記録35 残心の炎・進撃
――ディープホロー、シェルター51・物資区画
赤錆びた鉄床に、次々と積まれていくコンテナ。内部には、旧世代の重装アーマー、防護装備、残されたわずかなパルス弾頭、そして銀色に光る酸素カートリッジが並ぶ。
「こっちは旧式だが、まだ使える。二世代前の外骨格スーツだ」
機械技師の青年がケイに説明しながら、装備品の整備を続ける。隣では老店主が工具を手に、液体酸素ボンベの再起動を試みていた。
「地下は酸素濃度が限界まで低下してたろ。機械がまともに動く保証もないが……ここにあるものは全部、好きに使ってくれ」
「助かる。じーさん、あんたらの覚悟無駄にはしない」
「おい、ケイ。いい加減わしのことも名前で呼んでくれや」
「……はっ……わかったよ。じーさん」
「…っつたくこの小僧めが!!」
二人はお互いに冗談を掛け合う精神的な余裕を見せる。
「フランクリンさん!これはまだ使えますか!?」
「店長、このボンベ軽いですけど、どれくらい持ちますかね?」
「アエドさんて封鎖区域に入ったことあるすよね…あぁ怖え。おれの爺ちゃんも地下から帰らなかったんです…」
「あぁ、知ってるさ。よく、勇気出して来てくれたな……ほれ、これ使いな」
有志の面々が老店主ーーアエド・フランクリンに声をかけては手に馴染むかを相談し合っている。
「お前ら〜、今回が初めての封鎖区域だろ。舐めてちゃあかんぞ。道具をどれだけ持ち込んでも使えにゃ無駄だ。わしの説明を最後までよく聞いて使えよ」
アエドはどこか誇らしげだったが、命を繋ぐ装備を整えるという重積を噛み締め、若人を鼓舞しながらも慎重に丁寧に説明をしていた。
ケイはそんな様子を横目で見ながら、少し無骨な外骨格の胸部を掴み、感触を確かめる。重量はあるが、動きには支障なさそうだ。
一方、アイは一台の小型ドローンを確認していた。彼女の目に浮かぶ緑色のラインが明滅する。
「戦術ドローン、飛行可能。BOLRとの同調にて視認支援とマッピングも対応できます」
周囲には、再び地下へと潜る決意を固めた仲間たち――アエド、警備隊員たち、そして物資班の若者たちがいた。
「わしらは、生き残っただけだと思ってた。でも違った。生き残ったのは、この瞬間のためだ」
アエドが呟くように言い、ゴーグルを額にずらした。
「さあ……整ったら、指令室で最終確認だ」
――ブリーフィングルーム
簡易ホロ投影機の前に、集められた十数名の隊員たちが地図を囲んでいた。ノクス・ヴェルム地下坑道の地図が浮かび上がる。いびつに歪んだ坑道網の中央に、赤くマークされた研究棟とそのさらに奥へ伸びる未知の空間。
「ここから再潜入します。前回と同じ坑道26から――」
ルシアが図面を指しながら説明する。
「地上の残響は薄れつつある。今は地下に戻ろうとする動きが強い。逆流するように坑道へ戻っていく姿が確認されている」
映像には、まるで空に生命の吐息を残して去っていくように、黒蝕の胞子が逆流する姿が映し出されていた。空に死骸をまき散らしながら、地底へと吸い込まれていく。
「……編隊しましょう」
ルシアが告げる。
「前衛はアイと私、中衛はケイとダグ、そして志願者の小隊。後衛はサポート班として連絡とデータ収集を行う。医療班も待機。……この作戦は、黒蝕の巣の殲滅を行うものとする。そして、可能でならば失われた仲間たちの遺品を回収しましょう」
「質問があります」
一人の若者が手を挙げる。
「……アイさんは黒蝕に襲われることは無いのですか?」
アイは静かに答える。
「黒蝕は熱、音、生命信号に反応します。私は捕食対象ではないと判断されているようです。しかし、ケイとダグ、二人は異星の来訪者、おそらく進化のための糧として狙われるでしょう…」
静寂が走る。
「つまり、私が囮や補助として動くことで、皆の安全確保の可能性が上がる。それを提案として、ここに立っているのです」
