記録44 夢追いども、霧へ走る
夢を嗤う奴は海賊じゃねえ。
そんな、シーンからの夢の中へと飛び込みます。
――ヴェルヴェット号・ブリッジ
天蓋のようなスモークガラスのキャノピー越しに、星々が流れていく。航行は順調だが、船内の空気はやや静まり返っていた。
その空気を破ったのは、低く渋い声だった。
《……作業完了。音を流すが……いいか?》
寡黙なジークが、操作パネルにそっと手を伸ばす。
FM回線を回し、雑音混じりの古いチャンネルを選ぶ。
チューニングの合ったその瞬間――熱を帯びたビートと共に女性ヴォーカルの張り上げる声が宇宙船内を包んだ。気だるげなリズムと、切なさを含んだ歌声。
船内にどこか湿った熱が流れ込む。
全員がちらりと顔を上げた。
「……なんて曲?」
ジャックが呟いた。
《――I drove all night...…♪》
「……300年以上前の録音みたいね」
シェーネが煙草をくゆらせながら答える。
「どこで作られたかは記録されてないけど――エ…イ…ゴ?英語って言語みたいね。言語体系が少し古くて所々意味は解らないけど伝わって来るものがある」
煙の向こうで、彼女の口元が微笑んだ。
「こんなバカみたいに情熱的なの、嫌いじゃないわ――ちょうど、飢えてたところなの」
バードマンが肩で笑った。
「昔の奴らも、たいがいロマンチストってことだな」
DDが瞼を細め、ぼそりと呟く。
「……“熱”ってやつは、残るもんじゃのう。時代が変わっても」
そこに、ふいにバードマンの声が重なる。
「……そういや、あの時の依頼。引き受けたの、正解だったな」
曲に乗せるように、視線はブリッジのモニターへ。
数時間前の酒場での出来事が脳裏をよぎる――
――酒場・掲示板前
バードマンが指先で、掲示板端末のホロ画面に触れる。
依頼No.10089A⦅採取⦆
希少薬草**メルフェノラ**の根茎回収
報酬:8,000ユニット(約800クレジット)+ 精製成功ボーナス:2,000ユニット(約200クレジット)
条件:惑星クトゥリウム・第7帯域の原生林にて、発光個体の採取(根茎部優先)
注意:毒性植物および捕食性昆虫の混在エリア、霧環境による精神干渉リスクあり
「ちょうど良さそうなのみーっけ。幽霊騒ぎで港の連中の目に留まらなかったみたいだな」
バードマンがニヤリと笑ってボタンを押す。
《――受注完了》
画面を見たジャックが口を開く。
「へぇ……まあ、地味でも800クレジットあれば当分は困らねぇな。薬草探しと、ついでの大冒険ってやつだな」
「ついでにしちゃ、えらく厄介な場所だけどね~」
シークレットが立ち上がり背伸びをする。
シェーネは煙草の灰を指で弾きながら、ホログラムを見やった。
「……原始惑星クトゥリウム。深い霧に巨大生物。まともな知的生命体なし。しかも――」
彼女は唇の端を持ち上げる。
「……よっしゃ。面白くなってきたぜ」
バードマンは満足気に鼻を鳴らしハットの鍔を持ち上げた。
その直後だった。中央のテーブルに、ひとつのホロ投影機が無造作に放られる。
カシュン……と起動音。
薄緑の光が空間に浮かび、ひとつの惑星のホログラフが現れる。
「な、なんだよ?」
「……誰が起動したんだ?」
視線が集まった先、肘をテーブルに置いていたバルゴ・サリムが微笑を浮かべていた。ワイングラスをくるくると回しながら何気ない口調で言う。
「……この星を見てたんですよ。なかなか趣のある辺境でしてね」
そこに映されたのは、星系地図の一隅――惑星クトゥリウム。通常の交易ルートから大きく外れた位置にあり、霧と磁気嵐に包まれた忌避宙域だ。
「ク……トゥ…リウム?」
「あ……あ~、確か、霧の星だろ?」
「人型生命体がいないって噂の原始惑星だ。あんなとこ行く奴いんのかよ……」
「それがですね」
バルゴが目を細める。
「……ここは霧が濃くて探査も進んでない。人の気配がない星ほど、何かを“隠す”には都合が良い」
「バルゴさん、もしかして幽霊がそこにいるってか?」
ティスが目を輝かせて身を乗り出す。
「確証はありません。ただ、“誰も行かない”という事実は、逆に言えば“誰にも邪魔されない”ということ」
一瞬、酒場の熱が変わる。
ティスが叫んだ。
「いいじゃねえか!! その勝負、乗ったぜ!」
ギャルもにやりと笑う。
「なるほど、霧の中に“本物”がいるって? 面白え……じゃあ先に見つけた方が勝ちだな」
「っておい、ヴェルヴェットさんよ、あんたらどこ行くんだ!?」
「……どこでもいいでしょ」
