続いて、地を割って跳ねるものがいた。灰褐色の体躯、細長い2本の脚とその下に補助の4肢。跳躍ではなく投げ出すように空を掴んで移動している。

着地のたびに草が白く波打ち、その軌道を読むかのように、別の捕食者が突っ込んだ。


その捕食者は6本脚。だが前脚2本は常に浮いており、残り4脚で走るたびに背中の膜が開く。それは走るたびに震え、生体アンテナのように空気を読むためだけに存在しているようだった。


「大自然?……いや、超自然って感じがヤベェくらい伝わってくるな」

ティスが目を細める。

「見ろ、あの個体。逃げる途中で腹を食いちぎられてんのに、まだ走ってるぜ」


「走ることだけが目的になってんだろうな。死んでも足が止まらない、そんなヤツだ」

ギャルはそう言って、機体をわずかに傾けた。


低空で振動が強まると、生物たちは一斉に顔を上げた――ように見えた。だが彼らには顔がない。ただ、膜のような部位が振動を感知しているだけのようだ。


「ティス、……怖ぇか? この星」

「そりゃあ……怖ぇに決まってんだろ、兄貴。草が泳ぐんだぜ?虫が音で殺すんだぜ?」


「そうか。オレはな……」

ギャルがニヤリと笑う。

「こういう訳わかんねぇ星見ると、つい夢中になっちまうんだよ。音が消えても、地が喰らっても、心が行けって叫ぶ――夢の続きが、見たくなるんだよ」


爆音が、草原の律動に加わる。地が鳴り獣が叫び、霧が巻く。

そのすべてを、ギャルティス団のモーターヘッドがただ突っ切っていく。





――第7帯域/原生林ノーデンスの森上空

霧のヴェールを抜けた瞬間、視界が深緑に染まった。そこは、森というより塔群だった。

ヴェルヴェット号がゆっくりと降下していく。だが、中型の船体すら一本の巨大樹の枝の隙間にすっぽりと隠れてしまうほどだった。


推定樹高、200mを超える。枝葉の一枚一枚が人間の身体ほどの大きさを持ち、それが風もなく静止しているのに、ざわざわと音を立てている。


「……うっわ、木ってレベルじゃねえな。自然の顔した要塞だな……」

バードマンがモニター越しにつぶやいた。

「見ろよ、あのシダ。根本が車両サイズあるぞ。花粉もでかい……っていうか、あれ……花粉か?」


外部カメラのフィルター越しに、微細粒子とは思えない粒が浮遊している。

種子のような、胞子のような、ぬめりを持った何か。


「……あの規模の花粉となると、媒介するには虫のサイズも……」

オダコンの言葉が終わる前に、船体の左側に何かが飛んだ。


――蝶、だがそのサイズはヒトと同じ。光を散らす鱗粉を残しながら、ヴェルヴェット号の視界を遮るように通過した。


「これは、凄いな……」

ジークがぼそりと呟き、その手にはいつの間にかブラスターが握られていた。


そして、船がゆっくりと樹木の間を滑空していくと、前方の幹にぽっかりと開いた空洞が現れた。

その中から蛇が顔を覗かせる。太さは鉄道車両ほど、舌はまるで感情を持っているように艶やかにうごめき、その眼が確かにこっちを見ていた。


だが、次の瞬間――木々の上から、何かが降ってきた。足音ではなく無数の爪のざわめきが幹を滑り落ちていく。

それは、百足……いや、そんなスケールじゃない。脚の数は推定千以上。長さは、先ほどの大蛇の倍近くはあるだろう。その巨大な肉食蟲が、大蛇の胴に食らいつき、全身を螺旋状に巻きつけるようにして締め上げた。


咀嚼音が外部マイクを通して船内にまで届いた。

グチュ、グチュ、ミシ……。


「おっ……やべえな、こいつら」

バードマンが苦笑した。


船はさらに奥へ――蜘蛛のような構造を持つ蔓が、樹上から絡み下りてくる。網を張っているのは本当に蜘蛛なのか? それとも……。

地表には、小動物と呼ぶには違和感のある獣たちが這い回っていた。9本脚で透明な皮膚の下に血管が見えるもの。尾が音を立てて振動するだけで、周囲の昆虫が気絶するような生体構造をしている。


ここは――逆転した世界。

小さなものほど奇妙で危険。大きなものは神経質で俊敏。この森ではすべてが「本来の生態系の常識」から逸脱していた。


「よし……着地ポイント、あのくぼ地に設定する」

シェーネが指示を出す。

その視線の奥には、ほんのわずかな笑み。

「さぁ、宝探しよ」





――外気接触限界層

銀白の艦が、雲海の縁をなぞるように滑っていた。エネルギー排熱も最小限。あくまでも見ているだけ。

まるでこの星の息づかいを聴くかのように、円柱艦アリアは静かだった。


だが、センサーがピクリと反応した。

「……なにか来ます。大きい……異常に、大きい」

副官エルナ・クロイツの声が少しだけ上ずる。


それは上から来た。雲のはるか上層――霧さえ届かない空の裂け目から、重力を無視するような滑空で舞い降りてきた。

まず見えたのは、体表をきらめかせる銀青の鱗。細長くしなるような身体が、空気に溶け込むように泳ぎ、尾はゆっくりと波打ち、翼ではなく滑膜のひれのような器官が左右に展開している。


「……浮いてるのか……?」

バルゴが言うまでもなく、艦橋の全員がその挙動に息を呑んでいた。


全長は約90m、外殻はまるで魚の骨格を光で描いたような透過構造。目は存在しない。ただし、頭部に集束された十数本のヒレが周期的に震えている。


「……あれは、見えているわけじゃないですね。音で感知している」

バルゴがポツリと言った。


「この距離にいて、我々の機体の内部構造すら見えていそうですね……。いえ、見るというより理解する感覚に近い」


突然、その竜が、アリアのすぐ前方へ横滑りのように進路変更した。


「ぶつかるぞ――ッ!」

オペレータが声を上げたが、次の瞬間には竜はその身をくねらせ、アリアを寸でのところで回避していた。


艦体表面が震えた。だが、衝撃も傷もなかった。竜は音波で距離と密度、動きすら測っていた。それは視覚を持たぬ生物の超越的な定位術だった。

アリアの艦内が静まり返る中、竜は何事もなかったかのように、そのまま霧の裂け目へと消えていった。


「ハア……あれは、捕食者じゃないようです。助かりましたね」

エルナの声がかすかに震えていた。


「それにしても、あの生物が何かを探していたように思えてならない……。この惑星のどこかに……餌にかかるか楽しみですね」

バルゴはそう言ってガラス越しに空を見上げ続けた。

それぞれがそれぞれの船で惑星を駆け回る、今この星には知的生命体は彼らしかいない。

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