ケイが小さく笑い、アイの肩を叩く。
「……取り込めないと判断してるのでしょう。確固たる生存意識がある――」
ルシアが続ける。
「あんたに索敵と進路の確保を任せるってのは、そういう事だな」
副腕を組むアエドはゴーグルの下からアイを見つめる。
「ええ、私の動き次第であなたたちの命運も変わる――」
アイは一歩前に出た。
その言葉に、部屋の空気が引き締まる。
ケイが腰のベルトにナイフを装着しながら、視線を仲間たちに向ける。
「オレたちが勝っても、この星は――どうなるか分からない。だが……喰われても、ましてや何もしなければ、それこそ終わりだ。進もう、深淵へ。終わらせるために」
皆が頷いた。
ルシアも、拳を強く握って言った。
「……真実を求め地下へ潜った仲間達、そして父とジョンの意志を継ぐ。そして、私たちの未来を、今度こそ、自分たちで選びましょう」
――坑道網・外縁部――通気塔
銀白の朝霧が、惑星ノクス・ヴェルムの地表に薄く立ちこめていた。空は灰色に濁り、鉱塵とともに舞い上がった黒蝕の断片が、風に乗って流れていく。空に出たことで酸素に焼かれ、もはや活動できぬ黒蝕の死骸たちが空を彷徨い、残された黒蝕は再生と死を繰り返し、坑道へと還っていく。
これまでにこんな光景は見たことが無かった。「黒蝕は何かしらの変化を起こしている」とルシアはいぶかし気な表情で呟いた。
それはまるで、星の“命の灯”が、再び地下へと沈んでいくかのようだった。
ケイは黙ってその光景を見つめ、ふうっと小さく息を吐く。
「準備は整った。各シェルターから選抜された10名、全員志願です」
背後からの声。
振り向けば、ルシア・グレイヴスが真っ直ぐに立っていた。かつての諦観に満ちた面影はなく、今の彼女には火が灯っている。確かな意志、命を賭して守る者の覚悟が、そこにはあった。同様に仲間達にも――。
「全員、防護服と酸素補助装置、簡易生体モニタも装着済み。武器は旧式のパルスライフルが主になりますが……一部、改造済みの火器を使用できます」
ケイは軽く頷く。
「火力が足りなきゃ、オレが穴を開ける」
「その言葉、信用していいのですね?」
ルシアが微かに微笑んだその時、後ろからアエドと、すっかり回復したダグが現れた。
ダグは新しい防護服を着込み、その目には覚悟が宿っている。
「俺も連れて行けよ。もう一度あの場所に、仲間達の元へ」
「頼んだ、ダグ」
ケイはダグと握手を交わす。
そして――アエドに問う。
「あんた本気で行くのか?」
「若い者に任せっぱなしじゃ、死んだ連中に顔向けできねぇからな」
アエドの声はこれまでに無く若々しく、そして勇猛さを感じさせた。
ケイが目を細めたそのとき、アイが別の通路から歩いてくる。
「最終チェック完了。各部隊の配置も確認済みです。――地下侵攻ルート、進行可能」
「アイ、黒蝕の反応は?」
「音、熱源、振動には反応してますが、やはり、今までとは明らかに違う。次々に深部へと還っています。何かが起ころうとしている……そんな予兆を感じます」
「……ああ、これが最初で最後の闘いだ」
ケイはそう言って肩をすくめる。そして、空を仰ぎゆっくりと拳を握った。その先の黒蝕霧が収束し、彼の合図とともに弾け霧散する。
己の力を確認する、その異様な光景を目の当たりにしたルシアたちは、彼らが地下迷宮から生き延びた救世主だと――氷は溶け、燻る火種はその勢いを増し、惑星の住民たちはその火を未来へと繋ぐ――。
――そして、再び坑道26の入り口へ
夜明け前の暗い坑道。だがその先に灯るのは、意志。アイが先行して歩き出す。背後に続くケイと仲間たち。
黒蝕は、音に反応し、ざわめきを立てながら地中を揺らす。けれど、逃げるように後退していく。
そして、ルシアは静かに呟いた。
「行きましょう。終わらせに、そして……始めるために」