シェーネがタバコの煙の火を消し潰し言い放つ。
バードマンとジャックが口元を歪めて笑う。
「けっけ。ま、たまたま行き先が被っただけってことで」
「くくくっ。暇つぶしにちょいと散歩に出かけるだけさ」
「ええ、ただの偶然よ」
シェーネの目がバルゴを一瞥した。
その空気を切り裂くように――ティスが壊れかけのステレオをドカ蹴り。スパークを散らしながら、インディーズバンドの爆音ロックが響き渡った。
「うるせえ!」
「音割れてるって!」
「――いや、悪くねぇぞこれ!」
酒場の海賊たちが一斉に立ち上がり、空気は一気に騒然となる。
その中心、バルゴが苦笑いしながら呟く。
「……ロックは、どうも好きませんね」
「聞こえてんぞ、バルゴーッ!!夢を追っかけんのに、急に冷めてんじゃねえよ!」
全員の声が重なり、酒場の熱狂が頂点に達した。
「わしらの目的は薬草。だが……偶然、出くわすかもしれんのう」
DDが低く笑う。
「夢を見てる連中の後ろで、現実をしっかり拾ってやろうや」
バードマンが指を鳴らし、海賊ヴェルヴェットは颯爽と酒場を後にした。
そして、艦内――通信が一つ、船内モニターに表示される。ギャルティスの無駄に元気な声だった。
「おーいヴェルヴェットさんよぉ!ちゃんと来てんだろ!?俺たちが先に幽霊ぶっ捕まえてやるからな!」
「冒険だぜ、冒険!久々に楽しくなってきたじゃねぇかぁ!」
バードマンが笑いを噛み殺した。
「……やれやれ、こっちは薬草摘みに来ただけだってのによ」
そして、モニターが船体の外に映る機影を捉える。
漆黒の船体、宙を駆けるヴェルヴェット号。
その艦尾を追うように、いくつもの小型船と中型艦が並走していく。中でもひときわ異形のフォルム――翼のように張り出したエンジンブレードを持つ二人乗り船が吠えるように進んでいた。
その名は――**モーターヘッド**、ギャルティス団の愛機である。
「うおおおおおおおお!いくぜぇぇぇぇっ!!」
コックピットからティスの野太い叫び声が宇宙通信回線にのって響き渡る。
「俺たちが幽霊捕まえて、10年分の宿代払ってやるぜ!」
「はぁ?それ自分たちの分だろーが」
ギャルが冷静に突っ込むも、ノリは止まらない。
彼らは興奮と期待を胸に、目的地、辺境の原始惑星クトゥリウムへ向けて最速航路を取った。
通信が解放された途端、ザルヴァド商会の艦**アリア**がそれに続く。円柱型の巨大艦が、白銀の軌跡を描きながら浮上する。
艦内、薄暗いモニタールーム。商会の子分が不満そうに口を尖らせる。
「兄貴、なんであんなアホ連中と一緒に行くんすか?正気です?」
バルゴは、美しい女性像を模した金の杖をコツンと鳴らし、酒でもすするように口角を上げると、冷ややかに返す。
「正気だからこそ、ですよ。彼らは撒き餌です。獲物は追い立てなければ巣から出ない」
「あ、あー……まさか、発信機で?」
「そう。すでに彼らの船に貼りつけてある。ありがたいことに、バカほど扱いやすい」
その言葉と同時、ティスの騒がしい通信がまたもや飛び込んでくる。
「なあお前らー!宇宙レースの幕開けだぜぇ! どっちが幽霊捕まえるか勝負だな!」
バルゴは深いため息を吐き、通信端末に一言だけ囁いた。
「……やかましいですね、本当に。私は騒ぎたくて情報共有したわけじゃありませんよ……。エサはエサらしく、踊ってもらわないと」
その目はまるで、獲物の周囲を円を描いて回る肉食獣のようだった。
だがその視線は、先頭を飛びゆくヴェルヴェット号へと向けられていた。
そして──その艦内、照明の落ちた作戦室で仲間たちがホロスクリーンを見つめる。
映し出されているのは惑星クトゥリウムの軌道地図。第7帯域、濃霧地帯、巨大原生林、変異種の昆虫生物――。
バードマンが苦い顔で言う。
「……ほんとに、しけた原始惑星だな」
「でもまぁ、どこでも地獄なら稼げる方がマシでしょ」
シェーネが言いながら煙を吐き出す。
オダコンが静かに揺れる。
「ふむ。……まるで、緑に化けた戦場を歩くようなものだな」
──その艦影は、ゆっくりとタキオンジャンプに移り、BGMと共に暗黒宙域へ消えていった。
やがてその後を追うように、三隻の船が光の軌道を描きながら進む。彼らの熱と謀略を乗せた船たちは、光の帯を引いて虚空へと吸い込まれていった――霧と沈黙の星を目指して。
何故か巻き込まれた幽霊探索、ヴェルヴェットは薬草採取で小遣い稼ぎは出来るのか?
そして、この原始の惑星クトゥリウムとは一体どんな惑星なのか?




