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記録42 導火線の名前はまだない

しばし、海賊共の共演をお楽しみください。

銃声が消えた酒場は、重たい余韻が漂っていた。誰も拾おうとしない銃が床に転がり、空気だけが静かに流れている。


バルゴ・サリムは、相変わらず丁寧に、話題を変えるように言い放った。

「いいですね、そうでなければ。そういえば――最近、メルカトル宙域で大きな事件がありましたね。その犯人が、IGBNの“賞金首”になったとか……ご存知でしたか?」


その言葉にDDのグラスが止まった。

「……初耳じゃな」


年嵩の髭面の男が身を乗り出して相槌を打つ。

「メルカトル?穴だらけになったコロニーだったか?」

「ええ。ですが――今回の賞金首、ちょいと変わっておりましてね」

バルゴはポケットから小型のホログラフ端末を取り出す。


机上に投影されたIGBNのデータには以下が表示されていた。

依頼No.7881A⦅手配⦆

顔写真:不明

音声:不明

被害内容:港湾倉庫爆破、通信妨害、複数人逃亡幇助

賞金額:52,000クレジット

依頼主:IGBN公式による承認済み


「姿も名前も出てこない賞金首。ですが、証言と監視ログ、そして残された痕跡だけでここまでの額が動いている。……少し、引っかかると思いませんか?」

「なんだよその幽霊みてぇな指名手配。おい、お前ら、そのコード……何か覚えあるか?」

ティスが照明の下で耳を指で弾く。


DDは目を閉じて首をゆっくり横に振った。

だが、その仕草は妙に慎重すぎた。


ジャックがフッと笑う。

「へぇ、爆破に逃亡幇助か。まるで誰かさんたちの得意分野みてぇだな」


シェーネが煙草に火をつけ、紫煙を吐きながら呟いた。

「証拠も、名前も、痕跡すら残していないなら……そいつは上出来だわ。逆に――本当に誰かがいたのかしら?」

「でもよォ、仮にその幽霊野郎がメルカトルから逃げてきたってんなら――航路次第じゃ、ここも経由するよな?」

サルクーン族の男がバルゴにグラスを渡す。


小柄な背広の男の眼鏡にホログラムが映り込む。

「ああ。補給航路から西進すりゃ、いくつか分岐するし、この辺の宙域も普通に通る。俺の知り合いが前に言ってたぜ、火薬の匂いが抜けねえ貨物船がいたってな」

「そりゃただの整備不足だろ。お前んとこの知り合いって、大抵嘘つきじゃん?」

ボサボサ頭の若造が鼻で笑いツッコミを入れる。


「でもまぁ――もし面白ぇ話が入ったら、俺らに回せよ?俺たちゃ情報で稼いでんだ。逃がした魚がクジラだったってオチはゴメンだからな」

ティスがグラスを置き、見渡して言った。


「へへっ、もちろんよ!面白いネタあったら、真っ先に売ってやるって!でもよ……あの幽霊賞金首、やったことがよ……ちとシャレになってねぇんだわ」

スキンヘッドの荒くれ者がテーブルを叩く。


酒場が、ふと静かになる。


酒やけた声の男が目の前にたまったグラスをかき分けて言った。

「通信遮断だったらしいな?港湾の全システムが3分間ブラックアウト。あの宙域でだぜ? 民間船のログが全滅したとか、輸送船ごと消えたって話もある」


ティスは目の前のテーブルにあるナッツを噛むと、兄ギャルの方へ鼻先を伸ばした。

「しかも、被害届じゃなくて、“政治関係者の逃亡幇助”ってタグが付いてた。IGBNがあれだけ早く承認したの、久々だった、なぁ?」


ギャルの煙草が光って頬が一瞬赤く染まる。


「へぇ、よく知ってるな。お前ら、本当にただの海賊かよ」

ジャックはいつもの如く、関心を装うのが上手い。


シェーネはジッポを繰り返し鳴らして暇を玩ぶ。

「言ったじゃない。“秩序”の中で動く奴ほど、秩序の壊れ目に敏感なのよ」


「……話というのはのう。伝われば伝わるほど、真実からは遠のいていく。ま、そこが面白いんじゃがな」

DDは核心をつきつつ、海賊どもの反応を確認していた。


静かなやりとりが続き、バードマンやDD、ジャックが短く言葉を挟みながら話題は続いた。



そして、酒場は事件の話で持ち切りとなった。


「……にしてもよ。あれだけの事件を起こして、痕跡ゼロだ。どっかのイキったCランクが一人でやれる芸当じゃねぇ」

「港湾爆破、政府通信ダウン、逃亡幇助。全部が一斉に動いてたって話なら――人手も、統制も、かなりのレベルだ」

「俺らがBだとしても……あの規模は無理だな。Aランク級の船団か、軍の特殊部隊並じゃねぇと……」


ついには、リアリティの無い規模の事件に引き始める始末。




――やがて、誰かが冗談めかして言い出す。

「俺らよ、52,000あったらまず船のリアクター買い換えるわ!そんで船内に個室作ってよ……風呂付きのな!」

「甘ぇな。オレは一発でアガる。砂金星のカジノで5,000ずつルーレットに突っ込んで、10回転で人生かける」

「アガる、ね……」

「そんな博打で足洗えるなら、誰も海賊やっちゃいねぇよ」

「いや、マジな話さ……」

一人の若い男が、グラスの中を見つめながらぽつりとこぼした。

「俺……あの金あったらさ、ドック買うよ。中古のな」

「……ドック?」

「船じゃなくてさ。居場所ってやつが欲しいんだよ」


グラスの縁から伝った水滴が、ぽとりとテーブルを濡らす。その一滴が落ちる音すら、誰にも届かないほど静かな時間が流れた。

ざわ…と、誰かが息を吸う音。

誰かの夢が、誰かの過去を撫でたような空気が、酒場の底に沈んでいく――




黙っていたティスがグラスをぐいと飲み干す。そして、カーンと鋭い音を立ててテーブルに叩きつけた。全員の視線が、そちらを向く。

「夢ばっか語ってんじゃねぇよ。どうせあの賞金、誰がやったかも分かんねぇ幽霊相手だ。そのうち賞金だけが一人歩きして、伝説になんだよ」


ギャルはあざ笑うように視線を巡らせる。

「おーおー、どうしたよ?てめぇら。さっきまで幽霊幽霊言ってたくせに、今度は軍隊か? それとも伝説でも創る気か?」


「ま、幽霊ってのは見えないから怖ぇんだ。でもたまにいるんだよな、見えてるのに誰も気づいてねぇ幽霊ってのがさ……」

ティスは眉をひそめて冗談なのか本気なのかわからない口ぶりで言う。


「見えておるつもりでも、見とるのはただの影かもしれんのう」

それに合わせてDDは余裕の表情を見せて呟き、グラス越しにバルゴを見据えた。


そして、バルゴは薄く笑みを浮かべて場を締める。

「なるほど。ならばその影、いずれ本当に“名前”を持ったとき――我々は真っ先に、その値段を知りたいものですな」


――誰も知らない。それをやったのが“落ちこぼれ一座”だなんて。

さあさあ、ヴェルヴェットは賞金首に。

彼らは追手に見つかることなく先に進めるのか?

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